第35話~甘い雰囲気に戸惑ってしまいました~
視点が 主人公→ゼウォン と変わります。
優しく頭を撫でてくれる、大きな手。
温かく包み込んでくれる、逞しい腕。
髪を掬い上げられ、ゆったりと梳くように弄ばれる。
気持ちいいな……
ずっと、この心地よい夢から目が覚めなければいいのに……
夢見心地のまま、温もりを与えてくれる存在に摺り寄ると、私を包む腕の力が増した。
……ん? 夢にしてはやけに感覚がリアルだな…
「ユリーナ…」と私を呼ぶ美声がしたので、ぼんやりと目を開ける。
「ゼウォン?……きゃっ」
今、私、木に寄りかかっているゼウォン(いつもの人型、青髪ver.)に抱きしめられている?!
自分の状態を理解した途端、眠気が吹き飛び、一気に覚醒。
どうして私、こんな状態で寝ちゃったの?!
えーと、確か……
召喚契約をした後、ミーグから聞いたグリンジアス王国王太子問題をゼウォンとレギに話して。
それからすぐにグリンジアスの王都に行こうとしたんだけど、2人に止められたんだったわ。
「〔闇の帝団〕がどう出るか分からない今、下手に姿を現さない方が良い。それに第1王子側の者達の動向も分からないんだ。第2王子は守護輪が何処にあるかが分かるんだろ?ならば、ユリーナは指輪と共に身を隠して第2王子が接触してくるのを待つのが妥当だ」
「そうだよ~。それにユリーナが今グリンジアスに行ったら、王妃側のヤツラに捕まっちゃうかもしれないじゃ~ん。国宝の指輪を盗んだって濡れ衣着せられて処刑だ~なんて言われちまったら、どうすんだ~?ここはゼウォンの言う通り、隠れてるのが無難じゃ~ん」
『ユリーナさん、確かにゼウォンさんとレギさんの仰る通りですわ。まだ幾ばくかの日数がありますし、ここはお隠れいただく方が宜しいかと』
「ミーグ…でも早く第2王子様に会いたいんでしょ?あんなに心配してたじゃない?」
『確かに一刻も早く主の元に還りたいという気持ちはありますが、ユリーナさん達を危険に晒すわけには参りませんわ。〔闇の帝団〕からワタクシを救って下さり、アレフ殿をも救って下さった恩を、仇で返すつもりはございません』
「そう…じゃあ、隠れることにするわ。幸い、亜空間にまだ食料とか残ってるし」
と、いうわけで。
私達はニアルースの西の森から更に西側にある山脈地帯に移動した。
この辺りはグリンジアス国土とはいえ、全くの未開の地であり、誰も来ない。
それに、グリンジアス王都から4,5日あれば辿り着ける場所なので(森の手前まで馬、森の中と山中は徒歩になっちゃうけど)近すぎず遠すぎずで丁度良い。
とは言え、怪物や野生の動物は生息しているから気は抜けないんだけどね。
風の刻は黙々と森の中を歩き、正光に食事と休憩をとった後は、日が沈むまで山中を歩き進んだ。
〔闇の帝団〕との連続バトル後に1日中森や山を歩き続けたからクタクタになっちゃって。
疲れた~とヘタっていたら、ゼウォンが疲労回復によく効くという薬湯を作ってくれたんだったわ。
それで薬湯を飲んだら眠くなっちゃって、ゼウォンの肩にもたれたまま寝てしまった、と。
「あ、ごめんねっ。私、寝ちゃったんだ」
慌ててゼウォンから体を離そうとしたけど、がっちりホールドされちゃった。
しかも、なんか耳とか首とか撫でてくるしっ。
「えと、もう大丈夫よ?薬湯のおかげで疲れも残ってないみたいだし」
「そうか、良かったな」
「う、うん。あの…だから離してくれて良いよ?」
赤面した顔を見られないように俯きながら身を捩ってみる。
だって、こんなに密着してるとドキドキが止まんないしっ。心臓に悪いよ、この状態。
それに、掠るような微妙な力加減で首筋とか耳の裏とか撫でてくる手からも逃れたい。
ゼウォンにそんなことされると、下腹部の奥に得体の知れない感覚が湧き起こって困るのよぅっ。
なのに。彼は一向に腕の力を緩めようとはせず
「離す必要ないだろ?離れたくないといったのはユリーナだ。俺もオマエを離したくないしな」
とか、のたまう始末。
あうっ。確かに言った。離れたくないと言ったのは認めます。
でも!それとこれとは別モノよ!!
