第37話~魔竜の身の上話~
視点が 魔竜 → 主人公 と変わります。
それは突然の宣告だった。
「イズラルバを縹銀族より破族、里から追放する」
アタシに能力の使い方を教えてくれていた母様のもとに、無表情の族長様がやって来て、唐突にそう言ったの。
母様と族長様は、その場で何やら難しい話をして言い争っていた。
幼竜だったアタシには詳しいことはわからなかったけど、どうやら重要な族長様のご命令に父様が逆らったらしい、ということは分かった。
それから数日後。
父様と母様とアタシは破族という烙印を押され、夜明け前に里を出た。
母様とアタシに何度も謝る父様に、母様はいつも優しく接してた。
アタシも、父様は悪いことしたんじゃないって信じてる。
独りで里に残されるよりも、里を離れてでも父様と母様と一緒が良かったから、破族されたことは別に気にしてなかった。
破族された〔里無し魔〕がどんなに不名誉だろうと異端だろうと、全然へっちゃら。
だって、父様と母様も同じだもん。
このまま大好きな両親と一緒に幸せに過ごせると信じて疑わなかった。
---あの黒い怪物が、アタシ達を襲うまでは
父様よりも大きい黒の怪鳥。
ソイツはアタシ達を見るなり、赤黒い眼を不気味に光らせて襲いかかってきた。
「メイシェ、ルーシェを連れて逃げろ!」
「アレはギルガよ?!イズだけで戦うのは無理よ!私も戦うわ!!」
アタシを抱っこしたまま叫んだ母様を、父様は〔大風波〕で遠くに飛ばした。
「メイシェ、ルーシェ、必ず生きろ」
「イズ…イズラルバーーっ」
「父様ーーっ」
飛ばされながら母様の腕の中で見た光景は---空中で黒怪鳥と戦っている父様の姿だった。
風の力が緩やかになると、母様はアタシを地面に下ろして、アタシの頬をやさしくペロっと舐めた。
「ルーシェ、ここで待っててね。いい子にしてるのよ」
「?! 母様は?どこ行くの?」
「父様のところよ。大丈夫、すぐに父様と一緒にここに戻ってくるからね」
そう言って母様は高速で飛んでいった。
すぐに追いかけようと思ったけど、母様はここで待っててと言った。
それに未成魔のアタシじゃ母様の飛行速度には追いつけない。
少しの間、その場でウロウロしてたけど、結局アタシは翼を広げて母様の飛んでいった方へと向かった。
そして、発見した両親は---もう、動いてはくれなかった。
「父様ーーっ、母様ーーっっ」
呼びかけても、舌で舐めても、鱗を摺り寄せても、父様も母様も何も応えてくれない。
「ううう…うっうっう……」
目の前の現実を受け入れられなくて、ただ、ただ、泣いた。
たくさん、たくさん泣いて。何日も何日も泣いた。
やがて枯れ果てたのか、もう涙が出なくなった頃。アタシは決めた。
--必ず、あの黒い怪鳥を倒して仇をとる--
アタシは両親を弔った後、各地を飛び回って怪鳥を探した。
でも、仮にあの怪鳥に再び遭遇できたとしても、父様と母様がかなわなかった敵にアタシが勝てるわけない。
それにアタシの能力は未成熟だし、どちらかというと攻撃よりも補助や守備の方が得意なんだもの。
怪物から身を守ったり追い払ったりは出来るけど、仕留めることはまだ難しい。
だけど…到底無理と分かっていても、敵討ちを諦めるわけにはいかない。
アイツへの復讐だけが、アタシの生きる目的なのだから。
それなのに、あの怪鳥よりも数段格下の怪物にやられちゃったアタシは何て情けないんだろう…。
このまま敵討ちも出来ずに死んじゃうのかな…?
あの怪鳥と戦うこともせずに死んじゃうなんて、死んでも死に切れない。
誰か、誰かお願い。アイツを倒して。
主神〔風の神〕よ、アタシの祈りをお聞き届け下さい…どうか、あの黒怪鳥に天誅を…
意識が暗闇に沈んでいく…
「おいっ、しっかりしろよ!」
その声に、アタシはピクリと反応した。 …この声は、あの魔鳥?
