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第50話~大祭前夜~


〔土の神〕の大祭前日 夜


グリンジアス王都は前夜祭の熱気に包まれていた。

宿屋の部屋にいても、外の喧騒が伝わってくるほどだ。

本当は前夜祭を堪能したいところなんだけど、夜明け時に土の神殿に転移してもらうことになっているので、おとなしく就寝することにしたの。


光源石の明かりが微かに差し込む部屋で、ゼウォンと私は1つのベッドで身体を横たえていた。


「前日でこんなに賑わうなら、明日なんてもっと凄そうね。……土の神殿には、どれくらいの人が訪れるのかしら?」

「俺も大神殿には一度しか行ったことがないが、かなりの大人数になるだろうな。風の3刻前くらいには行かないと神殿内には入れないらしいしな」

「だから夜明けに転移してもらうの?」

「そういうこと」


腕枕してくれている彼の胸に摺り寄ると、消魔匂の胸飾りの感触が頬にあたった。

ゼウォンは結界を張っていないと、眠る時でさえも模造髪と胸飾りを外さない。

もう十何年もそうしてきたから当たり前のようになっているみたいだけど、私は彼の銀髪が大好きだから、いつか模造髪を外せるときが来るといいな、って思う。

でもそれは、銀狼族に彼の存在を知られる時だ。


彼は「同族に知られたら、殺される」と、そう言い切った。


そんなことは、させない。


私は恋人が欲しくて、一生涯を共にする相手を得たくて、幸せになりたくて、このヘアグという世界にきた。

そして望み通り、ゼウォンと想いを交し合えた。

彼はいわば、私がこの世界に居る意味そのもの。

彼の存在が消えるということは、私がヘアグで生きる意味も失くすということ。

彼を失うわけにはいかない。


そのためにも、強くならなきゃ。


〔無神の地〕に行きたいのは、もしかしたら私にも新魔法を開発できるかもしれないって期待しているからでもあるんだ。

新魔法っていう新たな力を手に入れて、もっともっと強くなりたい。

銀狼族が私達に手出しできないくらいに強くなりたい。


それでも私の力だけではどうにもならないなら…ハフィスリード殿下や羊緑族族長さんに頼み込んででも、ゼウォンを--延いては自分を護るんだ。


最愛の想い人と愛情を交わし合うことの幸福と喜びを知ってしまったから。

もう、彼がいない人生なんて考えられない。


私を包み込むように寄り添うゼウォンの温もりを感じ、しばし無言で幸せに浸っていたけど、徐に彼の耳元に顔を寄せ、そっと囁いた。


「大好きよ、ゼウォン」




*****




鬱蒼とした森に星明りが微かに射し込み、光沢ある銀髪を照らす。

銀髪の男の紫の瞳には、小高い岩丘の上に建つ神殿が映っていた。


「いつまで眺めているの?あと数刻ほどしたら、あそこに行くのよ?」


彫像のように微動だにしない銀髪の男に声をかけたのは、上位精霊『紅蓮族』精霊長の実子、第3の姫精霊ファラフレア。

人型になっている彼女は、紅緋色の髪に薄紅色の瞳をしている。唇も、化粧を施したかのような紅色だ。


男はファラフレアを見ると、穏やかな笑みを浮かべた。


「ついに来たんだな…と。土の神殿も大層立派なものなんだなぁ」

「そうね。火の赤月に行った火の神殿に勝るとも劣らないわねぇ」


ファラフレアも同じように土の神殿を見詰め、それから隣に立つ男に視線を移した。


我が主神〔火の神〕の大祭では、何の問題もなく祈りを捧げられた。西の地に旅立つ前に一族の宴も済ませたし…あとは明日、彼の主神〔土の神〕の大祭で祈りを捧げれば、私達はようやく名実共に夫婦になれる…長かったわ…


