第52話~グリンジアス王国の歴史家さんに会いました~
ゼウォンから神命のことを告げられて取り乱しちゃった私だけど、黄昏時を迎える頃には落ち着きを取り戻していた。
納得は出来なくても、それなりにちゃんと受け止めている。
「今から神殿前の露店見ちゃダメかなぁ?そういえばお昼ゴハン食べてないじゃん。お腹すいた~」
とか言えるくらいには、いつもの調子に戻っていた。
結局露店は見に行かず、すぐに食べられる果物や干し肉などを亜空間から取り出して軽食を済ませると、レギとルーシェを召喚する。
2体同時召喚したけど、思ったよりも魔力を消費せずに召喚できたよ。
ゼウォンから神命の事を聞いたレギとルーシェは、ゼウォンの出生を知った時と同じくらい驚愕したけど、私と違って怒ったりなんかはしなかった。
随分と神妙そうな表情をしてゼウォンの話を黙って聞いているだけ。
この反応がこの世界では一般的なの?と、なんとなく釈然としない私を見て苦笑するゼウォン。
全員揃ってゼウォンの事情を把握した所で、彼が今後どのような身の処し方をするつもりなのかを私達3人に話してくれた。
「まずは“禍大なる災い”とやらがどんな存在であるか、100年前に何をしたのか、どうやって封印されたのか、銀狼族との関わりは何なのか、などを調べる。敵の情報も知らずに戦いを挑むのは愚の骨頂だからな。情報が揃ったら、銀狼族の里に赴く。--ん?そんな顔するなよ、ユリーナ。どうせ俺の生存は知られているんだ。だったら向こうから来るのを待つより、こっちから出張った方が早く神命を遂行できるだろ」
「…大丈夫なの?その…里に行ったら即抹殺されるとかにならないよね?!」
「神命が成し遂げられるまでは、一族に殺められることは有り得ない。だが“禍大なる災い”を消す事に成功した後のことは分からないがな」
「っっ!!? それってつまり、神命を達成したらやっぱり銀狼族に殺されるかもしれないってこと?!酷すぎるっっ」
落ち着いていた感情が再発しそうになり、私は思わずゼウォンに詰め寄るように体を寄せた。
そんな私を、いつもと変わらない口調で「ユリーナ、落ち着けよ~」と嗜めるレギ。
「…ゴメン、話を続けて」
感情的になりやすい自分の短所を反省しながら、ゼウォンに話の続きを促す。
シュンとした私の頭を軽く撫でてくれたゼウォンは、スッと息を吸うと言葉を続けた。
「里に着いたら、銀狼族に『今後一切、俺とツガイと仲間の命を狙わない』と、すぐさま真誓をたてさせるつもりだ。拒否されたならば、里を攻撃する」
「ええぇ?!返り討ちにあっちゃったら、どうするの?!」
「俺が攻撃したら当然反撃されるだろうな。だが、主神の御力を賜った俺を神命達成前に殺すことは出来ないからな。銀狼族が真誓たてるまで、どんなに痛めつけられようとも、とことん攻撃するさ。直接攻撃だけじゃなく禁薬使った間接攻撃も加えるし、里が壊滅するまでには折れるはずだ」
それって、開き直り行為もしくは自虐行為といえなくもないんじゃない?ホントにやる気なのかな…?
ゼウォンがボロボロにされるなんて嫌だよぉ…
不安でいっぱいになっていると、それまでずっと大人しかったルーシェが躊躇いがちに声を発した。
「あの~…アタシ、思ったんだけど…神命を成し遂げた後であっても、主神から直々に神命を下された者を殺めるなんて、いくら一族の掟とは言え主神を冒涜する行為でしょ?わざわざ“真誓”させなくても大丈夫な気もするの~…」
そのルーシェの発言に、レギも頷きながら同意を示す。
「だよな~。ま、命が掛かってんだから~、念には念を入れるゼウォンの気持ちもわかるけどな~」
ルーシェとレギの言葉は、私に大きな期待を抱かせた。
「……ってことは、もうゼウォンが銀狼族に狙われることは無いの?」
そう尋ねた声は、期待で少し上ずってしまった。
ゼウォン、レギ、ルーシェを順番に見つめて、答えを待つ。
「狙われる可能性は極めて低い。だが、その微かな可能性も、真誓をたてさせれば潰える」
確信めいた力強い物言いをしたゼウォンに、私は心の中でガッツポーズをとった。
やったーーっ、もう、ゼウォンは同族にビクビクせずにすむんだ!