ゼウォンの腕のなかでアタフタしつつも、彼も私を「離したくない」とサラリと言ってくれたことに喜んでる自分がいる。
「うっっ…! えと、じゃあ…撫でるのは止めて?」
「何故だ?オマエも散々俺を撫でただろ?」
あうあうっっ。確かに撫でた。狼ゼウォンの毛皮を撫でまくったのは認めます。
でも!それとこれとは別モノなんだってば!!
「ユリーナ…」
熱く吐息を吐くように名前を囁かれ、下腹部の奥にズクンと衝撃が起こった。
ゼウォンを見上げると、紫の瞳とバッチリ視線が合う。
私を見詰めるアメジストは、スミレの砂糖漬けのように甘い。
ゼウォン、どうしちゃったのかな?なんだか急に親密度が増したというか…
確かにお互い今まで黙っていた秘密を共有したもんだから親密にもなるだろうけど、これは何ていうか、仲間というより恋人のような…
もちろんイヤじゃない。むしろ嬉しい。
でも、ゼウォンが私を異性として想ってくれているかなんて分からないし…これは只のスキンシップの一環なのかしら?
彼の態度を考えあぐねていると、首筋を撫でていた彼の手が私の頬を包み、親指で下唇の輪郭をなぞって来る。
端整な顔が、ゆっくりと近づいてきた。
「あ、ちょ、あのあの…」
「どうした?」
「あ、えーと、その、レギは?いないの?」
「周辺の偵察にいったっきりだな。じき戻ってくるだろう」
「そっか…」
なんだか急に甘い雰囲気になったことにプチ混乱しちゃった私は、咄嗟に空気を変えようとしてしまった。
「あ、そうだ、ミーグ?第2王子様が近づいている気配とか、感じる?」
返答ナシ。あれ?もしかしてミーグ、寝てる? でも守護精って眠るのかな?
「ミーグ?」
もう一度、話しかけてみると。
『ワタクシは他人様の情事を見聞きするほど無粋ではありませんわ。何も見てません、何も聞いてません、見てない聞いてない、見てない聞いてない…』
ぶーーーっっ、じょじょ情事って、何言っちゃってんの、この守護精はーーーっ
「ミーグ?!ミーグってば、誰かが来る気配する?」
『はっ、ユリーナさん。もういいんですの?あ、いえ、失礼しました。主の気配でしたら、残念ながらしませんわ。怪物もいないようです』
「そう、良かったわ」
「ユリーナ、守護精は何だって?」
「あ、何の気配も感じないって。怪物もいないようだから、レギもすぐに戻ってくるかな?」
「そうだな。ユリーナ、もう少し眠るか?」
「ううん、レギが戻るまで起きてるわ」
それからしばらくゼウォンと他愛の無い話をしていたら、レギが戻ってきた。
「お疲れ様、レギ。わざわざ偵察ありがとね」
「別にいい~。あのさ~ユリーナ、ゼウォン。ちょいと気になることがあったんだ~。敵じゃないとは思うんだけど~、何かヘンなんだよ」
「「ヘン?」」
「ん~…、なんだか一定区域に結界が張られているようなカンジ?それがさ~、〔地〕の力じゃなくて〔風〕の力なんだよな~。ま、ほっとけばいいのかもしんないけど~…」
「そうか、こんなところに結界か…気になるな。だが敵意を感じないなら、あえてこちらから接触する必要はないだろう」
いまいち釈然としないけど、その区域には近づかないようにしようということになった。
その後は簡単な夕食をとって、3分シャワーをしてから寝袋に包まる。
野宿もだいぶ慣れたもんだわ~と思いながら、再び眠りについたのでした。
薬湯を飲んだユリーナは、眠たそうに目を瞬かせていた。
そっと肩を引き寄せると、そのまま俺に凭れ掛かって、静かに寝息を立て始める。
人間の、しかも女性であるユリーナにとって、ハイペースの山歩きは相当体に負担をかけただろう。
よくここまで彼女の体力がもったものだと感心してしまう。
無防備に眠るユリーナを起こさぬよう緩く抱きしめ、その温もりに浸った。
愛しい彼女は確かに今、俺の腕の中にいる。
ヌーエンで突然いなくなってしまった彼女を捜し求めた7日間は、とてつもなく長く感じた。
自分の心をこれほどまでに掻き乱す存在は、今までいなかった。
自分は異世界から来たと語ったユリーナ。
冗談や作り話にしては突拍子すぎて、反って彼女の話に嘘はないと信じられた。
何より、彼女は「ゼウォンに隠し事はしたくない」と言ったのだ。
自分を信じて秘密を打ち明けてくれた彼女を、益々愛しく思った。
その後、覚悟を決めて己の出自を明かしたのだが---彼女は信じられないことを言ってくれた。
「離れたくない」と「側にいたい」と、挙句の果てには「銀狼族を返り討ちにする」とまで言い出し、そのために更に強くなるとまで言ったのだ。
信じられなかった。
俺は抜群の聴力を誇る銀狼族のくせに、都合のいい空耳が聞こえたのかと、思わず己の耳を疑ってしまったくらい驚いた。
こんな俺を、受け入れてくれるのか?
