第57話 魔石商人さんにお会いしました
完結まで書き溜めたら…と言いながら、全然筆が進んでいません。
申し訳ないです。現時点で書きあがっているものだけでも投稿させていただきます。
ゼウォンが銀狼族の里へと旅立ってから、70日余りが過ぎた。
今は水の季節へと変わり、雨が降るようになっている。
この世界は気候が安定していて天気に大きな乱れはないけど、水の季節である13月~16月の4ヶ月間は5日に1度の割合で雨が降るみたい。
それは東西南北の地の全土で同じらしいので、この季節はヘアグのどこに行っても雨から逃れられないらしい。
羊緑族の蔵書庫から借りた魔法書を読んでいた私は、本を捲る手を一旦止めて窓辺に近寄った。
窓から空を見上げると、分厚く暗い雲が主光と副光を覆い隠し、日差しを完全に遮っている。
程なくして空から水滴が落ち、ポツリと地表に染みを作った。
ポツ、ポツ、と染みが増え、やがてザーッと勢いよく雨が降り出す。
「あ~あ、とうとう降ってきちまったかぁ…オイラ雨って苦手なんだよなぁ~…はぁ…」
徐々に雨脚が強くなり、すっかり濡れそぼったシプグリールの街並みを眺めながら、憂鬱そうに溜息を吐くレギ。
チラリとレギを見ると、キラキラの長い尻尾を気だるそうに揺らして顔を外に向けていた。いつもはキレイな金ルビーの瞳は、心なしドンヨリとしている。
「レギって、そんなに雨が嫌なの?」
そう問いかけると「イヤっていうか~なんていうか~…」とイマイチはっきりしない返事をされた。
すると、クッションの上でまどろんでいたルーシェが銀の瞳をパッチリと開き、のんびりした口調で話しだす。
「えっとねユリーナ。レギの雨嫌いは、人型になるのは何となくヤ~って感覚と一緒なの~」
って、言われても…。私、人間だからさ、その感覚自体がワカラナイんです。
へぇ、そうなんだ~と曖昧に笑って受け流し、降りしきる雨を見た。
ゼウォン、どうしてるかな。屋内にいるのかな?それとも濡れながら兄弟さん達と鍛錬しているのかしら……
ゼウォンからは、たった1度だけ連絡が来た。
彼自らではなくハフィスリード殿下から伝達石を使った連絡だったけど、銀狼族はゼウォンや私達を殺さないと真誓をたてたことが分かったので、すごくホッとしちゃった。
“禍大なる災い”との戦いを思うと心から安堵は出来ないけど、それでも随分と気持ちが軽くなった。
伝達石越しにその事を聞いた時、真夜中だったにも係わらず大声あげて喜んじゃったし…。
殿下にも「お気持ちは分かりますが話の続きをしたいので落ち着いて下さい」とか言われる始末だったよ。
私のテンションが戻った後、殿下はゼウォンから聞いた話を細かく伝えてくれた。
銀狼族もゼウォンに『今後、銀狼族の里を脅かすようなことは一切しない』と真誓をたてさせたこと。
ゼウォンが里に着いたときには弟さん(ソウォンさんというらしい)も一足先に到着していて、神命を受けた3兄弟が揃ったこと。
このままゼウォンは銀狼族の里に残り“禍大なる災い”が現れるまで、お兄さん(ジウォンさんというらしい)と弟さんと共に戦闘訓練をし、神命が達成されたらすぐシプグリールに戻ってくると言っていたこと。
一通り伝言を聞いて、殿下にお礼を言って、その時は終わったんだけど…
やっぱり、ただ待っているだけっていうのは辛いんです。
日にちが経つにつれて辛さが増してくるんです。
新魔法の創作も上手くいかないもんだから、辛さ倍増。
天災怪物ラギュズを封印させたっていう魔法の独自開発を始めてから、もう何か月も経つんだけど一向に成果が無い。
私の魔力量は高いみたいだし、[空間]と[重力]の素質もそれなりにあるっぽいんだけど、なんか[空間]と[重力]は一定の量まで魔力を込めると、かき消えちゃうんだよね。
無重力空間とか形成できないし、空間捻じ曲げるとか重力で極小隕石引き寄せるとか想像しても魔力がパァって散っちゃって、思い描いたものが具現化できないの。
魔力が覚醒したばかりの頃にワクワクしながら色々試していた時には気付かなかったけど、どうやら異世界人の私でもヘアグ人と同じように[空間]と[重力]で出来る事って限りがあるようだ。