土の神サマ、ゼウォンに神命を下してくださって、ありがとうございます~~っ!
理不尽だとか怒ってしまって大変ご無礼いたしましたぁーーっ
…って、いやいや、ちょっとマテ。
よくよく考えてみれば、ゼウォン(+兄弟さん)が討伐しなきゃいけない“禍大なる災い”とやらは、西の地を滅ぼせるくらいの存在なのよね?
銀狼族に狙われるよりも、よっぽどヤバイんじゃないの?!
ゼウォンの敵は私の敵だから“禍大なる災い”だろうと“西の銀魔一族”だろうと、私はもちろん彼と共に戦うつもり。
でも、敵があまりにも強大すぎて、私の戦力なんて役立たずかも。むしろ、足手まとい!?
うわぁぁーーんっ、ゼウォンの負担になるなんてイヤだよーーっ
「ユリーナ~?何をそんなに忙しなく表情変えてんだ~?」
レギがすぐ近くまで飛んできて、私の顔を覗く込むように小首を傾げた。
「レギ…。私、今ほど自分の非力具合を嘆いたことはないわ」
「はあぁ?何言ってんだ~??」
「ううん、なんでもない」
ゼウォンとルーシェも「どうしたの?」ってカンジの視線を向けているけど、ヘラっと笑って誤魔化す。
「そういえば銀狼族の里に行く前に100年前の出来事を調べるんでしょ?どうやって調べるの?」
私の質問にゼウォンは少しの間無言になって考えてたけど、すぐに答えてくれた。
「調べるといっても、あまり時間はかけられないからな。手っ取り早く、ハフィスリード殿下に西の地の歴史に詳しい者を紹介していただこうと思ってる」
「あ、なるほど。ってことは、殿下にも神命のこと話すのね?」
「ああ。神命の内容は西の地全体の危機を示唆するものだからな。早々にお伝えすべきだろう。とはいえ、今日は大祭中で殿下もご多忙だろうから、明日の朝にでも伝達石で報告するさ」
そして大祭翌日、ゼウォンは耳裏の伝達石を使ってハフィスリード殿下と連絡をとった。
殿下は神命の内容に驚愕されたものの、ゼウォンがわざわざそんなウソつくわけないって分かってくれているみたいで、すぐに私達と歴史研究者が会えるように手配すると約束してくれたの。
殿下の対応の速さからいっても、神命っていうのはかなり重大なことなのね~と実感したのでした。
それから更に7日後。
殿下が紹介してくださった歴史家さんとの面会場所が、ギルドのグリンジアス王都支部になったため、私達は再びグリンジアス王都に戻った。
大祭前々日くらいに、すっかり顔なじみになったギルド職員さんに「大祭後は北の地に行きます」なんて言っちゃってたもんだから、偶々バッタリ会った時に「あれ?」みたいな顔されて少々気まずく感じた一幕もあったけど、素知らぬ顔してやり過ごしちゃった。
ハフィスリード殿下から事前に伝えられていた面会時間10分前くらいにギルドに到着すると、カベンツ支部長さんが直々に出迎えてくれた。どうやらカベンツさんも同席するみたい。
案内された場所は、チーム申請の時に通された部屋よりも高級感のある応接室だった。
ってことは、歴史家さんはそれなりに身分の高い方なのだろう。
カベンツさんはソファに座るよう私達に勧めた後で一旦退室したけど、程なくして中年の男性を伴って戻ってきた。
「紹介しよう。こちらはグリンジアス王立書物館の館長、バルドル卿。卿、この者達があの方と契約している冒険者チーム〔ナギナタ〕の面々ですじゃ」
カベンツさんに紹介された私達は、立ち上がって挨拶をした。
それから早速本題に入る。
「6日前、あの方より100年前の怪物災害について調べよと仰せつかったので、あらゆる書物・伝承などを調べました。記録に残されるくらいに大被害が出た怪物災害は全部で14件ありました。その内の5件は天災怪物デュレゲによるもの。同じく天災怪物ギルガによるものが4件。集団となった怪物来襲によるものが4件。そして残りの1件なのですが…天災怪物ラギュズのような怪物、となっております」
