第39話~ようやくお返しできました~
白み始めた空に、火炎竜巻が発生する。
「ぅう~~…レギの火球、なかなか広がってくんないのーーっ」
「ルーシェ、火球の中心に向けて、もっと拡散させるカンジで〔風〕を放てよ~」
金魔鳥と銀魔竜が空中で特訓している下で、私は銀魔狼
に鍛えてもらっていた。
「背後には刃を振るうより、柄の先端で突いた方が無駄がない。武器の特徴を生かすんだ」
「はいっ」
数度、打ち合う。
「敵の目線に惑わされるなっ。右を見たからといって右に動くとは限らないぞ!」
「っっ、はい!」
今朝もガッツリ特訓してもらいました。……早く強くなりたいデス。
その日の夜。
ゼウォンと私が各々の武器を手入れしている傍らで、レギとルーシェはオセロのようなボードゲームをしていた。
「う~ん…」
「どうした?ユリーナ」
「ん~、ゼウォンに柄の先端で突くようにって助言してもらったじゃない?薙刀もこれ一本しかないからさ、いっそ色々と改良しちゃうか、別の薙刀を作ってもらうかしようかな~って」
「そうだな…予備の武器はあったほうがいいし、長所を変えたものを何本か作って、使い分けるのいいぞ。ヌーエンや他の街より、グリンジアス王都の方が腕の良い鍛冶職人がいるかもな。一段落したらギルドで聞いてみるか」
「うん!ついでに他の装備品も欲しいなぁ。あのブーツの代わりになる物とか(アレフさんとの話は無効になってるだろうし)他の魔防具なんk---『主?!!』---ぅきゃっ!」
唐突にミーグが叫んだので、ビックリして大声出しちゃった。
私の声に3人もビックリして、こちらに顔を向けてきた。
「ユリーナ?一体どうしt……!!!」
私に問いかけたゼウォンが、急に私の後ろの空間を凝視する。何かを警戒しているようだ。
レギとルーシェも、いつの間にかゲームを止めていてゼウォンと同じように空間を見つめていた。
私の後ろに何かあるの?
クルッと振り向くと、そこには淡い光が発生していた。
この光……〔転移〕??そういえばミーグは『主』と叫んだ。まさか……
「第2王子様…?」
第2王子様、と私が口にしたことで、金銀魔3人の表情が変わる。
その呟きを肯定するように、ミーグが感極まる声色で『ようやく来てくださった…』と言った。
淡い光が徐々に人型になる。
そして現れた人物は---まさしく〔物語に出てくる白馬の王子様!〕っていうフレーズを地で行くようなイケメンだった。
翡翠のような髪に琥珀のような瞳。肌は浅黒く、歯の白さを引き立てている。
その真珠のような歯をチラリと見せて、王子様は私に微笑んだ。
ぅおっ、カッコイイじゃないか王子様よぅ。
だけど、ゼウォンの笑顔の方がステキだな。王子様の笑顔は眼福になるけど、心臓ドキドキ警報は発令しないもの。
「貴女がユリーナさんですか?事の次第はアレフに聞いています」
王子様、声もなかなか良いじゃないですか~。ま、ゼウォンの美声には適いませんけどね。
って、そんなことよりも!
「アレフさん、無事に帰還されたんですね?!」
思わぬ朗報に笑顔になり、つい王子様へと近寄ろうとした時。
「おい、ユリーナっ」
若干焦りを含んだゼウォンの声がして、振り向くと。彼は地面に膝をついて王子様に礼をとっていた。
う!しまったーーっ。相手は超大物なんだから、気安くしちゃダメなんだ!
この世界には〔不敬罪〕なんてものが当たり前のようにあるらしいから、私も立場を弁えなきゃいけないんだ!
ミーグと会話してきたためか、第2王子様に対しては畏まった感情が無かったけど、それじゃマズイ!
冷や汗かきながら、私もゼウォンの隣で膝を突いて礼をとった。
両腕を胸の前で交差させて頭を下げるのが、ヘアグ式の礼。
シプグリールで教わっといて、良かった~~~。
「そう、畏まらずとも良いですよ」
王子様にそう言われたので、私達は顔を上げた。
「早速ですがユリーナさん、〔大地の指輪〕を」
「はい」
王子様に促され、紐から指輪を外して差し出した。
ようやく、ホンっト~にようやく持ち主に返せるのね!あ~長かった!
