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第56話~対面②~

「此処が、銀狼族の里…」


己の生まれ里を見回し、ソウォンは得体の知れない感覚を持て余していた。

懐かしいという言葉を使うにしては、余りにも里の事を知らなさ過ぎる。だが、里の空気は自身によく馴染むと感じるのだ。


もしかしたら、この感覚があるから金銀魔は里から離れたがらない性質なのかな…?

だけど、僕の居るべき場所は此処じゃない。ファラのいる、紅蓮族の里なんだ―――



土の神殿で真誓を立てあった後、ソウォンは共闘のための修行をすべく、ジウォン達と共に銀狼族の里に転移してきていた。

金銀魔の里は基本的に同族以外の者の侵入を拒むため、ファラフレアは同伴していない。


ソウォンと離れることになったファラフレアは、危うく貴賓室内で霊力を暴発しそうになってしまった。

だが、ソウォンが優しく諌めたのと、ジウォンが「貴女はソウォンの伴侶なのだから、今は容認できないが時期をみて里に入れるよう便宜を図る」と説得したことにより何とか収まったのだ。



「まずは族長に目通りしてもらおう。此方だ」


硬い雰囲気で先導し始めたジウォンだが、その歩調は初めて里に来たソウォンを気遣うかのように少し遅めである。

ジウォンの後ろを黙って歩くソウォンは、銀狼族の者達から強烈な視線を向けられ続けていたが、全く動じなかった。


はぁ…予想はしてたけど、かなり注目されてるよね、僕。

デザオワムの大群を片付けて、紅蓮族の里に初めて入った時も注目されまくりだったっけ。

あの時は、当たり前とはいえ異端者扱いされて何気に傷ついたなぁ。

だけど銀狼族からも敵視されるなり敬遠されるなりで良い扱いは受けないだろうと思っていたけど、視線に悪意が感じられないや。一族皆が神命のことも三ツ仔のことも知っていると言うのは本当なんだな…


一行はしばらく無言で歩いていたが、ふとジウォンが立ち止まり振り返った。


「あれが族長の館―――我等が生まれた場所だ」


ジウォンの視線を辿ったソウォンが目にしたのは、質の良さそうな石と木で造られた荘厳な屋敷。里にある他の建屋よりも遥かに大きい。

屋敷の周りには細かい石が敷き詰められ、その石の起伏や陰影は芸術的ですらあった。

円形状に屋敷を取り囲んでいる小石郡は、幅7,80mといったところだろうか。

かなりの数の小石があるが、一粒一粒から何かしらの力を感じる。


「あの石は全て…魔石ですか?」


ソウォンが呟くように問うと、ジウォンは小さく頷いた。


「あの魔石は館を守る結界の役割をしている。里全体にも一応結界は施してあるんだがな…敵が急襲してきた時などの緊急時には、里の者全員が族長の館へと避難することになっているから、里内で一番守りを堅くする必要性があるんだ」