同じ鳥形でも、あの黒怪鳥とは全然違うキレイな姿。赤に橙に、金。
空と大地を金色に輝かせる、夕日のような羽。宝石のように煌く金と赤の眼。
金…金色。---もしかして、南の金魔〔朱焔族〕?
「東の銀魔が怪物の毒なんかに負けるなっ、気を確かに持てよ!」
アタシを励ますように呼びかける魔鳥の声。
その声に導かれるように、闇に落ちかけていた意識がゆっくりと浮上した。
「おっ、目が覚めたか?」
声がした方を見ると、金と赤のキレイな瞳がアタシを見詰めていた。
「あ、気づいたの?良かったぁ~」
「さすが銀魔竜だな。たいした生命力だ」
え?他にも誰かいるの?
魔鳥とは別の声がしたことに驚いて、痺れるような痛みに堪えながら少し首を動かすと。
そこには黒髪藍目の女の人と、青髪紫目の男の人がいた。
女の人の目と男の人の髪…、この2人は東の地に縁の人間なの…?アタシと同じ出身地なの?
どうして東の人間と南の魔鳥が一緒にいるの?
それに、ここは人里離れた山の中のはず。どうして彼等はこんなところにいるの?
考えるほどに疑問がわき上がり、アタシは警戒心を解すことが出来ずにいた。
すると、青髪の男の人が小振りの器をアタシの口元に差し出してきた。
「これは解毒薬だ。飲めるか?」
いきなり解毒薬だと言われても、素直に飲めるわけない。
無反応のアタシに、男の人は気を悪くした感じもなく、少し苦笑した。
「ホムグルズルにやられたんだろ?傷口から毒を吸い出して解毒薬を塗りこんだが、体内に回ってしまった毒は薬を服用しないと完全に解毒できないんだ」
解毒薬を塗りこんだ……ってことは、アタシを助けようとしてくれてるってこと?
確かに、この人たちからは敵意や悪意は全く感じない。むしろ、心配そうに気づかってくれているのが分かる。
でも、器の液体を飲んで本当に大丈夫なのかな?
心の中で迷って、なかなか器に口をつけられないでいると。
金魔鳥がすぐ傍まで飛んできて、器に嘴を入れたのだ。
「おい、レギ?!」
青髪の男の人に「レギ」と呼ばれた金魔鳥は、アタシを見た。
「ほら、これ飲んでもオイラ何ともないじゃ~ん?そんな警戒しなくっても平気だってば」
おどけた物言いの中にも、アタシへの労わりを感じる。
レギという魔鳥の言葉と行動が、警戒心を消してくれた。
アタシは意を決して、器の中に入った薬液を飲もうと、おずおずと顔を近づけた。けど、体が上手く動かない。
すると---黒髪の女の人が、優しくアタシを抱き上げて膝の上に乗せたのだ。
え?! 人間が魔竜であるアタシに何の躊躇いも無く触れるの?
