第53話~暫しお別れすることになってしまいました~
羊緑族の街シプグリール
族長の館にある厨房は、4ヶ月前と比べると少しだけ様変わりしていた。
5台あった竈が3台になり、コンロのような形状の火台が3台から6台に増えている。
竈は薪を使い、火台は火の魔石を使うんだけど、薪より魔石の方がはるかに高価なのに、どうしてなんだろうと思ったら、なんとタロチ(ヘアグ版ポテチの名前。族長さんに頼まれて私が3ヶ月前に命名した。ホントに商品名にしちゃってたよ…)を作るためなんだって。
タロチに限らず、私が教えた揚げ物料理や蒸し物料理は竈じゃ作りにくかったらしく、火台を増やしたんだそう。
魔石のコストはかかっちゃうけど、タロチの売れ行きが段々と上がってきているから、あと2年もすれば充分採算がとれそうだとのこと。
「ユリーナ様ぁ、大鍋のタロ芋ぉ、全部茹で上がりましたよぅ」
「ありがとミリー。そしたら、それ全部潰しちゃって。潰し終えたら4等分に分けておいてね。コロッケ3種類とポテトサラダ作るから」
「かしこまりましたぁ」
お手伝いをしてくれているミリーに声をかけながらも、マヨネーズを作る手は休めない。
混ぜて、混ぜて、混ぜまくる。
こうして無心に手を動かし続けていれば、少しは不安な気持ちも無くなるかなって思ったんだけど、やっぱりゼウォンのことを考えてしまう。
明日、ゼウォンは単身で銀狼族の里へ向かう。
グリンジアスで100年前の話を聞き終わった日の夜、ゼウォンは私達に「里には俺だけで行く」と告げた。
ゼウォン曰く、彼自身は銀狼族に殺されることはなくとも、私達はどうされるのか分からないと。
金銀魔は同族以外の者に里へ踏み込まれるのを嫌う傾向があるから、私達は追い出されるか殺されるかだと。
もしくは、私達を人質にとってゼウォンを言い成りにさせる可能性だってあるのだと。
それに何より、今回のことは自分と銀狼族の問題であって、私達を巻き込むわけにはいかないと。
冷静な口調の中にも彼の強い決意を感じたから、私は何も言えなかった。
本当は、ゼウォンと離れていたくないし、自分の知らないところで彼がどんな目にあうのかと思うと、いてもたってもいられなくなるだろうから、出来ることなら付いて行きたい。
でも、無理やり同行したところで私は足手まといどころか彼の枷になってしまうのが分かったから、我侭は言えなかった。
一時的とはいえゼウォンと離れるのは辛いけど、彼とは召喚契約しているおかげで大体の居場所を感じ取ることが出来るので「一緒に行きたい!」と叫びそうになる気持ちを抑えることが出来たのだ。
レギとルーシェも歯がゆそうで悔しそうな表情をしていたけど、反論じみたことは何も言わずに「待ってるから」とだけゼウォンに伝えていた。
そして、ゼウォンが銀狼族の里に行っている間はどうしようかと話していたんだけど、この機会に〔無神の地〕に行ってみようかと言ったらソッコーでゼウォンに却下された。
〔無神の地〕では私の気配を感じられなくなっちゃうからだって。
ってことは、私もゼウォンの居場所を感じられなくなっちゃうってことじゃん。
やっぱ〔無神の地〕行きはナシってことで。
じゃあ、グリンジアス王都で小金稼ぎでもしようかと提案したら、これまたゼウォン却下をくらいました。
〔ナギナタ〕はかなり有名になっているのに、リーダーであるゼウォンが不在となると、つけ入ろうとする輩や干渉してくる輩が現れるかもしれないからだって。
挙句の果てには「主神に祈りを奉げたとはいえ俺がいない間にユリーナを狙うバカ男が湧いてくるかもしれないから、男がいる所は避けてくれ」とか言い出す始末。
男性がいない所なんてあるのかYO!!また山篭りでもしろっちゅーんかいっっ!!