魔法書で調べたり、[空間][重力]の使い手に話を聞いたり、自分でも実際に検証してみて分かったけど、やっぱり[空間]は亜空間道具袋か転移だけで、[重力]は対象物の軽重化だけしかできない。しかも対象物の重さを変えるっていっても無限じゃなくて、2倍~7倍程度重くするか1/2~1/7程度軽くするかだけ。
そういえば私も、体を浮かせたりする時は[風]の魔力がメインで[重力]は補助的に使っているってことに今さら気付いたりして。
やっぱり[空間]と[重力]の創始者でないと封印結界なんて造れないのかも…。
そもそも土の神は“禍大なる災いを滅せよ”と告げたんだから、仮に封印結界ができたとしても意味ないような…。
そうと分かっていてもゼウォンのことを思うと何かせずにはいられなくて、でも何も出来ない自分がもどかしい。
私もレギと同じようにハアァ…と溜息を吐くと、ぼんやりと雨の街を眺め続けた。
雨は半日以上降り続いたけど、日付が変わる夜明け前にはスッカリ止んでカラッと良いお天気になった。
日課になっている朝練を終えて仮住居までの道のりをのんびりと歩いていると、建屋の前に誰かが立っているのが見えた。
「あれ?ミリーじゃ~ん。どうしたんだろな」
「あ、ホントなの。こんな時刻に来るの、珍しいの~」
距離的にはまだ結構離れているんだけど、レギとルーシェは顔の識別ができるくらいにハッキリと見えているみたい。人間とは身体能力が違うんだね。
「確かに珍しいね。何かあったのかな?」
歩調を早くして近づくと、ミリーと思しき人影がこちらに気付いてペコリと一礼した。
「皆様、おはようございますぅ。早朝に失礼致しますぅ」
「ううん、こっちこそ待たせちゃったみたいでゴメンね。ちょっと街の外で鍛錬してたものだから…で、何かあったの?」
ミリーの様子はいつもと変わりなくて焦りも暗さも無いから、悪いことがあったわけではなさそう。でも、わざわざ来てくれたってことは急ぎの用事でもできたのかな?
「はい。実はぁ~、今日の正光前くらいに魔石商人のホドン氏が族長様との商談に訪れるんですけどぉ、族長様がユリーナ様にも面通りさせようかと仰いましてぇ」
「え?…誰が来るって??」
「魔石商人のホドン氏ですよぅ。彼はヘアグ全土を渡り歩いている商人さんでしてぇ、扱う魔石の種類はヘアグで一番なんですぅ。きっと、ユリーナ様がお望みの武器をつくるのに必要な魔石もありますよぉ」
「えぇ?!そうなの?本当に?!」
降って湧いた朗報に思わず飛び跳ねそうになってしまった。
かつてグリンジアス王都の鍛冶屋さんに「材料無ぇし魔具職人じゃなきゃムリ」って断られた理想の薙刀をつくる材料が手に入るかもしれないって思うと興奮しちゃう。
今使っている薙刀もそれなりに優れモノだけど、もっと強くなりたい私としては更に良いモノが欲しいと常々思っている。
でも、これ以上の得物をつくるんだったら、良質な魔石と腕の良い魔具職人さんが必要なんだよね~なんて話を、何気なく周りの羊緑族さん達にボヤいていた。
族長さんも私がより強力な武器を求めているのを知っているから、わざわざ魔石商人さんに会わせてくれようとしてるんだ。ありがとう族長さん!なんてイイ方なんだっ。
「ミリー伝言ありがとね。族長さんにも後でお礼を言うわ。風の5刻くらいに館へ伺わせてもらっていい?」
「はい。では風の5刻にお待ちしてますねぇ」
「なぁなぁ、その席ってオイラとルーシェも同席して平気か~?」
それまで私とミリーのやりとりを聞いていたレギが尋ねた。
「もちろん大丈夫ですよぅ。族長様にもお伝えしておきますねぇ」
「うん、よろしくね。じゃあ、また後で。今度お礼になにかご馳走するわ」
きゃあ嬉しいですぅ~ユリーナ様のお料理楽しみにしてますね~と言って、ミリーは族長さんの館へ向かって行った。
「良かったじゃんユリーナ。オイラも楽しみだ~」
ぐふふ~と笑いながら、なんだか私と同じくらいウキウキしている様子のレギ。
ルーシェもそう思ったみたいで「レギったら妙に嬉しそうなの~」と小首をかしげている。
「だあってさぁ、ヘアグで一番の魔石商人ってことは~、オイラが見たことないような珍しい魔石いっぱい見せてもらえるかもしんないじゃん?ぐふふ」
その言葉で納得。レギって珍しいもの大好きだもんね。
私も、薙刀の強化っていう目的があるものの、魔石自体に興味があるから単純に楽しみだ。
