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第44話~情報操作~

視点が 主人公 → 第3者{ゼウォン} と変わります。



厳ついオジサンはソドブさんっていうのね。やっぱりゼウォンの知り合いなんだ。


ゼウォンの服しか見えない状態の私は、2人の話す言葉を聞き漏らすまいと耳に意識を集中させた。


「なぁに、ちょいと王都に野暮用があったもんでな。ついでに巷で話題のギルドチーム〔ナギナタ〕に挨拶しておこうかと思ってな」

「それだけじゃないだろ?早く用件を言え。…俺の性格、知ってんだろ?」

「カカカっ、相変わらずツレねぇなぁ。ま、手っ取り早く言うとだな---オメェに売った情報のその後の情報が欲しい」


私の頭の中、???でいっぱいデス。売った情報?その後って…なんのことだろう?


「ソドブ…時刻と場所を考えろよ」


溜息混じりのゼウォンに、オジサンは「カカカっ」と豪快に笑った。


「ギルド内や宿で接触するよかマシだろ?---今夜、土の4刻に南西区のジョベンヌーノル劇場前。案内役の目印はいつも通りだ」

「王都での“場”を変えたのか?」

「おう。トンズラこくんじゃねぇぞ?」

「するわけないだろ。アンタのしつこさは父さんからよ~く聞いているからな。面倒ごとはサッサと済ますさ」

「ヴァルのヤツめ…。しつこいんじゃなくて仕事熱心なんだっての。じゃ、また夜にな。あ、これ返す」


何かがヒュンっと投げられた気配がして、ゼウォンがパシっと片手キャッチした、っぽい。


「投げ捨てはダメだぜ。なぁ、ユリーナちゃん?」


からかい口調のオジサンに名前を呼ばれて、ビクぅっと肩があがる。

このオジサンとは初対面のハズだよね?なんで私の名前知ってんの?


思わず振り返りそうになったけど、ゼウォンに押さえ込まれる。


「用は済んだだろ?早く行けよ」

「カカカっ、んじゃあな」



私の後頭部を押さえていたゼウォンの手の力が緩まると、ガバっと彼の顔を見上げた。


「あのオジサン、誰?」

「旧知の情報屋だ。悪いヤツじゃないから(くえねぇヤツだが)ユリーナが気にすることないさ」


躊躇いも無くサラっと返答してくれるゼウォン。


うーん、そう言われてもな~…。

売った情報って何のかな?その後って、何なのかな?

