第40話~災い転じて福と成す、なのです~
「強力な能力保持者を確保しておきたいと思うのは、王族として当然のことです」
この言葉の真意は何なのだろうか?
私達を部下にしたいってこと?兵士にしたいってこと?
訝しがる私とは違い、ゼウォンは冷静な表情で王子様と向き合っている。
「能力保持者の確保、ですか。……しかし、殿下は〔主従関係〕ではなく〔協力関係〕と仰いましたね?我々が殿下にお仕えするわけではなさそうですが、具体的にどのようなことをお求めなのですか?」
私の心中を読んだかのように、ゼウォンが王子様に問いかけた。
「魔戦士という存在は、何処でも重宝されます。しかも、ゼウォンさんは優秀な薬師でもあり、ユリーナさんは金銀魔と召喚契約しているばかりか治癒魔法の使い手でもある。
能力有る冒険者を懐柔しようとする権力者は数多くいましてね。おそらく今までも多数の勧誘を受けてこられたと思いますが…貴方達の実力が知れ渡れば、そのような手合いは今後更に増加するでしょう」
そう言われてみれば、冒険者になって3日くらいしか経ってない時でさえ、やたらとスカウトされたなぁ。
ってことは、ゼウォンなんて今まで一体どんだけスカウトされてきたんだろう?
「まずは…ゼウォンさんとユリーナさん、そしてユリーナさんの召喚魔であるレギさんとルーシェさんの4者で、ギルドにチーム申請していただきたい。そして私と専属チーム契約をしてもらいたいのです。
とは言え、基本的に貴方達は自由です。他地に行かれても構いません。
しかし、私の許容できない不測の有事が起きた時は力を貸してもらいたい。
もちろん〔協力関係〕と言ったからには、私も貴方達に力を貸しますよ。何かお困りの時があれば、出来る限りの力添えをします。
それに、私の名を出すまではしなくとも、とある国の王族と契約しているチームだと周知されれば、無用な手出しをしてくる輩は激減する筈です。……どうでしょうか?」
ここまで一気に話した王子様は、確認するように再び私達を見回した。
私としては、なかなかオイシイ提案だと思う。
だって、滅多に発生しなさそうな有事の時に協力するだけで王子様の力を貸してもらえるし、煩わしい奴等も追っ払える。
もし、ゼウォンが銀狼族に存在を知られることがあっても、西の地最大の大国グリンジアスの王太子(まだ決まってないけど、もう確定でしょ)の威光で、すぐにゼウォンが消されるってことは免れるかもしれない。
「オイラはどっちでもいい~」
「アタシも。人間達の難しい決め事は分からないから、ゼウォンとユリーナで決めて欲しいの~」
「殿下のご提案は私達にとって有益だと思うけど、私よりもゼウォンの方が博識で世の中に精通してるから、判断はお任せするわ」
ゼウォンに丸投げデス。だって、実質的には彼がリーダーみたいなもんだし。
「……承知いたしました。殿下のご提案、謹んでお受けいたします」
ゼウォンが了承の返事をしたことにより、私達は大国グリンジアス王子殿下の後ろ盾を得ることとなった。
こうなると、結果的には今回の事件に巻き込まれて良かったのかも。
〔闇の帝団〕に攫われなければ、ニアルース西の山に行くこともなく、ルーシェとも会えなかったわけだし、王子様という強力なコネをゲットすることもなかった。
まさに〔災い転じて福となす〕だね。終わりよければ、全て良し!なのです。
それから王子様は「しばし失礼する」と中座し、しばらくすると小箱と書簡筒を手にして戻ってきた。
小箱の中身は、黄褐色をした半球状の小粒な石。直径3mmくらいしかない。
王子様は小粒石に何やらブツブツ呟いて、魔力を注いだ。
その石をゼウォンと私に1つづつ差し出してきたので、手に取ってみる。
「これは伝達石を独自に改良したものなんです。主に我が国の諜報者が装着してるものでしてね、平面部を耳の後ろ側に当てて下さい」
言われたとおり右耳の裏に小粒石を当てると、ピタッと張り付いて取れなくなった。
「この石を身に着けていれば、ヘアグ全土どこでも私と連絡をとることが可能です。
石に魔力が宿り温かくなったら、石の表面を5回ほど指で軽く叩いて下さい。石を通して私からの言葉が伝わります。
そちらから私に連絡する時は、石の表面を7回ほど叩けば石が温かくなります。その後に言葉を発し、3回ほど叩けば、私が装着している石にそちらの言葉が伝わります」