驚くアタシを気にもせず、女の人は薬の入った器を手にとると、アタシに飲ませようとしてくれた。
「どう?こうすれば飲めるかな?」
その声色も、藍の瞳も、とても柔らかくて優しい。
女の人と接触しているところから感じる温かさは、母様に包まれているみたいに心地よかった。
アタシは小さく頷き、器が空になるまで少しづつ薬を飲んだ。
飲み終わると、男の人が女の人の手から器を受け取り、アタシの方へと顔を向けた。
「よし。全部飲んだな。魔竜は回復力も強いから3刻ほどしたら体内の毒も解毒されるだろう」
「そうなんだ。さすがゼウォンね」
女の人は、敬愛に満ちた瞳で男の人を見る。
ゼウォンと呼ばれた男の人も、愛情溢れる眼差しを女の人に向けて微笑んだ。
なんだか父様と母様みたい。そっか、この2人はツガイ同士なのね。
「良かったね、もうすぐ元気になるって。あとちょっとの辛抱だからね」
アタシに優しく声をかけてきた女の人は、膝からアタシを下ろそうとはせずに慈しむ様にゆっくりと頭を撫でてきた。
魔竜を撫でる人間なんて、存在するんだ…。
撫でられるなんて思いも寄らなかったけど、全然抵抗を感じない。
むしろ、母様に優しく舐めてもらっているみたいな安心感がある。
アタシは久しぶりに感じた安らぎに身をまかせて、ゆっくりと眠りに落ちていった。
「あら?寝ちゃったみたい」
膝に乗せたままの小さな竜は、スピスピと可愛い寝息をたてている。
「一時はどうなることかと思ったけど~、命拾いしたみたいだな。ホムグルズルって西の怪物なのにさ~、 ゼウォン本当に解毒薬つくっちまうなんて尊敬するよ~」
「ははは、レギに尊敬されるなんて光栄だ。以前、偶々ホムグルズルの解毒薬調合を依頼されたことがあったからな。それにしても、レギがこの魔竜を運んできた時は驚いたぞ?いきなり「ホムグルズルの解毒薬って作れる?!」だもんな」
「私もビックリだったわ~。だけど魔竜って東の地にいる魔物でしょ?どうしてこんなところにいるのかしら?レギみたいに故郷は飽きたとか?」
「そりゃ無いんじゃん?なんか両親の敵討ちとか言ってたし~」
「へえ…なんだか複雑な事情抱えているのね…」
チビ竜ちゃんの艶々光る鱗を撫でながら、そういえばレギの両親ってどうしているのかなと思ったので、聞いてみる。
「ねぇ、レギのご両親は?かれこれ1ヶ月は一緒にいてくれてるけど故郷に顔出さなくても大丈夫?」
するとレギは、目をパチクリさせて小首を傾げた。
「ユリーナ、気づいてなかったのか?」
「え?何を?」
ゼウォンの問いかけに、今度は私がパチクリとしちゃう。
「あ~…、そっか。(ユリーナは異世界人だったな)あのな、金銀魔が長い間自里を離れてるってことは、一族から破族--仲間として認められない扱いのことだが--された〔里無し魔〕か、自ら里を離れた〔里捨て魔〕ってことになるんだ。故郷に戻ることは出来ない」
「ってこと。ちなみにオイラは〔里捨て魔〕。破族は--たぶん、されてない。別にされても良いけどな~。あ、両親はとっくに死んじゃってる~」
えええっっ?! そうだったんだ…私、悪いこと聞いちゃったのかな…
でも、ここでレギに謝るのは何か違う気がする。どういった言葉をかければいいのかな…?
内心でオロオロしていると。
「んな気まずそうな顔すんなって。そーゆー顔されるだろうから今までオイラ自分のこと話さなかったんだよ~。湿っぽいの、苦手だし~」
いつもと変わらない、あっけらかんとしたレギを見て、変に気に病むほうが失礼だと気づく。
「そっか。レギも色々とあるのね。だけどレギが里を離れなかったら、こうして友達になれなかったんだよね。私にとっては〔里捨て魔〕歓迎だわ」
ニコ~と笑ってレギを見ると、レギも「ぐふふっ」と笑った。
「だな。あのまま里にいるより、ユリーナやゼウォンといる方がよっぽど楽しい。ぐふふふっ」
レギが〔里捨て魔〕っていう立場でも、大切な友達であり掛け替えの無い仲間であることに変わりは無い。
レギはレギなんだし。
「ユリーナにとっては〔里捨て魔〕だろうと何だろうと大した問題では無いんだな」
微笑ましい、といった感じで私とレギを見るゼウォン。
「うん。だから何?って思っちゃう」
ゼウォンの言葉を肯定すると、何故かミーグから『感心致しますわ』と褒められた。
〔里捨て魔〕だとか〔里無し魔〕だとか、破族だとか掟だとか、魔物社会のルールってのも複雑なのね~くらいにしか思えないだけなので、別に守護精に感心してもらう程のことでもないと思うんだけど…ま、いっか。
小さな魔竜ちゃんをナデナデしながら、私達はしばらくの間、歓談したのでした。