へえぇ、天災級の怪物って結構たくさんいるのね。何気にこの世界ってオソロシーなぁ。
ってゆーか、ギルガってそんな昔から存在していた怪物だったのね。
「デュレゲは2年前に南の地で目撃されてますので、未だ生存している可能性が高いです。ギルガはつい最近、西の地の収容所にて始末されてます。集団怪物は当時の戦士達が退治しています。そして、ラギュズは…封印されたようです」
“禍大なる災い”って確か、封印されてたんだけど近々復活しちゃうんだったよね。
ってことは、ラギュズとかいう天災怪物が“禍大なる災い”ってことかな。
ハッキリと断定できないけど、封印された怪物がラギュズしか存在しないみたいだから、ほぼ確実だよね。
「あの方より、封印された怪物がいたならば重点的に調べよとも言われておりましたので、私はこのラギュズの…いえ、ラギュズのような、と記述されている怪物災害について詳しく調べました。すると、幾つか不可解な点が出てきたのです。
1点目は、意思と知能があるようだと記述されていることです。
冒険者の皆さんならご存知かと思いますが、怪物というものは殺戮本能で動いている生物です。目の前の者をただ殺すだけ。その行為になんら意味を持ちません。
ですが100年前に現れたラギュズもどきは、罠を仕掛けたり先回りしていたりと、戦略的殺戮をしていたようなのです。
2点目は、色です。かつてのラギュズは赤茶色の翼に赤黒い眼を持つ8本足の獅子の様な怪物だったようですが、100年前に現れたものは、姿形はラギュズそのものであっても、眼の色が紫色だったようです」
目の色が紫…
ゼウォンの瞳も紫だけど、銀狼族と何か繋がりがあるのかな?
「紫の眼をしたラギュズもどきは、人間だろうと魔物だろうと精霊だろうと関係なく殺め、その殺戮行為は留まる事を知らず、1刻で街1つを消滅させ、1日で1国を壊滅し、まるで目的をもって殺戮している様だったと記されています。また別の書物には、強力な地のガードを体躯に纏いし8本足の獅子怪物には、攻撃の全てが無効化され、毛筋ほどの傷もつけることが出来なかったと書かれています」
1刻で街1つ、1日で1国を壊滅させるほどの力…なのに攻撃は全く効かないときたもんだ。
とんでもなく恐ろしい怪物だな…
バルドル卿は一息ついて冷めてしまったお茶を一口飲むと、再び話を続けた。
「そんな非道なラギュズもどきは、“無神の魔法士”と呼ばれた1人の魔法士によって封印されました。“無神の魔法士”とは冒険者ギルドの創設者メアリー女史のことです」
「ええぇっ?!そうなんですか??」
思わず大声を出しちゃった。
ラギュズを封印したのがギルド創設者さんだったとは…しかも女性だったんだ。
私だけじゃなくてゼウォン達も驚いている。これはビックリな事実だわ。
「そうなんじゃよ」
今度はバルドル卿に代わってカベンツさんが話を引き継ぎ、語りだす。
「メアリー様は〔空間〕〔重力〕の魔力を使って封印結界空間を創造し、その中にラギュズを閉じ込めたらしいのじゃ。
当時はまだ〔空間〕〔重力〕は世に浸透してなかったようじゃが、この封印魔法を機に一気にヘアグ全土に広まり、〔空間〕〔重力〕を修得しようとする者が増えたみたいじゃの。
しかしのぅ、〔空間〕〔重力〕は4主神の力が関与されていなかったメアリー様が編み出した魔法。4主神の影響を受けとらん者なんて、メアリー様以外は居らんかったようで、ほとんどの者が修得出来なくてのぅ…。結局、〔空間〕では転移と亜空間道具袋、〔重力〕では一定範囲内の物の重さの増減、これだけしか後世に伝えられなかったんじゃ」
ってことは、今はもう“禍大なる災い”を封印した魔法を使える者は誰もいないのね。
だから土の神は《完全に滅せよ》なんて命じたのかな?