ふむふむ。石が温かくなったら5回トントン。
王子様に用がある時は7回トントンして、喋って、3回トントン、か。七五三と覚えておこう。
ってゆーか、これスゴイな。小型無線機も平伏モノではないかっ。
そして、書簡筒はギルドに宛てた書状とのこと。チーム申請する際に渡せばいいみたい。
そんなこんなで一通り話が済み、握手を交わした後、王子様が〔転移〕でグリンジアス王都のギルド付近まで送ってくれたのだった。
冒険者ギルドは基本的に年中無休、いつでもオープンなコンビニ的機関。
とはいえ、今はもう夜も遅いし、あんまり人は居ないだろうな~なんて思いながらギルドの中に足を踏み入れると。
「おーい、ネェちゃん!ドホー酒を小樽でくれー」
「その皿はそっちじゃねえ!オレッちが注文したんだぞっ」
「お客さーん、喧嘩なら外でやって下さーい」
「わーーっ、バカ!こんなとこで脱ぐなーー!!」
……予想に反して、たいそうな賑わいでございました。
良くも悪くも活気溢れる居酒屋状態となっている飲食スペース。
そちらはなるべく視界に入れないようにして、ゼウォンと共に総合案内カウンターへと向かった。
今からでも宿泊可能な宿と、オススメの鍛冶屋を教えてもらい、今度は登録カウンターへ足を運ぶ。
登録カウンターでのギルド職員さんとのやり取りはゼウォンにお任せしちゃう。
だって私よりゼウォンの方が手馴れているしネ。
このまま順調にチーム登録手続きは済ませられるかと思いきや、書簡筒の書類に目を通したギルド職員さんの顔色が一変。
「しょしょしょ少々お待ち下さい~~~」
職員さんは、なんだか慌てた様子でカウンターの奥へと引っ込むと、しばらくしてから先程よりは落ち着いた様子で戻ってきた。
「書簡の差出人があまりにも高貴な方だったので動揺してしまいまして、失礼しました。書簡は確かに正式なものと確認もとれましたし、したためられた内容通りの手筈を致します。まずはチームのランク決めの為の試験を受けていただきますので、2日後の風の3刻にまた来ていただけますか?」
「承知した」
ってことは、明日はのんびりできるのかな?せっかく西の地最大の都にいるんだから、観光してみたいなぁ~。
ヌーエンで出来ず終いだった食べ歩きとか、食市場で色々な食材を物色したりしてみたい。
あ、その前に紹介してもらった鍛冶屋さんに行って薙刀を作ってもらわなきゃだね。
って、1日だけではそんなに出来ないか。
王都ってとっても広いから、1ヶ月くらい滞在したいなぁ。
ひと先ず登録カウンターでの用は済んだので、お次は山の中で集めた物を換金すべく、物品買取カウンターへ。
ここでは、依頼以外で入手した物(素材となる怪物の部位、食材となる動植物、鋼材となる石など、なんでもOKらしい)を、その時の需要に応じて換金してくれる。
私には換金できる怪物の部位とかなんてチンプンカンプンだったけど、ゼウォンはしっかりと把握してたんだよね。やっぱ、冒険者キャリアの違いですな。
ギルドを出ると、レギとルーシェが上空から降りてきた。
ふわり、とゼウォンの肩に止まったレギが「お疲れさ~ん。どうなった?」と声をかけてくる。
「宿を紹介してもらったから今夜は野宿せずに済むぞ。それからチーム登録の件なんだが、2日後にランク試験を受けることになった」
「へぇ~、ランク試験ってオイラ達も参加すんのか?」
「ああ。ユリーナの召喚魔としてだが、レギとルーシェもチームの一員になるからな。よろしく頼む」
「あいよ~」「うん。なんかワクワクするの~」
宿屋に向かう道すがらに、明日の予定なんかも決める。
明朝の特訓は無しになり(今のところ手頃な場所が思い当たらないから)、朝から王都散策することになった。
宿屋に到着すると、ゼウォンがチャチャッと手続きをしてくれたので、直ぐにお部屋に直行した。
今回の宿屋もヌーエンの時と同じく、部屋の中に部屋がある様式で、ゼウォン&レギで1部屋、私&ルーシェで1部屋を使うことに。
ルーシェは当然ながら宿屋なんて初めてで、ベット1つ使って良いんだよって言ったら驚いた表情で布団の上を歩いたりしたけど、直ぐに私の方へ飛んできた。
「なんだか落ち着かないの~…」
「あらら。じゃ、私と一緒にこっちで寝る?」