『主、お待ちしておりました。ユリーナさん、本当にありがとうございました』
「ううん、お礼を言うのは私よ。ミーグの守りがなかったら、私〔闇の帝団〕にやられてたわ。色々、ありがとう」
『ユリーナさん…あんな状況に貶めてしまったのに、お礼を言ってくださるなんて…ワタクシ、ユリーナさんに出会えて良かったですわ』
「ユリーナさん、貴女はこの指輪、ミーグを救ってくださり、我が騎士アレフの命も助けてくださった。私からもお礼をいいます。---我が守護精マイスミーグよ。我が元に戻れ」
王子様がゴージャス指輪を左手の中指に差し込む。
すると、指輪から金と緑の粒子状の靄が止め処なく溢れ、王子様を包み込んだ。
しばらくの間、王子様はキラキラ輝く金緑のオーラに包まれたままだったが、やがてオーラが消えると、複雑な顔でゼウォンを見た。
「偉大なる〔銀狼族〕の長の実仔であるのに…何とも痛ましい運命ですね…」
ええぇぇっっ?! なんでイキナリそんな事言えるの?
ゼウォンは完璧に人間化してるのに、王子様はアッサリ見抜いちゃったの?!
むちゃくちゃ動揺する気持ちを必死に押し殺している私とは違い、ゼウォンは無表情のまま。
でも、内心ではどう思っているんだろう……。
「今、ミーグと記憶を共有したのです。正直……何事にも動じぬ自信が有る私でさえも、驚いています…」
なるほど。そういえばミーグは第2王子様に隠し事できないっていってたっけ。それは、こういうことだったんだね。
黙り込む私達に、王子様は言葉を続ける。
「貴方達とは色々と話をしたいので、今から私と共に王宮に来ていただきたい」
えっ?それは…いいのでしょうか?
こちらの戸惑いを察したのか、王子様は私達を安心させるように微笑んでくれた。
「私の私室に直接〔転移〕するから人目につくことはありません。ご心配は無用ですよ。では、参りましょうか」
心配無用とかいいながら問答無用ってカンジですね、王子様。
〔転移〕ってことは、あのグニャ~~ンに襲われるのか……あれ、気持ち悪いんだよね…はぁ。
内心でため息を吐きつつ、私は気持ち悪さに耐えたのでした。
磨きぬかれた大理石のテーブル。座り心地抜群のソファ。
ビロードのような光沢あるカーテンに、土足で誠に申し訳ありませんと土下座したくなるほど高級な絨毯。
さすが、大国グリンジアスの王子サマ。私室のクセして豪華絢爛すぎでしょ!煌びやかさ、ッパネエですよ!!
シプグリールの羊緑族族長館も凄かったけど、ここは更に上をいくね!!
お部屋の豪華さに気圧され、わが身のみすぼらしさに萎縮しまくりな私。
レギとルーシェは良いよね~…。服なんか着てなくてもキラキラしてるから、この部屋に居ても見劣りしない。むしろ似合う。
そしてゼウォンも…丈夫さを重視した簡素な服を着ているのに、この部屋のゴージャスさに存在が負けてないのよ!
場違いなのは、私だけ?!……あううぅ。
私達の向かい側に腰を下ろした王子様は、私達が山中にいる間の出来事を順立てて語ってくれた。
「5日前、私が放っている諜報者から、〔闇の帝団〕がやけに静かだと…本拠地の〔地のガード〕も消滅していて、明らかに様子がおかしいと連絡が入ったのです。
ミーグの気配の動きから察するに、何かしらの大事が起こっているのだと確信していました。
……〔闇の帝団〕総帥シュオイをはじめ、団の主要人物のほとんどが行方知れずだとは聞き及んでいましたが…まさか、貴方達があのシュオイを消していたとは思いませんでした…」
5日前、つまりルーシェが仲間になって2日目、ハフィスリード王子は諜報者から連絡を受けると、すぐさまニアルースに調査団を送った。
その動きに王妃達も敏感に反応して、王妃サイドの貴族達も秘密裏に〔闇の帝団〕を調べると同時に、ハフィスリード王子が送った調査団の妨害を仕掛けてきた。
〔闇の帝団〕の本拠地であるニアルースの屋敷に着いた調査団は、地のガードも無く敵襲も無い、まさに蛻のカラ状態の屋敷内をくまなく調べ上げた。
とはいっても、屋敷内にあった転移陣は全て発動しなかったため、完全に調べつくしたとは言いがたいのだが。
それでも、屋敷の最上階に位置する一番広い部屋の書棚には、〔闇の帝団〕が今まで行ってきた数々の依頼(全て犯罪)に関する書類が残されており、そこにはグリンジアス王国のアシュルバルト伯爵との依頼契約書もあった。
依頼内容は、ハフィスリード王子から〔大地の指輪〕を奪うこと。シリルリード王子が王太子になるまで指輪を世に出さないということ。
この重要な書類を入手した調査団は、王妃達の放った刺客達の執拗な攻撃をなんとか避け切り、ハフィスリード王子に書類を手渡すことが出来たのだ。