「……そのような里の決まりを僕に話して大丈夫なんですか?」


「問題ない。むしろ知っておいてもらいたいことだ。“禍大なる災い”が我が里に現れたなら、真っ先に皆を館に集めねばならないしな」


屋敷の周りの小魔石は、黄昏時の夕日を反射させて輝いているように見える。

隙間無く敷かれた魔石の上を跨ぐ様に、集落から屋敷の入り口へと向けて橋が架けられていた。その橋の上に、人影が2つ。


―――影は、族長夫妻であった。


ここまで躊躇い無く歩を進めていたソウォンが、足の動きを止める。だが、それも僅か数秒。ジウォンとの間隔を広げることなく、すぐに歩き出した。

族長夫妻は橋の上から動かずに、息子達の到着を待つ。


橋のすぐ手前まで来ると、ジウォンが軽く腕を上げた。

その動きに応え、ここまで同行していたイゥマナとムトヴァが身を引いて橋の脇に立つ。

ジウォンとソウォンはそのまま橋の上を無言で進んだ。


実の親仔の距離が一歩一歩縮まっていくのを、自然と集まっていた里の銀狼族達が後方で固唾を呑んで見守っている。


族長夫妻との距離が10mほどになった時。

突如、ジウォンとソウォンは急に立ち止まり後ろを振り返った。

同じ姿をした男2人は、同じ方向を真剣に見詰めている。

その只ならぬ様子に、族長夫妻はもとよりイゥマナやムトヴァや他の里の者達も皆、注視されている方角へと意識を向けた。


感じたのは、同じ匂い。


里の入り口付近から、橋の上に立つ族長の実仔達と同じ匂いがする。

その匂いを持つ者が、徐々に族長の館の方へと近づいてきた。


現れたのは―――夕日を背に受け、長い影を作る人型の銀狼族。

その少し前方には、同族の未成魔もいる。


「あ、あれ?皆、集まってどうしたんだろう?もしかして、里の者総出でお出迎え、とか…?」


未成魔がオロオロした様子で立ち止まると、人型の男もまた同じように歩みを止め、微かに首を動かして周囲を見渡した。

男は軽く息を吐くと、口元を少しだけ綻ばせ、長身を屈めて仔狼の頭を優しく撫でる。


「ここまで案内してくれて、ありがとうな。おかげで結界もすんなり通ることが出来た」


男に礼を言われた仔狼は、気持ち良さげに目を細めて撫でられている。

だが他の銀狼族達は、その微笑ましい光景よりも男が発した声に意識が向いた。


ジウォン様と同じ声…この方も、橋の上にいる方も、ジウォン様と同じ匂いに同じ姿―――


仔狼を撫でていた男が、身を起こして顔をあげた。


笑むことも睨むこともない、仮面のような無表情。

敵意も好意も感じさせない、植物のような無の気配。

つい先程まで仔狼に向けていた柔らかな雰囲気は、皆無である。


何も窺い知ることの出来ない佇まいは底知れぬ深さを感じさせ、銀狼族達は我知らず気圧されていた。


そんな銀狼族達を意に介す様子もなく、人型の男は族長の館へと歩き出した。

すると、男の通行を邪魔してはならないとばかりに、集まっていた銀狼族達は誰からともなく左右に分かれて道を作る。

男と、橋の上の者達を遮るものは何も無くなった。


沈みゆく光の残滓が、重苦しいほどの緊張に包まれた銀魔の里を照らす。


刻々と夕闇の色が濃くなる中、皆の視線を一身に受けている男は、銀狼族達の花道を淡々と進んでいった。

臆するわけでも勢いづくわけでもなく、真っ直ぐに正面を見据えたまま同族たちの間を抜けていく。

だが、橋の手前まで5歩ほどという所まで来ると、男は足の動きを止めた。

彼の視線は橋の下に敷かれた小石に注がれ、次いで、橋の上の者達へと移行する。


神命を与えられた三ツ仔と、その両親。5対の紫瞳が交錯した。


斜陽が射す里を、異様な空気が流れる。

後方に集まっている銀狼族たちは緊張しながらも、ただ静止して成り行きを見つめることしか出来なかった。


立ち止まっていた男は、さして間を置かずに再び歩き出す。

その足取りは先程より若干慎重なものになってはいたが、男はそのまま橋の上を真っ直ぐ進んでいった。

ジウォンとソウォンの近くまで来たとき、男が再び立ち止まった。

姿も匂いも同じ2人に、両腕ではなく片腕だけを胸にあてて頭を下げるという略式の礼をとった男は、言葉を交わすことも無く直ぐに族長夫妻の方へと数歩進む。

族長夫妻の眼前で、男は正式なヘアグ式の礼をとった。が、それは膝をつくという深礼ではない。


「先触れもなく突然に来訪しました無礼をお許し下さい。我が名はゼウォン。グリンジアス王国王太子ハフィスリード殿下の専属冒険者チーム〔ナギナタ〕のリーダーを勤める一介の魔戦士です。先だっての大祭の折、主神〔土の神〕から賜りました神命により、この地に馳せ参じました」


男―――ゼウォンは、ジウォンと同じ声で族長夫妻に挨拶を述べた。

自身を〔銀狼族〕ではなく〔冒険者チームに属する魔戦士〕だと名乗ったゼウォンに、後方の銀狼族たちから戸惑う空気が醸し出される。

だが、橋の上の者達は、ゼウォンの意図を正しく理解していた。


「よくぞ参られた。…此度の神命は我が一族にとって必ずや成し遂げねばならぬ重大事。主神の御力を賜りし者の来訪、歓迎しよう」


大きな声ではないが程よく響く低い声色で、族長はゼウォンに返礼をする。

そのやり取りは21年ぶりに対面した親仔のものではなく、他人行儀で儀礼的であった。


「歓迎するとの有り難き仰せ、感謝いたします。…神名を遂行するにあたり、銀狼族の長様に一つ願いがございまして…お聞き入れ下さいますか?」

「願いとな…?随分と唐突な申し入れであるな」

「我が身は長年に渡り冒険者として過ごして参りました無作法者であります故、率直な物言いになります無礼、ご容赦下さい」


そう言ってゼウォンは軽く目礼をする。

確かに前口上などは無いが、対峙している男の態度や言葉は丁寧で無礼だとは感じない。

冒険者という者は野蛮な輩も多いと聞くが、ゼウォンは違うようだ。


「……どのような願いなのか、申してみよ」


一族とは何ら関係ない立場であると主張するような名乗りをした時点で、願いの内容など容易く予測できるがな、と族長は内心で独りごちるも、表面上は銀魔の長としての姿勢を崩さない。


「はっ…では申し上げます。―――願うのは、真誓をたてていただくこと。自分を含めたチーム〔ナギナタ〕のメンバー全員に対し、銀狼族は直接的にも間接的にも一切の殺傷行為を行わないと、主神に誓っていただきたいのです」