建屋の中に戻った後も、フンフンフ~ンと上機嫌で鼻歌歌いながら朝食の準備にとりかかったのでした。
風の4刻になろうとする頃。
ちょっと早いけど、そろそろ族長さんの館へいこうかなぁと、小奇麗な服を取りだして着替えた。
族長さんや初めて会う商人さんに失礼のないように身だしなみを整えないとね。
髪型も、いつもの一本結びじゃなくてサイドアップにしてみる。
ついでにアクセサリーもつけてオシャレしちゃおうかなぁと思った時、ふと亜空間に入れっぱなしだった石ころを思い出した。
この世界に来た(落下した?)時に拾った、あの石ころ。
グリンジアス王都のギルドでバルドル卿の話を聞いた後、宝飾屋へ売りに行こうとしてたのに今まですっかり忘れてた。
あの時ゼウォンが1人で銀狼族の里に行くとか言い出したから、混乱したり落ち込んじゃったりして石ころのことなんか頭からすっかり抜け落ちてたよ。
せっかくの機会だから、魔石商人さんに鑑定してもらおっと。
久々に亜空間からジーンズを取りだしてポケットに手を入れて石ころを探す。
ずっと仕舞いっ放しだった石ころは、拾った時と同じように美しく輝いていた。
「あ、あれ?なんか、この石…変わった?」
金の粒が塗されたような白く輝く石。
こうして直接手に取ってみると、妙にオーラというか力を感じる。
拾った時は何にも感じなかったのに……何故??
掌の石をジーッと見つめながら、考え込むこと数分。
もしかして……この石は魔石なんじゃないかという結論に至った。
これを拾った時の私はヘアグに来たばかりで、魔力が覚醒してなかったから石の力を感じられなかったのかもしれない。ただの憶測だけど。
いずれにせよ、商人さんに見てもらえばハッキリするよね。
ワクワクする気持ちを抑えて、石ころ、基、魔石っぽい石を再び亜空間に戻す。
それから、もう1度身だしなみをチェックして自室を出ると、レギとルーシェに声をかけて族長さんの館へと赴いた。
「貴女がユリーナさんですかい。ワシはホドンと申す、しがない魔石売りの親父ですわい」
笑い皺を深くさせて簡略式の礼をとってくれた商人さんは、白髪まじりの赤茶色の髪に薄茶色の目をした逞しそうなオジサンだった。
「またまたご謙遜を。ホドン殿が“しがない”ならヘアグで魔石を商いにできるものはいなくなってしまいますなぁ」
「いやいや、羊緑族族長様はお口が上手いですな」
ははは~と仲良さげに笑いあう族長さんと商人さん。
私が来る前にしていた商談が上手くいったのかしら?
まあ、仮に商談がダメだったとしても一流の商売者同士なんだから感情はあんまり表に出さないんだろうけどね。
「初めまして。有名な商人であるホドンさんにお会いできて光栄です」
私も礼を返して挨拶をすると、こちらこそ光栄ですわい、と人当たりの良さそうな笑顔を向けてくれるホドンさん。
「いやはや、冒険者ギルドのグリンジアス王都支部で最も注目されているチーム[ナギナタ]といえば、高ランク怪物の群れさえ物ともしない強さだと漏れ聞いてたがの。その[ナギナタ]のユリーナさんが、こんなに若くて愛らしいお嬢さんだとは…正直、驚きましたわい」
愛らしいだなんて、そんな照れちゃう。たとえ商売上のお世辞だとしても悪い気はしないのが女心です。それにしても世界中を飛び回ってる商人さんにも[ナギナタ]は知られているんだ。短期間で私達は随分有名になっちゃったみたい。いや、むしろ商人だからこそ情報収集に力をいれてて知ってたとかかもね。
内心でそんなことを考えつつ、「早速ですが…」と強化薙刀を作るのに必要な魔石があるかどうかを尋ねると、ホドンさんも商売人の顔になって色々と質問してきた。
3,4点くらい質疑応答を繰り返した後、ホドンさんは大きめの革袋からB5サイズくらいの箱をとりだして蓋をあけた。
「ふむ、お望みの武器をつくるなら、これらなんかが良かろうかと。全て、最高級の魔石ですわい」
箱に鎮座していたのは、精巧にカットされ磨かれた宝石のように綺麗な魔石。
5個づつ均等に並べられた魔石が3段あって、15個全てからそれなりの力を感じたけど、あの白石から感じた力のほうが遥かに勝っている。
最高級の魔石がこの程度(←失礼っ)なら、あの石は一体なんなの?もしかして私、とんでもないもの拾っちゃってたのかな?どどどうしよう?!