ファラフレアは再び土の神殿に視線を戻し、今までの軌跡を思い返す。


あの出会いは偶然だったのか、必然だったのか―――


ファラフレアが彼と初めて出会ったのは10年前。

当時11歳であったファラフレアは、魔法の修行に明け暮れていた。

精霊型で操駆する精霊術はほぼ修めきっていたのだが、人型で発動させる魔法は不完全だったのだ。

ファラフレアは〔火〕〔空間〕の適正があると判明したときから、使用可能者の少ない〔転移〕が使えるよう日々修行に励んでいた。

そんなある日、〔転移〕が発動したという手ごたえを感じたファラフレアは、自分が思い描いた場所とは違う、全く見知らぬ場所にいた。


目の前には、青々と生い茂る草木に囲まれた小さな泉。

その泉のほとりに、銀髪紫目の美形な少年が裸で立っていた。


ファラフレアと美少年は、お互い唖然としながら数秒見詰め合っていた、が。


「っっきゃーーっ、は、は、ハダカ?!」

「え?!……!!ぅわああーーっっ」


ファラフレアの悲鳴に反応した少年はジャボンッと泉に潜り、顔だけ水面から覗かせた。


「あの、キミは?突然現れたみたいだけど…」


おずおずと尋ねる少年に、ファラフレアはしどろもどろに説明した。


「えと、その、〔転移〕の練習してて、あの、里の東側の外れに転移したつもりだったんだけどっ、何故かここにいてっ、アンタどーしてハダカ?!」

「ここは誰も来れない場所だから、水浴びしてて…どうしよう…」


銀髪の美少年は眉を下げて困った表情をしてたが、すぐに真剣な顔つきになると。


「僕に会ったことは無かったことにして欲しいんだ。ここで会ったことは忘れて」


その言葉を受けた直後、ファラフレアはポカンとしたけど、すぐに真摯に少年の見つめ返した。

少年の表情は真剣だ。

しかし、紫の瞳は何だか悲しそうに揺らめいていて…ファラフレアの心が何故だかツキンッと痛んだのだ。


無かったことにして欲しいと言いながら、存在を認めて欲しいと言われた気がした。

忘れてと言いながら、覚えててと言われた気がした。


「……ヤダ。この場所素敵だから此処に〔転移〕するように魔法練習する」

「えぇ?!あの、僕は無かったことにしてって「ダメ」…はい?」

「毎日来るから」

「え?!」

「今日は帰るわ。また明日ね」


強引に言い切ったファラフレアは、それから宣言どおり少年と出会った泉へ毎日転移した。

今まで上手く行かなかった転移も、少年と泉を思い浮かべると難なく出来てコツを掴むことが出来た。

少年は戸惑いながらも毎日ファラフレアを出迎えてくれたし、ファラフレアのとりとめもない話を真摯に聞いてくれる。

2人は次第に打ち解けていき---気づけば互いが互いを慕い合うようになっていた。


少年は自分の身の上を詳しく話してはくれなかったが、隠れて生きていかなければならない事情があること、面倒をみてくれる者達から世の中の知識や戦い方を学んでいることなどは教えてくれた。