「私がゼウォン以外の男性になびくワケないでしょ?私って信用されてないの?」
「オマエの問題じゃない。俺がいない所でオマエに秋波を送るであろう男共が気に食わないんだ」
「えぇ?!そんな起こってもないこと気にしても仕方ないじゃない。だいたい私、そんな男の人の気を引くようなタイプじゃないでしょ。全くモテなかったし」
「そんなことはない。ヌーエンで俺が薬作りしている時があっただろ。あの時にオマエを狙っている奴等がいたんだぞ。油断できねぇ」
「何言ってるの?確かにヌーエンのギルドで男性に声かけられたことはあるけど、あれは女の魔戦士が珍しかったからでしょ?」
「違うっ、魔戦士としてじゃなくて女としてオマエを狙っているヤツもいたんだ。…思い出したら腹立ってきた」
「ちょっ、ゼウォン落ち着いてよ」
そんな言い合いをしていたゼウォンと私に、呆れたような視線を送るレギ。オロオロするルーシェ。
「じゃあさ~、シプグリールに行けばいいんじゃ~ん?」
このレギの発言に、ゼウォンと私はパタっと口論を止めた。
「人間の街に比べると人間の男の数もかなり少ないし~、異種族をツガイにしたいなんてヤツは滅多にいないし~、ユリーナは羊緑族の中では別格視されてるから言い寄る男は皆無なんじゃん?それでもゼウォンが心配なら~、封魔匂の飾り物を着けていない状態のゼウォンをユリーナが自分のツガイなんだって紹介すりゃいいんだよ。羊緑族は中級魔獣だから~、同じ魔獣の最上位である銀狼族のツガイにちょっかいかけるなんて真似は冗談でも出来ないんじゃん?
ユリーナもさぁ、シプグリールなら1ヶ月近くいたんだから滞在しやすいんじゃん?どうだ~?」
なるほど。レギ、ナイス提案。
ゼウォンも納得したので、早速メルーロさんから貰った転移紙に今までの経緯を書いて送ったの。
お手紙を送って半刻もたたないうちに、メルーロさんが直々に転移で来てくれたときは驚いたよ。
メルーロさんはゼウォンとルーシェに丁寧な挨拶もした後、すぐにシプグリールまで再転移した。
そのまま族長さんの館に通されて、改めてゼウォンから族長さんに事情を説明したの。
神命の内容に、族長さんは深刻そうな顔をしてたけど「西の地全体の重大事ですから、我々も出来うる限り協力させていただきます」と言ってくれた。
さすがに前のように族長さんの館でお世話になるのは気が引けたので、ゼウォンが戻るまで街中の宿に常泊しようと思っていた。
でも、族長さんの館から程近い所に一軒屋があるから、其処を〔ナギナタ〕の皆さんで使って下さいと言われたので、結局ご好意に甘えさせてもらうことに。
もともとは外回りの警備隊の詰め所兼宿泊所として使ってた建物で、今はもう使っていないんだって。
仮住まいの建物に到着すると、薬の調合と亜空間内の荷物整理をすると言ってゼウォンはすぐに引き篭もった。
「数ヶ月ぶりの独り旅だし、目的地が銀狼族の里だ。場合によっては到着早々大乱闘になるかもしれないしな。周到に用意するさ」
そう言ったゼウォンは、口調は軽くても目は真剣だった。
何か手伝いたかったけど、薬の調合も荷物の整理もゼウォンだけでやった方が捗るだろうし、私がいると反って邪魔になりそうだ。
だけどやっぱり彼の為に何かしたくて、お弁当をつくることにしたの。
ゼウォンは私の料理をいつも美味しそうに食べてくれるし、道中で食事するとき私のことを考えてくれるかも、なんて打算もあったりして。
仮住まい建屋にも調理道具はあったんだけど、族長さんの館に比べると当然ショボかったので、館の厨房借りられないかな~と交渉してみたところ、すぐに快諾してもらえた。
羊緑族の皆さん、相変わらず良い方々ばかりですね。
「ユリーナ様ぁ、潰し終えたタロ芋、4等分にしましたよぅ。次は何いたしましょうかぁ?」
ミリーがニコニコしながら聞いてくる。
数ヶ月ぶりに会ったけど、変わらず明るくて良い娘だわ。
レギとは面識があったミリーだけど、ゼウォンとルーシェを紹介した時は萎縮するどころか怯えていたんだよね。特にゼウォンに対して。
同じ金銀魔でも、他地の魔物と同地の魔物では違うのかしら?
