第60話~白蛇さんと戦いました~
トルヴァさんの後について行って再び別の転移陣に乗ると、だだっぴろい場所に出た。
サッカー場くらい広いけど、上下左右360度真っ白。お椀をさかさまにした様なドーム状の場所だ。光源石は見当たらないけど十分に明るい。
私が周囲を見渡していると、トルヴァさんは指先から10cmくらいの水球を発生させた。
「今からこの魔水球を上に放つ。これが地面に落ちて弾けた時に、我は攻撃を開始する。それまでは何もせずここに留まる。良いな?」
つまり、水球が落ちるまでの間に戦闘準備なり、作戦立てなりをやれってことね。
すぐに戦闘開始ってわけじゃないけど、充分な時間もない。
「わかりました」
ひとつ頷くと、私はすぐにトルヴァさんから距離をとるべくダッシュし、急いで魔力を使い結界を張る。
私を囲むようにドーム状の水膜結界が出来た、その直後。
トルヴァさんが放った水球が落下して地面に散った。と、同時に彼の指先が私に向く。
バシュッッ
その指先から、高圧洗浄機から噴出される水の如く、水の矢が発せられた。
水の矢は水膜結界に直撃し、飛沫をあげて消滅するも、次から次へと矢が放たれる。
しかも、徐々に矢に込められている魔力が強くなっているのか、結界が揺らぎ壊れそう。
これはヤバいぞっ。
そもそも北の金魔に水の魔力で勝てるわけないよね。
きっと、この水の矢も彼にとっては、ほんの小手調べ程度のものなのだろう。
どうしよう、どうしようか?
なんて考えている間もなく、水膜結界に容赦なく降り注ぐ水の矢。
そして、ついにバシャンッと大きな水音をたてて結界が決壊した。
水の矢が私に向かってくる。
「っっ、やあっ」
咄嗟に薙刀を振るい、水の矢を切り落とそうとするも、矢の形を崩しただけで、水塊となって襲ってくる。
「くっ…」
反射的に半身を捻って水塊を避けたが、腕を掠めてしまった。
掠ったところの服が少し穴あきになっている。
なんちゅー威力なの!?これはまともにくらったらマズイよっ
絶え間ない攻撃を必死でかわしながら、ふと思いつく。
もしかしたら、これでイケるかも……迷っている暇はない。
薙刀に風の魔力を纏わせる。
こちらを狙う水の矢を一突き。
すると……思惑通り、矢が氷となって地面に落ちた。
よしっっ。
水と風の混合魔法、氷の魔法が成功した。
レギとルーシェが火と風の力を合わせて火炎竜巻を起こしていたから、自分以外の他者の魔力とでも混合魔法って使えるのは、分かってた。
だから、トルヴァさんの水の力と私の風の力でも、イケるかなって思ったんだ。
自分の放った水の矢を、凍らせられてしまったことに意表を衝かれたのか、トルヴァさんの攻撃が一瞬止まった。が、より速さを増した水の矢を放ってくる。
でも、スピードが増しても体はきちんと反応してくれた。レギとの石ころ切断の訓練が効いているみたい。
矢継ぎ早にとんでくる矢を氷塊にかえて叩き落としながら、前進する。
トルヴァさんまであと5mほどというところまで接近した時。
重力の魔力で自分自身を軽くし、風の魔力で追い風を発生させ、一気に加速し、そのままの勢いで薙刀を振るう。
トルヴァさんは避けもせず、いつもの無表情だ。
薙刀の刃がトルヴァさんの脇腹に食い込んだ、けど。
手ごたえが、なかった。
違和感を感じたと同時に、トルヴァさんの体がゼリー状みたいになり、皮が剥がれるみたいにヌルリと落ちた。
「我に“水脱皮”を使わせるとは、そこそこの実力はあるな」
私の真後ろにトルヴァさんの気配がした。
「だが、“千水矢”は対処できても、これからは逃れられまい」
下半身に重心をおき、振り返る反動で薙刀を振るうも、空を切る感触しかない。
構えなおそうと半歩だけ足を下げた、その時。
「ぅきゃああっっ」
私の体は、水球体に閉じ込められてしまった。
うぅっ、苦し…なんとかしなきゃ