でも、あんまり根掘り葉掘り聞くのも何か躊躇われるし…ゼウォンが気にするなって言うんだから、変に詮索するのは止めた方がいいよね。


私は果実ジュースのカップを手に取り、残りを一気に飲み干すと、モヤつく気持ちに蓋をした。







光源石の灯りが届かないジョベンヌーノル劇場前の隅の一角。


濃紺のローブで全身をスッポリと覆ったゼウォンは、完全に暗闇と同化していた。


今宵のジョベンヌーノル劇場で上演されている演目は、婦女子に大好評の恋愛物語である。

人間の王子と土の精霊が異種族の壁を乗り越え、幾度の苦難を諸共せず、主神〔土の神〕の導きのもとに互いの愛を成就させる、といった内容だ。

生体自体が異なる種族での恋愛など、実際には滅多に成就しない。

だからこそ、芝居や物語本では美化され人気を博すのだ。


暗闇に紛れているゼウォンは心中で溜息を吐いた。


---俺は物語並みの生き方をしてるな…。


銀魔の族長の実仔でありながら、存在を許されない身。

心底惚れ込んだ相手は、異種族である人間。しかも異世界出身という、とんでもないオマケ付きだ。

だからといって、自分の想いを抑えるつもりなど毛頭無い。

養父ヴァルバリドも言っていた。『自分の心に忠実に』と。


ゼウォンは今まで何かとユリーナに触れてきたが、本気で拒絶されたことは1度たりとも無い。

魔物型の時ほどではないが、非常に優れている銀魔狼ゼウォンの嗅覚は、ユリーナが発する甘い匂いに気づいていた。

ゼウォンがユリーナに触れる度に、彼女から香りたつような甘い匂いを感じる。

互いの素性を明かして受け入れあった後は、匂いの甘さが濃くなった。


王都の食市場で頬を撫でた時、飲食店で薦められた夜景観賞場で抱きしめた時、ユリーナから感じた匂いはゼウォンの欲望を大いに刺激するほど甘美だった。


ゼウォンを求めるユリーナの匂い。


そんな危険な匂いを、彼女は自覚無しに彼に振り撒くのだ。


いつでも繁殖期並みにユリーナを欲しているゼウォンにとって、甘い匂いを感じる度に、本能と理性が鬩ぎ合う。

以前は理性の方が勝っていた。だが、最近は本能を抑えるのが非常に困難で苦痛になってきている。

それでも今までユリーナを押し倒さずにいられたのは、異種族間では子が成し難いという事実があるからだ。

彼の複雑な生まれを鑑みるなら、子が出来ないというのは寧ろ好都合なのかもしれないが、彼女には出産育児という母としての喜びを与えることが出来ない。


だからゼウォンは、なけなしの理性を総動員してユリーナに手を出さずにいるのだ。




ジョベンヌーノル劇場から人々が出てきた。どうやら芝居が終わったようだ。

たちまち、劇場前は人々でごった返す。


暗闇の中から、ゼウォンは眼光鋭く人々を観察した。


---あいつ、か。


目的の人物を見つけたゼウォンは、距離をあけて後をつけたのだった。






「今回の案内役は風変わりだったな」

「カカカっ、小娘だから驚いたか?だが侮ったら痛い目にあうぜ?」

「侮ってなんかいないさ。珍しいと思っただけだ」


簡素なソファに腰掛けたゼウォンに、ソドブはリメ酒を差し出した。


「…俺は酒が入っても余計なお喋りはしないぜ?」

「わかってるさ。ただの喉湿しだ」

「喉が渇くほど話すような事は無いけどな。まぁ、いい。せっかくだから馳走になる」


ゼウォンはリメ酒のグラスを受け取ると、薬物などが混じっていないか匂いを嗅いで確認した。


---よし、平気だな。自分が調合した自白薬入りの酒だったら洒落になんねぇし。


リメ酒を一口含み、味を確かめてから嚥下する。そして、徐に口を開いた。


「あの後……俺はすぐにヌーエンを発った。4日ほどでニアルースに到着したんだが、アンタの情報通り、屋敷には地のガードがかかっていた。しばらく様子を伺っていたら、急にガードが消滅したんだ。誰が消滅させたのかは分からないし、もしかしたら〔闇の帝団〕の罠かとも思ったんだが、レギ--南の金魔のことだ--にヤツラを引き付ける囮役になってもらって、俺は屋敷内に踏み込み封魔牢を探した。探している途中で、牢から逃げ出してきていたユリーナに運良く遭遇できたから、俺達はそのまま屋敷から逃げた。その後はしばらくニアルース西の山中に身を隠してたのさ」


一気に話したゼウォンは、リメ酒のグラスに口をつける。

ソドブは胡乱気な表情でゼウォンを見ていたが「ガード消滅?ホントかよ?」と呟いた。


「そっちには〔闇の帝団〕内部に潜入しているヤツがいるんだろ?ソイツに確認すりゃいいじゃねぇか」


相変わらずの無表情で、飄々と言い放つゼウォン。


---ったく、このガキは表情が無いから考えが読めないぜ。確認したくても、内部潜伏してたヤツが命からがら本拠地から逃げてきたもんだから、出来ねえんだよっ。だが、部下が本拠地から離れたなんてことゼウォンは知らないはず。裏をとられても構わないって言い切ってるんだから、嘘は吐いてねぇのか?それにしても随分とタイミングよく地のガードが消滅したもんだ。どうなってやがる?


ソドブが心中で考え込んでいる間、ゼウォンも考えていた。


---屋敷内にいた者は〔石化帰塵〕で消滅させたから、俺の正体を知る者は誰1人いない。〔石化帰塵〕の塵は数時間経てば完全に無になるから証拠も残らないしな。ソドブの部下が屋敷内にいたとしたら…運が悪かったということだ。屋敷外にいたとしても、レギの姿しか見ていないハズだし…あとはここに来る前にハフィスリード殿下と打ち合わせた通りに話をもっていかなきゃ、だな。


「地のガードが消えたなんて…出来すぎてねぇか?」


唸るように呟いたソドブに、ゼウォンは態度も表情も変えることなく応える。


「そうは言っても実際にガードが消えたからこそ、俺達はユリーナを助けることが出来たんだ。この地の主神が俺の祈りをお聞き下さったのかもな」


「………オメェが神に祈るなんて初耳だぜ…」


「別に俺は無神論者じゃねぇからな。ユリーナの命が危うかったんだ。祈りもするさ」


「………ゼウォン…あの女が絡むとホント人が変わるな。自白薬も作ってくれたし。地のガードが消滅してなかったら、オメェどうしてたんだ?」


「ガードの綻びを徹底的に探して、それでも突破口が見つからなかったら…生活支水脈に特別製の毒薬流し込んででも屋敷に隙を作るようにしてただろうな。だが、これをやると本拠地の屋敷の者どころか、ニアルース住民全員を毒殺しちまうから…一時的な神経麻痺薬に留めておいたかな」