この書類を証拠に、ハフィスリード王子は反撃に出た。
王妃と貴族達に言い逃れの隙を与えないよう、ハフィスリード王子は迅速に行動を起こし、鮮やかに王妃達を追い詰めた。
国王陛下の見守る御前査問会は、王妃と貴族が互いに罪を擦り合うという醜態を晒したものとなった。
そして、国王が下した判決は。
この陰謀に加担した貴族達は、身分剥奪。王妃は、生涯幽閉。
だが、王家の醜聞を避けるため、市井には〔闇の帝団〕が単独で〔大地の指輪〕強奪、王妃は病を患い休養する、と公表。
「査問会が終了し、ようやくこの件も決着がつきました。本来ならば、5日前にミーグの元へ〔転移〕して、ユリーナさんにも証人として査問会に出ていただきたかったところでしたが---、」
「え゛っ?!」
ギョギョっとして王子様に顔を向けると、何だか含み笑いをしている。
「ユリーナさんを巻き込んで、アレフは恨みを買ったそうですね。私まで貴女を巻き込んでしまったら大層恨まれてしまうでしょうから、貴女の存在は伏せることにしたんです。ふふふっ」
そう言って笑う王子様。
「え、あの、それはっ……今はアレフさんのこと恨んでないですよ?あ、でも、殿下のお心遣いには感謝いたします」
「ふふふっ、どういたしまして。ミーグと記憶共有してみて、改めて自分の判断が正しかったと思います。もちろん、人目につかぬよう隠れていた貴方達の判断も」
「はあ…ゼウォンとレギの言うことを聞いといて良かったです。あの時王都に出向いていたら、私は査問会に出ることになっていたのですね」
王都行きを止めてくれたゼウォンとレギに感謝だよ~~。
「そうそう、ユリーナさんがアレフに求めた品は近々ご用意しますよ。ブーツはアレフが用意しますが、腕輪は私が用意します」
「ええっ?!あ、あれは、その、軽い冗談でしてっ。お気になさらないでくださいぃ…」
「遠慮しないで下さい。もう準備させてしまってますしね。貴方達の存在を公にできない以上、こんな形でしかお礼ができないことが心苦しくもあるのです」
「そんな、心苦しいだなんて思わないで下さいっ。ブーツとかも、お気持ちだけで充分ですし、図々しく戴くワケには…」
躊躇う私に、それまで黙って聞き手に回っていたゼウォンが口を開いた。
「ユリーナ、ハフィスリード殿下もこう仰ってるんだ。受け取らないほうが失礼だぞ」
そっか、確かに好意を拒否するって失礼かも…。そもそも私から言い出したんだし、ブーツもブレスレットも欲しい物だしね。
「では…ありがたく頂戴いたします」
「ええ、そうしてください。ユリーナさんは冒険者でしたね?今、腕輪は作成中なので完成したらグリンジアスのギルドに届けておきます」
「作成中?!既製品ではないのですか?」
「お礼の品なんですから、既製品などは送りませんよ。私が身に着けるもの以上の物を贈らせてもらいます」
爽やかに微笑む王子様。ってゆーか、王子様の物以上にイイ物って……身に余りますヨ。
「ところで、この件とは別なんですが…貴方達に相談事というか、提案があるのです」
笑顔から一変、真剣な顔つきになった王子様は、ゆっくりと私達全員を見渡す。
「先に言っておきますが、私の提案を断っていただいても、私はミーグが約束した通り、貴方達の素性は他言しません。秘密を漏らすと脅迫して言いなりにさせても、信用は得られませんからね」
「……我々の事情を理解し、漏洩せぬとの仰せ、感謝いたします。ですが、殿下は提案内容を伝える前から我々が断ることも想定されている。それは、つまり、断りたくなるような内容ということですか?」
ゼウォンが尋ねると、ちょっと首を傾げる王子様。
「断りたくなるような内容というよりは、私自身があらゆる結果を想定している、といったところでしょうか。---単刀直入に言いましょう。私と協力関係になっていただきたい」
協力関係?!それってどういったことなのかな??
「協力関係、ですか?…一介の冒険者である我々に、殿下のお力になれることなどあるのでしょうか?」
「もちろん。そうでなければこのような事は言いません」
「…敢えて我々に協力をもちかけるのですから、それなりの理由があるということですか?」
「ええ。受けて頂けますか?」
「まずは理由をお聞かせ願えますか?」
ゼウォンと王子様は互いを観察するように見やっていた。
私とレギとルーシェは、ゼウォンに任せたといったカンジで、両者を見守る。
「強力な能力保持者を確保しておきたいと思うのは、王族として当然のことです」
王子様は、意味深な笑みをうかべて言い放った。