「僕が生きてるって誰かに知られて噂にでもなったら僕は殺さちゃうかもしれないから…誰にも言わないで」

「もちろん。私だけの秘密よ。私だけの…」

「ファラ…」


どちらからともなく顔を近づけ、そっと唇を触れ合わせる。


ファラフレアは幸せだった。


彼はいつでも、自分の話を親身になって聞いてくれる。

楽しい話をすると、彼も楽しそうに微笑む。

愚痴を言うと、理解を示しながらも諭す様に注意点を述べてくれる。

落ち込んでいる時は、慰めてくれつつも優しく励ましてくれる。

ファラフレアを見つめる紫の瞳は、いつだって穏やかで、優しく包み込んでくれるようだ。


彼がどんな素性だろうと、彼を恋い慕うファラフレアの気持ちに揺るぎはない。

いずれは彼と番うと願い、信じていた。



しかし、突然彼は姿を消してしまった。


ファラフレアに、彼の穏やかで優しい瞳とよく似た色の指輪と「ゴメン」と辛そうに囁いた一言だけを残して---



もう彼は来ないと分かっていても、ファラフレアは毎日日課のように泉に転移した。

少しでも時間が出来れば、いつも泉に行って佇む。

彼と過ごした時間、記憶、その時感じた想いを失くしたくなくて、指に光る紫の指輪を見つめては過去の幸せに思いを巡らせ、彼の身を案ずる日々が続いた。


そして3年あまりが経過し、ファラフレアが15歳になった頃。

父である紅蓮族族長から、真実を聞かされた。


彼を引き取り匿い育てていたのは、ファラフレアの父母だったのだ。

彼は、魔獣で西の銀魔〔銀狼族〕、しかも族長の実仔でありながら、一族の掟により生存を認められない存在だという。

父は、娘であるファラフレアが彼と想い合っていると知り、かなり狼狽したらしい。

そして、父母と話し合った彼はファラフレアの前から姿を消した…


納得できなかった。理解したくなかった。

怒りと悲しみが大きすぎて霊力が暴発したファラフレアは、里の半分を焼け野原にするほど威力の強い火炎を身に纏い大暴れしそうになるも、父母と姉姫2人--紅蓮族族長一家総出--に取り押さえられ何とか事なきを得た。


それ以来、ファラフレアは彼を探しに何度も里を出ようとしたが、厳重に監視されて身動きがとれず---2年が経った。


ファラフレアは17歳になっていたが、相変わらず彼を求めて里を脱走しようとしていた。

その執念ともいえる強い恋心に族長夫婦は頭を抱えていた、そんなある日。


凶悪な怪物が、紅蓮族の里付近に大挙して押し寄せてきたのだ。


紅蓮族は里に侵入させまいと果敢に戦ったが、今回は相手が悪かった。

上位精霊である紅蓮族の戦闘能力は高いが、その紅蓮族の強力な火炎も、剣や弓といった物理攻撃も大してダメージを与えられない鉄壁の殻を身に纏った怪物--デザオワムと呼ばれる巨大な百足むかで型の怪物。

殆ど攻撃が効かない怪物相手に、紅蓮族は苦戦を強いられた。

ファラフレアも参戦していたのだが、怪物共に押され気味だった。

それでも諦めずに次々と精霊術を操駆していたのだが、精霊術を発動させる一瞬の隙に、怪物に詰め寄られてしまう。

濁った緑色の粘液を口元から滴らせ、ファラフレアに襲い掛かる巨大百足。

絶体絶命と覚悟したファラフレアだったが---目の前で信じられないことが起こった。


今まさに襲ってきそうな体勢のまま、デザオワムは石化していた…


ファラフレアをはじめ紅蓮族の面々が呆然としている間も、デザオワム達は次々と石化していく。

気付けばデザオワムの大群は皆、石となり砂となって跡形も無く消え去っていた。


怪物共を消滅させてくれたのは、雄雄しき銀狼。

その銀狼がまさしく捜し求めていた彼なんだと、魔物型であってもファラフレアは一目でわかった。

数年ぶりに再会した彼に抱きつき、二度と離れたくないと強く思ったのだった。



紅蓮族の里を怪物から守ってくれた彼の存在は、この機に一族の間で公のものとなった。

他地の魔獣、しかも厄介な出生である彼は当然すんなりとは受け入れられなかったけど、彼の穏やかで聞き上手な性格と、紅蓮族には無い戦闘力が功を奏して、徐々に認めてもらえるようになっていった。


ファラフレアとの恋仲も当初は異種族だからと里の者に反発されたが、彼女の強い恋心を重々承知していた族長一家が強く反対をしなかったので、表立っての非難も徐々に沈静化していった。

彼自身も時間をかけて一族の者達との関係を築き、何年もの月日が経ってようやくファラフレアとの仲を認められ祝福されるようになったのだ。



「そろそろ結界を張って休もうか」


その彼の科白に、ファラフレアは回想から現実に戻った。


「そうね。明日は夜明けと共に神殿に向かうんだったわ。…大丈夫よね?」

「うん、大丈夫。恩師から頂いた消魔匂の胸飾りがあるし、一緒にいるのが精霊のファラだから、仮に銀狼族の者が神殿にいたとしても僕が同族だなんて分からないよ。それどころか僕が魔物だって事自体、気づかれないんじゃないかな」