そんなことを考えていると、ゼウォンがバルドル卿に質問を切り出した。
「バルドル卿、少しばかり尋ねたいことがあるのですが」
「何かな?」
「銀狼族が紫の眼をしたラギュズと何かしら関わりをもったという記述はありましたか?例えば、銀狼族の里が襲われたとか、銀狼族の者が戦いに挑んだとか…些細なことでも構いませんので有りましたら教えて下さい」
バルドル卿は少しの間、何かを思い出そうとしているかのように腕を組んで目を閉じていたけど、やがてゆっくりと頭を振った。
ゼウォンは若干気落ちしたようだったけど、すぐに視線をカベンツさんの方へと向けた。
「カベンツ支部長、“無神の魔法士”が後世に残したものとかは有りますか?」
カベンツさんは何やら難しい顔をして「うぅむ…」と唸る。
「これは眉唾物の噂話のような伝承なんじゃが、メアリー様はお亡くなりになる前にご自身が編み出した魔法、むろんラギュズを封印した魔法も含めて、全ての魔法の使い方を召喚契約した魔物に継承させたといわれておるんじゃ。だからといって、その召喚魔がメアリー様の魔法を全て使えるわけではない。あくまで使用方法を知っているというだけのようじゃて」
「ですが“無神の魔法士”の召喚魔ならば、年代からして既に寿命を迎えていてもおかしくはないですよね?その召喚魔は次世代の者へ継承をしたのでしょうか?」
ゼウォンのツッコミに、カベンツさんは首を横に振った。
「メアリー様の召喚魔は、メアリー様が創造した特別空間で眠りについとるらしい。じゃが、メアリー様並みの〔空間〕〔重力〕の使い手が誕生した時、特別空間から姿を現すと言われておる。この話は歴代ギルド幹部達に伝えられとるものなんじゃが、どこまでが真実かは分からんのぅ」
そっかぁ~…封印魔法の使い方だけでも分かれば試してみたいけど、そう簡単にはいかないみたいだな。
でも、メアリーさんとやらが使っていた魔法、知りたいなぁ。
私って魔力だけは大量にあるみたいだし、4主神の影響は受けてないし、メアリーさんの魔法を使える可能性はあるよね。
ラギュズを封印した魔法が使えるならばゼウォンの役にも立てるだろうし、なんとかならないかなぁ?
「“無神の魔法士”さんの召喚魔というのは、どのような魔物だったんですか?」
唐突に質問した私に、カベンツさんは笑みを浮かべて「皓蛇族じゃよ」と答えてくれた。
皓蛇族??なんだか聞いたことある気がする。えーと、どこで聞いたんだっけ…
あ、そうだ。シプグリールでお世話になっている間、魔物について説明してもらった時だわ。
皓蛇族っていうのは、純白に輝く鱗に金色に光る眼をした蛇型の魔物で、別名〔北の金魔〕とも言われている一族だったよね。
レギと初めて会った時に金銀魔のことを詳しく知らなくて大笑いされたから、あの後もう一度メルーロさんに金銀魔一族を教え直してもらったし、純白に金っていう色の組み合わせが、この世界に来て初めて手に入れた(というか拾った)物と同じ色だなって思った記憶があるから、間違いないわ。
そういえばあの石、やたらと目を引いたんだよね~。
あれから一度も亜空間から出してないけど、そのうち魔道具屋さんか宝飾屋さんにでも持ってって鑑定してもらおうかな。
ただの石ころでも、あんだけキレイなら結構イイ値で売れるかも。
その辺の宝飾品よりもよっぽどキラキラしてたし、高く売れそう。むふふ。
「ふぅん、ユリーナ以外にも金魔と召喚契約出来た人間がいたんだな~」
ポツリと呟いたレギの言葉を聞いて、とんでいた思考を元に戻す。
そうだ、今は石ころの鑑定額予想するよりもメアリーさんの情報を聞かなくちゃ。
「召喚魔さんに継承した魔法以外で“無神の魔法士”さんが残した物はありませんか?」
「そうだのぅ…。強いて言えば、この冒険者ギルドや転移装置や諸々の魔道具なんかもメアリー様が残されたものということになるのじゃが…メアリー様個人の遺品といったものは残されておらんはずじゃ」
カベンツさんの答えに落胆する私。ガックリ。
いっそのこと自分で空間封印魔法を作っちゃおうか。
だけど、転移も上手くできない私に空間の新魔法なんて出来るかな…
いやいや、やる前から諦めちゃダメよね。挑戦あるのみだわ!
ゼウォンとバルドル卿が和やかに雑談を交わしている最中、私は内心で新魔法開発への意欲に燃えたのでした。