ゼウォンが私のツガイだと知った時なんて、ミリーってば気絶寸前だったんだよな~。
「ユリーナ様ぁ?どうしたんですかぁ?」
おっと、いけない。キミの気絶寸前姿を思い出してたの~なんて言えないよ。
「何でもないよ~。えーとね、次はこの根菜とタロ芋を混ぜてくれる?」
「はぁい」
ミリーの他に、顔なじみだった料理人さん2人が手伝ってくれて、順調に料理を作っていった。
今回作ったものはサンドウィッチとコロッケとサラダ。
ミックスベジタブル風に細かく刻んだ根菜を混ぜた、野菜コロッケ。枝豆のような味のする赤い豆を混ぜた、豆コロッケ。お肉を細かく刻んで作った定番の肉コロッケ。
あとは、ゼウォンお気に入りのテリヤキサンドと卵野菜サンド、それとポテトサラダ。
コロッケとポテサラは大量に作ったので、厨房にいた皆さんに御裾分けしたところ、めちゃくちゃ喜ばれた。
「この揚げ料理も美味ですね~、揚げ料理は多種多様ですな~」
「ハフハフ、アツアツ。美味い~美味いっすよユリーナ様~」
「タロ芋はタロチだけではなく、こんな料理にもなるとは!素晴らしい~」
うまうま言いながらコロッケとポテサラを頬張る羊さん達。特にコロッケは大好評だ。
こんなにコロッケが絶賛されるとはね。気に入っていただけたようで何よりです。
料理の包みを抱えて館から仮住まい建屋まで戻ると、ザッと3分シャワーもどきをした。
揚げ物した後って、なんか匂いが気になるじゃない?
さっぱりしたところでゼウォンが篭っている部屋の扉をノックすると、すぐに顔を出してくれたので包みを渡した。
「ゼウォンが気に入ってくれてる料理作ったの。旅の食事の足しにしてもらえたらな…って。
亜空間に入れておけば邪魔にならないかと思って少し多めに作っちゃったけど、良かったら受け取って」
ゼウォンはちょっと驚いた顔をしたけど、すぐに包みを受け取ってくれた。
「わざわざ作ってくれたのか?…有り難く頂くよ」
ありがとう、とお礼を言ってくれたゼウォンの笑顔は、心臓爆発級でした。胸がキュンキュンしてキュン死しそう。ときめき過ぎて倒れそう。
キュン死防止の為に視線を逸らした私の目が、部屋の中にあった剣を捉えた。
「…ゼウォン、あんな剣も持ってたんだ」
目に付いた剣は、全く同じに見える2本の両刃剣。
鞘に収められていない刀身は青銀に輝き、ゼウォンがいつも使っている剣よりも細身で若干短めだ。
ゼウォンは無言で私に入室を促すと、パタンと部屋の扉を閉めた。
「あの、薬の調合と荷物整理はもう終わったの?」
「ああ、少し前に終わった。今は、ちょっと考え事をしてたんだ」
「え、そうなの?ゴメン、私、邪魔しちゃったね…」
「いや、そんなことないさ」
ゼウォンは抜き身の剣2本を手に取り交差させると、刀身を打ち鳴らした。
キィィンと、涼やかながらも重みの有る音がする。
「これは〔風の双霊剣〕と呼ばれる霊剣だ」
「霊剣…?」
「魔力を宿した剣が魔剣と呼ばれるように、精霊の霊力を宿した剣は霊剣と呼ばれる。この剣には風の精霊の力が込められているんだ。東の上位精霊と召喚契約していた父さんの形見でもある」
「ゼウォンのお父様の、形見…」
「ああ。形見といったら、俺がいつも使っている剣もそうなるかな。もともとは父さんが使っていたものを俺に合わせて鍛え直したものだから。……この双霊剣はな、攻撃力は抜群なんだが、あまり守備が望めないんだ。この双剣には未だ充分な霊力が宿っているが、俺は父さんと違って霊力を補填出来ないから、極力使わずにいた。でも、今回は出し惜しみなんてしてられないからな。銀狼族の里付近まで来たら、帯剣する得物をこれに変えようかと考えていたんだ」
「……そう」
守備は二の次にして攻撃重視の剣を使うということは、捨て身でいくってことなのかな…
水面に一石を投じたように、心に不安が広がっていく。
ゼウォンは神命を下された身なんだから、同族に殺されることはないと、大丈夫なんだと、何度自分に言い聞かせても、拭いきれない不安。