息苦しさに焦りを感じながらも、外側に向けて薙刀を突き刺したけど水球を突き破ることはなかった。薙刀を包むように水球の形が変わっただけだ。
どうやら、この水球は中にいるものの形に合わせた形状になるらしい。
外側に頭を突っ込んでも呼吸ができるようにはならないのね…
となると、息がもつ僅かな間になんとかしないと、本気でマズイ。
徐々に増す息苦しさに比例するかのように高まる焦燥感。
落ち着け、落ち着け。
冷静さを失ったらお終いだって、以前ゼウォンも朝練の時に言ってたじゃない…
まずは呼吸を確保しないと。
あっ、そうだ!さっきみたいに風の魔力を使って、この水球体を氷塊にかえて破壊すればいいんじゃない?と思うも、氷付けになって身動きできない自分を想像して、すぐにこの考えを却下する。
いつの間にやら私の正面側に移動したトルヴァさんは、数メートルくらい先でこちらの様子を感情のない顔して眺めている。
薙刀が届かないギリギリの距離ってところがムカつきます。
水球体越しに睨み付けてみるも、トルヴァさんの表情筋はピクリともしない。
こ、このヤロウっ
そのオ綺麗な顔、歪ませてやりたい!
そう思ったら、私の思考は[どうやったら水球体から脱出できるか]ではなくて[いかにしてトルヴァさんの鼻っ柱をへし折るか]にチェンジしていた。
物理攻撃は届かない。
水の魔法も北の金魔相手には無意味な気がする。っていうか水に閉じ込められてるのに水の魔法を使うのは怖い。
あ、そうだ。この水球体は形状が変化するんだから、思いっきり風の魔力を使えば……
思いついたまま、トルヴァさんに向けて[風]を放つ。
かなりの魔力量を込めた[風]の動きに合わせて、水球体が横向きの滝のようになる。
水をまとった[風]は、その速度からジェット噴射並みの勢いでトルヴァさんに直撃した。
たぶん、ものの3秒もたってないと思う。
至近距離で特大水鉄砲(?)をくらった無表情蛇は、仰向けになって倒れた。
と同時に、私を閉じ込めていた水球体(もう球状じゃないけど)は霧散してしまった。
このチャンスを逃さず、すぐに詰め寄り薙刀の刃をトルヴァさんの首筋にあてる。
ハァハァと繰り返し呼吸しながらも、気を抜かずにトルヴァさんの動向に集中していると……
フッ、とイケメン魔王の口元があがった。
「我の、負けだな。降参するから、この物騒なものを引っ込めてくれ」
初めて見るトルヴァさんの笑みに一瞬驚きながらも薙刀を収める。
起き上がったトルヴァさんは、なんだか険がとれたというか、ちょっと雰囲気が和らいだ気がするんだけど…負けたのが嬉しいのか?
「予想外のことをされたが、常識外れの発想力があるということだな。魔力量も充分なうえ、それなりの戦闘力もある。……メアリーの遺したものが、どう変わるのか楽しみだ」
独り言のように呟かれた言葉の意味は、もしかして…
「では、今度こそ認めてもらえたってことですよね?」
ゆっくり頷くトルヴァさん。
やった!やりました!!メアリー様の遺産ゲットです。
*****
西の地のほぼ中央に位置する土の神殿。
その豪奢でありながら荘厳な神殿内の貴賓室に、まさしく貴賓と呼ぶに相応しい尊い身分の者が、座っていたソファから腰を上げた。
「では、よろしく頼みます。バロージャ神官長」
西の地最大の国、緑の民の国グリンジアス王国王太子ハフィスリード・ロム・デュ・グリンジアスは、自分とほぼ同時に立ち上がった老人に軽く目礼をした。
「は、心得ました」
こちらも軽く目礼を返す。
大国の王太子を相手に、目礼など無礼に値する。
だが、このような態度とったとしても無礼者にはならないだけの身分が、この老人にはあるのだ。
「しかし、あの時に主神が仰せられた“禍大なる災い”がラギュズだとは……幾重に警戒しても、しすぎることにはなりませんな。各国の主要神殿だけでなく、山村などの小神殿にも通達いたしましょう」
神妙な顔で進言したバロージャ神官長に、ハフィスリード王太子は軽く頷き同意を示した。