「……毒薬も麻痺薬も禁薬じゃねぇのかよ?女1人助けるために禁薬調合すんのか?」


「愚問だな。自白薬だって禁薬だが調合してやっただろ?俺が目的のためならば何でもするヤツだって知ってるだろうが」


ハァ…と息を吐いたソドブは、自分用に注いだリメ酒をグッと喉に流し込み、話を続ける。


「今現在…〔闇の帝団〕はグリンジアスの特殊部隊によって、ほぼ壊滅状態らしい。特殊部隊の指揮をとっているのは第2王子だってことは掴んでるんだ。その第2王子は最近〔守護輪〕を取り戻したそうじゃねえか。ってことは第2王子はユリーナと接触したんだろ?」


「………」


黙り込むゼウォン。

ここからは簡単に話してもらえないと分かったソドブは、交渉に持ち込もうとする。


「…大金貨10枚でどうだ?」


「俺は情報屋じゃねぇからカネを出されてもな…。分かってると思うが俺に尋問や拷問は通用しないぜ?だからといってユリーナを狙おうなんて素振りでも見せたら---」


そこで言葉をきった無表情のゼウォンから、凍てつくような殺気が迸る。

新人冒険者ならば、同じ空間にいるだけで蒼褪め腰を抜かしているであろう。

数々の修羅場を潜り抜けてきたソドブでさえ、背中に冷や汗が伝った。


「---俺の全てを使って容赦なく報復する」


紫の瞳に鋭い殺気をのせたまま、ゼウォンはソドブを見据えた。

ゼウォンの本気を感じ取ったソドブは、ユリーナに手を出すことの危険性を瞬時に悟る。

しかし、情報は欲しい。何とか聞き出せないものか…


ソドブが内心で聞き出し方法を画策していると、殺気を消したゼウォンが亜空間を出現させて、一枚の紙を取り出した。

その紙を受け取りザッと目を通したソドブは、眉間に皺を寄せた。


「薬の原材料か。また随分と多種類なこった。しかも全部、入手に手間取るもんじゃねえかよ」


「だからこそ、だ。すぐに手に入るものなら、自分で採取するなりギルドに依頼を出すなりしてるさ。---その紙に書いてあるものを全て用意すること、ユリーナに一切接触しないこと、それが条件だ」


「……ちっ、しゃーねぇな。ケムフの角は流石に無理だ。それ以外のものなら6日あれば揃えられる。ユリーナには…オメェに釘刺されなくとも近づかねぇよ。命は惜しいからな」


ソドブからの言質をとったゼウォンは、〔風〕の魔力で防音結界を張った。


「結界か?」


「念のためだ。今からする話はアンタ以外に聞かれるとマズイんでな」


「ほう…ブツも渡してねぇのに話してくれんのかよ?」


「情報は早く手に入れたいものなんだろ?アンタは約束を破ったりしないからな。その辺は信用している」


リメ酒を2口ほど飲んだゼウォンは、視線をゆっくりとソドブに向けた。


「これはまだ、この王都のギルド支部長と極少数の者にしか知られてないんだが……ギルドチーム〔ナギナタ〕はハフィスリード殿下と専属契約をしている」


ソドブの眉がピクリと動いた。が、言葉を発することなく目で話の続きを促した。


「これは俺の憶測なんだが…あの屋敷の地のガードを消滅させたのはハフィスリード殿下ではないか、と思っている」


「根拠は?」


「殿下がレギの能力ちからを知っていたからだ。おそらく殿下は秘密裏に王宮からニアルースまで転移して…〔主神の加護〕か何かで地のガードを消滅させ、特殊部隊を屋敷内に潜入させたのではないか、と睨んでいる。その際に屋敷外で陽動していたレギを見たんじゃないかと…。そして特殊部隊が屋敷内にいたヤツラを屠った後に騎士団を向わせて本拠地を掌握したのではないのかな?あいにく指輪を持ったユリーナは特殊部隊に見つかる前に俺達と共に逃げちまったんだけどな」