ゼウォンは抜き身のままの剣を鞘に収め、私が持ってきた包みと共に亜空間にしまった。
それから私に向き直ると「心配要らないさ」と言って、節くれだった長い指で私の髪を優しく梳いてくれた。
私の不安を払い流すように、彼の指がゆっくりと動く。
「『愛しい存在というのは、最大の弱点であり、最強の力である』……昔、父さんにそう言われた時は全く理解できなかったが、今ならわかるな…」
独り言のように呟いた彼は、おもむろに懐へ手を入れて、何か小さいものを取り出す。
「ユリーナ、これをオマエに渡そうと思っていたんだ」
彼が差し出してきたのは、不思議な輝きを放つ紫色の指輪。
「わぁ、キレイな指輪!これ、金属?石?珍しい質感ね」
透明感は無いけど充分な光沢がある指輪は、紫色のプラチナってカンジのものだった。
「何の素材で作られているかは知らないが、その指輪には守護効果があるらしい。俺が傍にいない間、身につけていてくれないか?」
「守護効果のある指輪…?何だか貴重なものみたいだけど、いいの?」
もちろん、と言って微笑むゼウォンの手から指輪を受け取り、リングの大きさを目算してみる。
う~ん…、この指輪15号くらいあるかも。
ゼウォンから渡された指輪だから薬指に填めたいけど大きすぎるなぁ、なんて思いながら試しに填めてみるとアラ不思議!指輪が縮んでピッタリサイズになっちゃった。
「なにこれスゴーイ!!」
薬指にジャストフィットした指輪を凝視しながら感嘆の声をあげる私。
「装着者にあわせて伸縮するように特殊魔法加工が施されてるみたいだな」
「へぇ~、そうなんだ~」
そういえばアレフさんから貰ったブーツも特殊魔法加工されてるんだったわ。
でも、アレフさんと殿下には申し訳ないけど、ブーツや腕輪よりもこの指輪の方が遥かに嬉しい。
頬が緩むのを抑えようともせず、ニマニマしながら指輪を眺める。
「その指輪、そんなに気に入ったのか?」
「うん!だってゼウォンからの指輪だよ?」
満面の笑みを浮かべて答えると、彼は何かに気付いたかのように「あっ」と声をあげた。
「あ~…そういえば俺、オマエに贈り物の類は何1つしてなかったな…。そういったことにはどうにも疎くて…何か欲しい物あるか?」
そんなことをいきなり尋ねられて、キョトンとする。
私の態度って、遠まわしにプレゼントおねだりするようなカンジだったのかな?いやいや、嬉しい気持ちを素直に表しただけなんだけど…
「別に欲しい物なんてないよ?私はただ、指輪が嬉しかっただけなの」
この答えに納得してなさそうなゼウォン。
なので、補足説明をする。
「あのね、私が生まれた国では婚約指輪と結婚指輪っていうのがあってね。男性が女性に結婚を申し込む時に指輪を渡すの。結婚する時はお互いに指輪を用意して交換し合うんだけど、その指輪は左手の薬指に填めるのよ。そんな風習があるから、好きな男性から贈られる指輪は特別なの」
「……そうだったのか」
ボソっと呟いたゼウォンは私の左手を持ち上げると、薬指からスポーンと指輪を抜いて中指に填め直した。
「この指輪はただの魔道具だと思ってくれ。“特別な指輪”は改めて俺が用意する」
ゼウォンは真摯な瞳で私を見ながら、そんなことを言ってくれた。
嬉しくて嬉しくて、胸がジーンと熱くなる。
彼は握ったままの私の左手を軽く撫でると、手の甲と手の平に触れるだけの軽いキスをした。
そして、薬指に少し長めのキスを落とす。
彼の唇が触れたところから、浸透するように体に熱が広がる。
明日からは、こうして彼の体温を感じることはもちろんのこと、彼の姿すら見ることは出来なくなるのだ。
そう思うと途端に切なくなって、縋る様に彼の逞しい胸に身を投げると、力強く抱きしめられた。
「ユリーナ…」
「…ゼウォン」
互いが互いを求めて唇が重なりあう。
深まる口付けに比例するように、体の火照りが徐々に増していく。
この熱はもう、彼でなければ鎮められない――――
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