「ええ、頼みます。ですが、むやみに西の地に住まう民の皆さんを不安に陥れてたくはありません。主神が懸念するほどの脅威が迫っているなどと知らせては、かえって混乱を招き治安が悪化しかねないので、伝達内容には注意してください」
「承知。言い方としては怪物の動きが活発になる兆しがあるので、警戒を怠らないようにと言います。有事の際、戦闘者は防衛を、非戦闘者はすぐさま神殿に逃げるよう各神殿の神官を通して伝えましょう」
それで良い、とハフィスリードは軽く頷き扉に手をかけた。
貴賓室を出ると、室外に待機していた護衛の騎士が形式的な礼をして彼の背後をついて歩く。この大神殿はかなり広いが帰り道くらい記憶しているので、ハフィスリードは案内係りの神官は事前に人払いしておいた。
ゆっくりとした足取りで回廊を歩きながら、“禍大なる災い”を考える。
昔、甚大な犠牲と被害をもたらした天災怪物。
復活するかもしれないと分かっていて何もしないのは、民の命と生活を預かる王族のすることではない。
だが、真実をそのまま告げては、天災怪物が現れる前に世の中が混乱してしまう。
結局ハフィスリードは、父であるグリンジアス国王と腹心の宰相のみに告げ、3人で協議した結果、大神殿の神官長に助力を願ったのだ。
人々が集まる場所には大なり小なり神殿がある。土の神殿には護りの力があり、神官も護りの結界を扱える者が多い。
ラギュズには護りの結界など効かないかもしれないが、それでも何もしないよりは良いだろう。
ラギュズが現れた時、誰とも接触せずに直ぐに神命を受けたゼウォン達が討伐してくれれば、被害が出ないのだが。
そんなに都合よく事が運ぶものだろうか…
そんなことを考えていたら、ふいに伝達石が反応し、ハフィスリードは歩みを止めた。
「殿下、どうされましたか?」
「伝達石だ。防音結界を展開するから警戒を頼む」
「はっ、かしこまりました」
少しの距離を後退した護衛騎士を横目に見ながら、ハフィスリードは結界をはって耳の裏の伝達石を指で軽く叩いた。
『殿下、ゼウォンです。直接的な物言い、失礼します。ユリーナの気配が途絶えました。召喚契約者の繋がりはあるので生きているはずですが、気配が感じられなくなって2刻は経っています。もしや無神の地に行ったのでしょうか?何かご存じならばお知らせいただきたく願います。』
一瞬だけ動きを止めたハフィスリードだったが、すぐに言葉を伝達石にこめた。
『ゼウォンさん、残念ながらユリーナさんからは何も連絡がはいっておりません。何かわかりましたら連絡しますよ』
『お忙しい御身を煩わせて申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします』
ふっ、と軽く溜息を吐いたハフィスリードはユリーナの伝達石へと魔力を込めた。が、予想通り反応は無かった。
気配が感じられないということは、魔力の届かないところにいるのだろう。
防音結界を解除すると、すぐさま護衛騎士が近寄ってくる。
「殿下、もうよろしいのですか?」
「ああ。待たせたな、行こうか」
「はっ」
しかしユリーナは何処に行ったのだろうか?
無神の地に向かったとするならば、十中八九連絡をしてくるだろう。
己の守護精マイスミーグが無神の地に興味津々なのも知っているはずだし、何よりゼウォンがこのように心配するということも分かっているはずだ。
となれば、自発的ではなく不本意に拉致された?一体誰に、何処へ?
少し考えてみたものの、心当たりもないし検討もつかない。
現時点では、どうすることもできないし、ハフィスリードとて暇ではないどころか多忙な身だ。
また数刻後にでも執務の合間に伝達石を試してみるか…
さて、この後は城に戻って会議の前に急ぎの書類だけ片づけねばな…
思考を切り替えたハフィスリードは、後の段取りを考えながら土の大神殿を後にしたのだった。