「うんっ」
すぐさま頷いたルーシェは、私の枕元で丸くなった。
ルーシェってホント可愛いなぁ。魔竜ってもっと怖ろしいイメージがあったけど、実物はこんなに愛くるしいのね。
もちろん、なかにはオソロシー魔竜もいるだろうケド。
久々のベットを堪能しつつ、私も眠りについたのでした。
翌日。
私達はギルドで紹介された鍛冶屋さんに赴いていた。レギとルーシェも同行している。
「オイラ一緒だと目立つと思うんだけど~、どうせチーム登録すんだしな~(ヌーエンの時みたいにオイラが目を離した隙に、なんて失態はもうヤダし)」
「アタシ今まで都や街の中って行った事ないから色々見てみたいの~」
というワケで、レギはゼウォンの肩にとまり、ルーシェは私の背中に張付いて肩ごしに顔を覗かせている。
レギもそうだけど、ルーシェもあんまり重さを感じないんだよね。
解毒薬を飲ませるために抱っこした時は、それなりの重さがあったんだけどなぁ。
なんか能力でも使っているのかも。
張付いているルーシェを覆うようなカンジで青紫ローブを羽織っているので、後ろからだとルーシェの姿は見えない。
とはいえ、レギだけでも充分好奇の視線に晒されているような……ま、別にいいけどね。
「お、ここだな」
剣の絵が描かれている看板を掲げた石造りの建物の前で立ち止まったゼウォンは、躊躇することなく木の扉を開けて中に入った。
続いて私も足を踏み入れると、奥の方からカンカンと何かを叩いている音が聞こえてきた。
「いらっしゃいま…せっ?!」
愛想良く声をかけてきた中年くらいのオバサンが、レギとルーシェを見てギョッっとする。
でも、それは一瞬のことで、ゼウォンの腰にある得物を見た途端、すぐに元の顔に戻った。
「どのようなものをお求めですか?当工房では、剣の修繕はもちろんのこと、弓や槍もお作りできますよ」
ニコニコとゼウォンに話しかけるオバサン。
「あ、いや。用があるのは俺ではないんだ」
え?ってな顔をしたオバサンに、私は無言で亜空間から薙刀をパッと取り出して、差し出した。
「これと同じ形状のものを新しく作って欲しいんです。刃をもうちょっと薄く、切れ味を上げて、柄の先端で突く場合も想定して作って下さい。それと、この武器に魔力を纏わせて戦うので、可能であれば武器自体に魔力を溜めておくことが出来るようにしてもらいたいんです」
オバサンは呆けたように私を見詰め、それから手に取った薙刀を凝視する。
「……こりゃあ…初めて見るね。曲刀剣と槍を合わせたようだねぇ…。なんて名なんだい?」
「薙刀といいます。ですが耳慣れない名だと思いますので、曲刀槍とでも呼んで下さい」
「そうかい。いや、何か色々と驚いちまったよ。えーと、これよりも刃を薄く、切れ味を良くしたもの、柄の先端も攻撃部に新規作成、と。あ、あとは魔力の蓄積か。う~ん、なかなか難しい注文だねぇ…。ちょいとコレ借りてもいいかい?」
「ええ。どうぞ」
オバサンは薙刀を持ったまま何処かに行くと、赤ら顔の恰幅良い髭もじゃオジサンと共に戻ってきた。
「嬢ちゃんがコレの使い手かい?」
オジサンが手にしているのは私の薙刀だ。
「はい、そうです」
「ふむ。嬢ちゃん、利き手は右だね?」
「え、はい。そうです」
「ちょいと失礼するよ」
オジサンは私の右手をとると、掌と薙刀の柄を交互に見た。
それから両腕を服の上からポンポンと軽く叩くと、足を見てくる。
「ふーむ…こいつぁなかなか……ちょいと、あそこの広い場所で少し型をとってもらえるか?魔力を纏わせるみたいだが、初めは魔力無しで、その後は魔力を使ったやり方を頼む」
「いいですよ」
私が快諾すると、ルーシェが気を利かせてくれたのか、青紫ローブを持ってパタパタとゼウォンの近くに飛んでいく。
オジサンから返された薙刀を軽く一振りすると、構えをとった。
いつもより簡略化した型をこなしたら、次は〔風〕と〔重力〕の魔力を込めて薙刀を振るう。
何故かポカンとしているオバサンと、真剣な表情のオジサン。
型が終わると、オジサンはしばらく難しい顔をしていたが、やがて私の方を見ると。
「ワシは回りくどい事が苦手だからハッキリ言うが---無理だ」
無理って…そんな…
新しい薙刀を入手する気満々な私に、オジサンはショックな言葉を言ったのだった。