彼は優しく微笑み、ファラフレアを安心させるかのように柔らかく彼女を抱き寄せた。

彼女も彼の腰に腕を回し、頬を摺り寄せる。


彼の「大丈夫」という言葉を信じてる。

でも、もしも銀狼族が偶然来ていて彼を見咎めたなら---全力で振り切り、即、南の地に転移してやるんだ。

我が紅蓮族の里まで追ってくるようならば、その時は容赦なく燃消する。

彼は私の、この姫精霊ファラフレアの唯一無二の伴侶なのだ。

ようやく結ばれた最愛の伴侶を殺めようとする輩は、誰であろうと許さない。

私はもう、彼がいない人生なんて考えられないのだから---


ファラフレアはしばらくの間、自分を包むように優しく抱きしめてくれている彼の温もりに浸っていたが、徐に彼の耳元に顔を寄せ、そっと囁いた。


「愛しているわ、ソウォン」




*****




よわい21の歳を迎えたばかりの銀狼族族長の実仔は、輝く銀髪を夜風に靡かせ、己の生まれた里を見張り台から見下ろしていた。


「こちらにいらしてたのですね」


涼やかな女性の声。彼のツガイであるイゥマナの声だ。

声をかけられる前から気配と匂いで彼女だと分かっていた。

振り返り、自分と同じく人型になっているツガイの姿を視界に収める。


「なんだか眠れなくてな…里から離れるのは初めてではないのに何故か落ち着かないのだ。俺に構わず先に休んでくれ」


その言葉にイゥマナは静かに首を横に振った。


「実は私も眠気を感じなくて…あと数刻で夜が明けますので、いっそ眠らずにいましょうか」

「そうだな。数日ばかり睡眠をとらずとも支障は無いしな」


イゥマナはゆっくりと彼に近づき、隣に並んで里を見回した。


自分は、時期族長と目されている彼のツガイ。

今年の大祭で主神に祈りを奉げた後は一族の宴が催され、ツガイから伴侶の立場となる身。

イゥマナは銀狼族の中ではさほど力が強い方ではないため、時期族長同然の彼との婚姻はあまり歓迎はされなかった。

しかし、彼自身がイゥマナを強く望んだことに加え、彼女は銀狼族にしては珍しく癒しの力があったおかげで婚姻を認められたのだ。


「明日は風の2刻頃に土の神殿に転移するのですよね?私、里から出るのは初めてなので楽しみですけど不安でもあるんです…」

「里の外は結構楽しいもんだぞ。神殿前広場には多くの露店が建つらしいから、ゆっくり見て周ろう」

「はい」


イゥマナが嬉しそうに微笑むと、彼もまた眦を下げて彼女を抱き寄せた。


日頃は厳しい雰囲気を纏っている彼が、自分といる時は柔らかい雰囲気になる。

自分には気を許してくれていると思えて、イゥマナは嬉しかった。

大して力もない身だけれど、心から愛する彼と夫婦になれるのだから、精一杯努力して里と彼に尽くしていこう。


イゥマナは自分を外気から守るように抱き込んでくれている彼の温もりに満たされていたが、徐に彼の耳元に顔を寄せ、そっと囁いた。


「お慕いしております、ジウォン様」




*****




同じ日に生を受けた銀狼族の三ツ仔は、同じ年に魔物・人間・精霊という、それぞれ異なる三種族のツガイを得て、同じ目的地へと赴こうとしていた。


21年の時を経て、三ツ仔が今、生誕の地に集う。


ソウォンが持っている封魔匂の首飾りはセラシーアから貰ったもので、ゼウォンのものと御揃いです。ちなみにゼウォンの模造髪はヴァルバリドの髪で作ったものです。

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