真誓を請われたことで、橋の向こう側に集まっていた銀狼達がざわめき出した。

族長は是とも非とも言わず、ただ静かにゼウォンを見詰めている。

ゼウォンも、曖昧な回答は受け付けないとばかりに、瞳に強さを宿して族長を見ていた。

皆の視線が、族長に注がれる。

だが、言葉を発したのは族長ではなかった。


「弟と、同じ要求をするのだな」


それは、ジウォンであった。

皆の注目が、族長からジウォンへと移行する。

ジウォンは橋の向こう側にいる同族達、そして弟達を見た後、自身の両親へと視線を向けた。


「話を中断させてしまいますが、父上母上並びに我が同族の者達に、報告を。―――先程、土の神殿にて私はこちらの末弟…ソウォンに真誓をたてました」


その発言に、より一層ざわめきが加速するも、族長は慌てることなく「理由をきこう」と冷静に対応する。

ジウォンはソウォン達と神殿内で交わした会話のやり取りを掻い摘んで語った。


「―――故に、私達は互いに真誓をたてたのです。末弟にしたことを次弟にはしないという理由はありません。次弟…ゼウォンもまた、大国の権力者に認められている冒険者とのこと。我等銀狼族とは違う生活基盤があるようですので、この里に関わりあう可能性は極めて低いと思われます」


ジウォンはそこで言葉を切ると、ゼウォンに視線を映した。


「我が弟ゼウォン、一つ問う。大祭時に土の神殿に赴いたということは、家族がいるのであろう?伴侶はどのような者なのかを教えて欲しい」

「我が伴侶は…自分と同じ冒険者チーム〔ナギナタ〕に属する者でして、種族は―――人間です」

「そうか。異種族を伴侶にしているのだな」

「はい」

「ならば憂うことはないな。―――父上が真誓をたてられぬなら、私が致しましょう」


すんなりと真誓を行うというジウォンの発言に、流石のゼウォンも驚きを隠しきれなくなっていた。

そんな弟の様子を、微かに目を細めて見るジウォン。族長の館とは逆方向へと体を向けると、大きめの声で言い放った。


「神命を下されし弟達、並びにその仲間達に我等銀狼族は今後一切の危害を加えぬこと。弟達もまた、我等一族に対し危害を加えることは無いと、互いに主神に誓いあおう。これに反対するものは、このジウォンに牙を剥くものだと心得よ。阻止したくば決闘を挑め。まとめて受けて立つ!!」


上級魔というのは理知的であり、話し合いで物事を決めることもある。

更に魔獣は群での団結力が高く、仲間意識も高い。

だが、魔物という生物の基本性質は、力が序列を左右する。

弱きものは強きものに従う。一番強いものが一族の長になる。

ジウォンの気迫に歯向かう者は、誰一人いなかった。


いつの間にか日は沈み、数多あまたの星が地上を照らし出している。

暗くなった銀狼族の里に、土の神に誓いをたてるジウォンとゼウォンの声が響いたのだった。




*****




「―――――はい、それでは宜しくお願い致します。―――いえ、こちらこそ殿下の貴重なお時間を割かせてしまって申し訳なく思います。―――――はい。では、失礼いたします」


まもなく土の刻から水の刻へと変わる深夜。

7刻ほど前に銀狼族の里に到着してからの出来事と、今後の身の振り方をハフィスリードに報告したゼウォンは、耳裏の伝達石から指を離すと自分の周囲に張っていた防音結界を解除した。


今日の夕刻に銀狼族の里に到着して直ぐに、重大目的の1つであった真誓を得ることが出来たのは重畳だった。

その後は族長の館へと通され、改めて族長夫妻とゼウォン自身を含む三ツ仔、そして銀狼族の重鎮達の紹介が行われることとなった。

その席でゼウォンは、自身のギルド登録証、ハフィスリードと〔ナギナタ〕で交わした専属チーム契約書、土の神殿で得たユリーナとの祈石などを提示し、自身の立場を証明。

更には、グリンジアス王国の歴史家バルドル卿から聞いた100年前の出来事、それに基づき“禍大なる災い”とは天災怪物ラギュズだろうと思っていることも話した。

100年前に関して未だ有益な情報を得られていなかった銀狼族達は、貴重な情報をもたらしてくれたゼウォンに対し、皆無だった仲間意識が芽生え始めた。



“禍大なる災い”がいつ出現するかも分からない今、時を無駄には出来ないため明日から早々に三ツ仔の共闘修行を行うことになっている。


明日に備えて身体を休めるべく、ゼウォンは瞼を閉じた。


閉ざされた視界が映し出す色は、黒一色。最愛の者の髪と同じ色。


――― ユリーナ…


心の中でツガイの名を呟き、その姿を思い浮かべながら、ゼウォンは眠りについたのだった。



申し訳ありませんが諸事情により、今話をもちまして連載を休止させていただきます。

完結まで書き溜めることが出来ましたら再開したいと思っています。


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