存在が許されない俺の出自を知ったうえで尚、一緒にいてくれるというのか?
父さんがいなくなって独りで過ごしてきた俺にとって、ユリーナとレギの存在は温かく、仲間がいることの良さを知ってしまった。
ユリーナが「これからも一緒にいよう」と言ってくれた時、すぐにでも同意したかった。
しかし、自分と共にいることで2人を余計な危険に晒してしまうかもしれない…。
2人と共にいたいという願望。2人に危険を背負わせてしまう罪悪感。
2つの感情の間で葛藤したが---
ユリーナの「どんな事情があろうと離れたくない」という言葉と
レギの「仲間をやめるほどではない」という言葉と
2人の「今まで大丈夫だったんだから今後も大丈夫」という言葉が
俺の罪悪感に対する免罪符になった。
すやすやと眠るユリーナが微かに身動ぎ、縋るようにその柔らかな体を密着させてきた。
俺は反射的に彼女を抱きしめる腕に力を込め、艶やかな黒髪をゆっくりと梳いた。
「ユリーナ…」
彼女の名を口にすれば、心に愛しさが染み渡る。
今までは、魔獣の自分は人間の彼女にふさわしくない、と思っていた。
異種族の、しかも奇異な出自である俺は、彼女に受け入れられないだろう…
そんな気持ちが俺を消極的にさせていた。
だが、ユリーナは俺の正体を知った上で、共に在ることを望んでくれたのだ。
離れたくないと言ってもらえるほど、俺は仲間として彼女に大切にされているのだ。
嬉しい、なんて言葉では足りないくらいの喜びが、俺を満たした。
けど、ユリーナに関しては殊更欲張り俺は、彼女がツガイ--人間流に言えば生涯の伴侶か--になってくれることを切望してしまう。
出自を明かした今、隠すことは何も無い。これからは、彼女への想いを押さえるのは止めよう。
ユリーナ…
危険に巻き込むことになってしまっても、オマエが俺の側にいたいと望んでくれるなら---もう、離しはしない。
ユリーナの瞳が、ゆっくりと開く。
目覚めた彼女は、眠ってしまったことを恥じ入るように身を捩った。
その仕草が、彼女の豊かな胸を強調する。
「ユリーナ…」
想いを込めて名を呼べば、潤んだ瞳で俺を見上げる彼女。
そのサファイアのような瞳に吸い込まれるように、愛らしい唇を求めたが。
レギが居ないことが気になったのか、彼女は俺の求めに応じてはくれなかった。
拒否はされなかったから嫌がられてはいないと思うが、俺も些か性急だったかもしれないな。
軽く反省した俺は、その後は彼女と何気ない話をしながらレギが戻ってくるのを待った。
やがて戻ってきたレギは、「敵じゃないとは思うんだけど~、何かヘンなんだよ」と不可解な事を言った。
気にはなったが、今は〔大地の指輪〕を持つユリーナを守ることが重要だ。
なるべく、その区域には近づかないようにしよう。
寝袋の中で再び眠りについたユリーナの傍らに座り込み、俺も休息をとるべく目を閉じたのだった。
スミレの砂糖漬け=ウィーン土産で有名なお菓子です。
お菓子というより、ただの砂糖の塊みたいな…(^^;)
紫色で甘いものを考えた時、ブルーベリーとかアケビとか、なんかイマイチ糖度不足なものしか思いつかなくて、結局スミレの砂糖漬けになってしまいました。