「こちらの魔石なんかは、東の地で有名なシャプレパ鉱山で採掘されたフィント石から出来てましてな、[風の神殿]の神官が3人がかりで魔力を注入した逸品ですわい。いや、武器生成だからこちらの方がいいかもしれませんなぁ。これは実は――……」
あの石が相当の値打ち物だったらどうしよう?誰か持ち主がいたのかな?でも、あんな何もない場所にあったんだから、誰かが落としたってこと無いよね?
「……――如何ですかな?魔力ではなくて霊力が宿った石でしてな、しかも風の中位精霊でも力の強い[瑠璃刃族]の力が込められているんですわい。あとは、この魔石は――……」
私が内心でゴチャゴチャ考えている間にも、ホドンさんの爆裂セールストークは続く。
ダメだ、あの白石のことが気にかかっちゃってホドンさんの話に耳を傾けることができないっ。
「あの、お話の途中で申し訳ないんですが、気がかりなことがありまして…」
「どうかしましたかい?」
ホドンさんは気を悪くした風でもなく、セールストークを中断させてしまった私に笑顔をむけてくれる。
「実は私、魔石らしきものを所持してるんですが、それがどれほどのものなのかホドンさんに見ていただきたいんですけど、いいですか?」
「魔石“らしき”?一体どのようなものなのですかい?」
「これなんですが…」
そう言いながら亜空間から白石をとりだしてホドンさんに見せた。
ホドンさんは石を見るなりギョッとした表情を隠そうともせずに「!!…こ、これはまた…なんというか…」とかブツブツ呟きながら凝視していたけど、視線を私のほうに戻すと白石を手にとっていいかと尋ねてきたので「どうぞ」と差し出した。私の掌から白石を受け取ろうとしたホドンさんだけど、手は伸ばすものの、一向に受け取らない。どうしたんだろうと思っているとホドンさんは困った顔をして首を振った。
「この石は不可思議な力が宿ってますな。しかも持ち主を選ぶようで、ワシが触ろうとしても…このとおり、拒否されてしまうわい」
ホドンさんの指先をジッと見てみると、確かに白石から3cm先から触れないようで、無理に触ろうとすると磁石のN極とS極が反発するみたいにスルとずれちゃうようだ。
その様子を見ていた族長さんが「ほほぅ。おかしなこともあるものじゃ。ちょっといいですかな?どれどれ…」と白石に手を伸ばすも、やっぱりホドンさんと同じように触ることはできなかった。
「おかしいですねぇ。この石、なんなんでしょうねぇ?」
首を傾げながら呟くも、明確な答えを言えるものは誰もいない。そんな中、レギだけが歓喜と興奮が入り混じったような眼差しでキラキラの瞳を更にキラキラさせている。レギ的にもこの白石はかなり珍しいんだろうな。
「なあなあユリーナ、これ何処で手に入れたんだぁ?」
視線は白石にロックオンさせたままレギが聞いてきたので、ヘアグに来た当初に拾ったことを伝えると、族長さんが「え?あんな場所で?」と驚いたような表情になるも、ウソなんてついてないから「ええ、そうなんです」と頷く。
「うーむ…ワシも長年、魔石を扱ってきたんだが…これほどのものは一度もお目にかかったことがないですわい。この白い石は、無力の石に力を注いで作る“魔石”とは何だか違うような…魔力そのものを具現化したもの、とでも言った方がしっくりするですわい。いかほどのものか調べてみますんで、少しお待ち下され」
そう言ってホドンさんは大きめの革袋から、今度はA5サイズの台座のようなものを取り出した。
「これは魔石を詳しく調べる魔道具でしてな、石に込められている魔力量や属性なんかが細かく分かるものなんですわい。ユリーナさん、その白い石を、ここに…そうそう、この窪んでいるところの中央に置いてもらえますかい?」
ホドンさんの指示通りに白石を置くと、鑑定作業の邪魔にならないようにと少し離れた。
すると―――――
「「「えっ?!」」」
なんと!
台座のような魔道具に載せたはずの白石が消えてしまったではないですかっ。確かにちゃんとこの手で白石を載せたのに、どーなっちゃってんの?!
突然の不可思議な現象に、この場にいた全員が唖然としてしまったのでした。