「……オメェ達が殿下と専属契約した経緯は?」


「山中に潜伏している最中に、守護精の気配を察知した殿下が転移で現れたんだ。ユリーナは〔大地の指輪〕を持ったままだったからな。その時に守護輪は殿下に返したんだが…ユリーナがさ、何故自分が指輪を渡されたのかって尋ねたんだ」


「へぇ?で、理由は何だったんだ?」


「単純な理由だったぜ?ユリーナから強い魔力を感じたから、だってさ」


「……それだけかよ?」


「ああ。お人よしなユリーナも流石に立腹しちまってな、こんなことに巻き込んだ代償だって言って、殿下と王宮騎士アレフに魔防具を要求したよ。はははっ」


「カカカっ、意外にちゃっかりしてんだな、ユリーナちゃんは。…それで?」


「殿下に守護輪を渡した時にギルドにチーム登録して専属契約して欲しいって持ち掛けられたんだ。その時に、殿下はレギの能力ちからを知っているかのような素振りをみせた。まぁ、能力なんて知らなくても、金魔が強いなんてのは周知の事実だからな」


ふぅ、と一息吐いたゼウォンは、少し視線を泳がせると低めの声で話し出す。


「それともう1つ。これは、グリンジアス国内でも王族と一部の大貴族だけにしか知られてないことだが---王妃は病で静養してるんじゃない。幽閉されているんだ」


「……やっぱり、そうかよ。静養なんてヘンだと思ってたぜ。だが、あの王妃がよく幽閉なんて受け入れたな」


「ハフィスリード殿下が、あの屋敷から王妃と貴族達の罪状の証拠となる書類を持ち出したらしい」


「なんだと?」


「ただのチーム契約者である俺達には確かなことは言えないが…おそらく殿下は〔闇の帝団〕に関する情報の殆どを握っている」


しばらくの間、険しい表情をしたまま身動きせずにゼウォンを見ていたソドブは、やがて諦めた様に左右に首を振った。


「〔闇の帝団〕の情報はハフィスリード殿下でなければ分からないってことか?」


「端的に言うと、是だ」


「チッ。よりによってハフィスリード殿下かよ…」


ゼウォンはグラスに残っていたリメ酒を一気に空にすると、ソファから腰を上げた。


「俺が話せることは、こんなもんだ。6日後の土の5刻頃に此処に来るから、それまでに原材料ブツを揃えておけよ?」


「対価が情報の質と見合わねぇ気もするが…のんじまった条件は守るさ」


フッと口角を上げたゼウォンは「じゃあな」と一声かけて部屋から出て行った。





ソドブと別れたゼウォンは、人気の無い公園まで来た所で歩みを止めた。

〔風〕の防音結界を張り、耳の裏を指で軽く叩く。


--「殿下、ゼウォンです。情報屋との話が終わりました。粗方、筋書き通りにいきました」


しばらく待たされるかと思っていたが、思いのほか早く伝達石が反応する。


--「ゼウォンさん、ご苦労様です。…私が〔闇の帝団〕のあらゆる情報を握っていると裏から広まれば…国内の貴族はもちろん、各国との交渉や取引が有利に運べますからね。上手くいったみたいで良かったですよ」


--「我々も〔闇の帝団〕とは無関係を装えるので好都合です。しかし〔闇の帝団〕を壊滅させて、犯罪の物的証拠を握るのが殿下だと思わせるのは、暗殺者急増を促す結果になりそうですが」


--「私は暗殺者に狙われるのは慣れてますからね。むしろ暗殺者を差し向けて欲しいくらいですよ?捕えて首謀者を吐かせれば、馬鹿共が片付きますからね」


--「あちこちにあるヤツラの隠れ屋や残党は処分したんですか?」


--「主だったものは、ね。しかし小物はあえて泳がせてますよ。私の知らない大物が釣れるかもしれませんし」


--「なるほど。…殿下、もうすぐ立太子式ですね。我々もご尊顔を拝しに王宮前広場に行きますよ」


--「ふふふっ、私の顔が見たければ、いつでも王宮に来てくださって結構ですよ?――また何かあったら連絡下さい」


--「はい。ありがとうございます。では、失礼いたします」



耳の裏から指を離したゼウォンは、足早に宿屋へ戻ったのだった。



ゼウォンがソドブに入手困難な物を要求したのは、情報に信憑性をもたせる狙いも含まれています。

ゼウォンとハフィ殿下、相互協力(相互利用し合い?)関係から、徐々に相互信頼も築きつつある、といった雰囲気が伝わると良いのですが…(^^;)

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