第32話~退けない時も、あるんです~
前話に引き続き、戦闘描写があります。苦手な方はご注意下さい。
『主神〔土の神〕よ!偉大なる守護のお力を与え給え!!』
ゾンビの出現で呆気にとられた私に、ミーグが〔守りの加護〕を発動させてくれた。
すぐさま私も戦闘態勢をとり、薙刀を振るってゾンビ達に攻撃をする。
でも、ゾンビ達の体は粘着質で切りにくいうえ、切っても切ってもすぐに再生してしまう。
しかも多勢に無勢。
いくらミーグの〔守りの加護〕があっても、これじゃなかなか勝てないよっ。
さっきのリズとの戦いとかアレフさんの治療とかで結構魔力も消費しちゃったし、長期戦は絶対に避けなくちゃ!
ここは〔雷〕で一気に片付ける!!
私はゾンビ達の攻撃を交わしながら、なんとか間合いを広げると、ゾンビ達全員に落雷するイメージを浮かべながら急いで〔雷〕を形成して、放った。
「『分散して敵全員に落雷!!』」
テニスボール2個ぶんほどの雷雲球から放射状に雷が発生して、ゾンビ達に落雷する。
ゾンビ達は「グアァァッ」とか「グオォォッ」とか、気味の悪い声をあげて地面に倒れた。
静まり返った庭園に、夜風が吹く。
「……倒した?」
確認するようにポツリと呟いた私の言葉に、応える者がいた。
「いや、人造怪物は倒れないのだよ」
「!!…誰?!」
突然響いた低い声に、驚いて後ろを振り向くと。
ロングコートのような羽織り着を風になびかせ、大きな戦斧を担いだ大柄な男の人と、白衣のような服を着た、研究者っぽい小柄の男の人がいた。
2人とも、顔や手に深い皺が刻まれているので、中年もしくは壮年だろう。
小柄な男はともかく、大柄の男は対峙しているだけで呑まれそうだ。それぐらい貫禄があり、相手を圧迫させる雰囲気がある。
大柄な男は、私を品定めするかのようにジックリ眺めてきたが、首から下げているゴージャス指輪に視線を止めた。
「…リズとジェイがしくじったのは〔守りの加護〕のせいか。まさか守護精がハフィスリード以外の者に力を貸すとはな。今の奇抜な攻撃魔法といい、朱焔族のことといい…ただの小娘かと思いきや、とんだ食わせ者だったってことだな。…ガルバン!」
「お呼びですか、シュオイ様」
「人造怪物を復活させろ」
「は、承知いたしました」
ガルバンと呼ばれた白衣男が、手に持っていた怪しげな魔道具らしき物に何やらブツブツと呟き始めた。
すると---地面に倒れていたゾンビ達が蠢いて、ムクリと起き上がったのだ!
「!!っ、なんで?!〔雷〕の威力が弱かったの?!」
狼狽する私を、シュオイと呼ばれた大柄男が不気味な笑みを浮かべ楽しげに見ている。
「ほう、先程の攻撃魔法は〔カミナリ〕と言うのか。実に興味深い。ここで殺してしまうのが惜しいくらいだよ。ククククッ」
コイツっっ…ヤなヤツ!
だけど、真っ先に倒すべきなのはガルバンっていう小柄男だ。
とりあえずガルバンが居なくなれば、ゾンビ達が復活することは無いだろう。
問題はガルバンの前にいる大柄男のシュオイってヤツだな。コイツはかなり強そうだけど、今の私にはミーグの〔守りの加護〕がある!!
標的をガルバンに絞って、疾風ダッシュで近づき薙刀を振るおうとした。
でも---シュオイは甘くなかった。
ダッシュした私に、力強く戦斧を振り下ろして薙ぎ払ってくる。
〔守りの加護〕はまさに鉄壁の防御力で、戦斧の一撃を弾いてくれたのだが…薙ぎ払いまでは避けきれなかった。
ブンッッっと振り払われた自分の体が、空中を舞っているのが分かる。
薙ぎ払われた腹部が痛い。
受身を取ることも出来ずに、私は庭園に置かれていた石像にドガンっっと直撃してしまった…。
「っう…」
『ユリーナさん!しっかりなさって!!ユリーナさんっ』
体中が痛い。
でも、骨は折れてなさそう…『監視者』はホント素晴らしい能力授けてくれたな。
「あれだけ盛大に落下して、意識があるのか。たいした小娘だ。面白い…面白いぞ、ククククッ」
シュオイがゆっくりと近づいてくる。
どうしようっ、どうしよう!!
やっぱり、シュオイは相当強い。ハッキリいって得物で勝てるとは思えない。
可能性があるとしたら〔雷〕だけど…
〔雷〕は三種属複合魔法のせいなのか、威力はあるけど魔力消費が激しい。今の魔力で出来るのはピンポン球くらいの雷雲球だろうか。
それ以上大きな球を形成すれば、きっとコルエン裏山の二の舞になっちゃう。
でも、逃げられないのだ。
僅かな可能性にかけて、気を失ってもいいから全魔力を使おう!
それしか勝てる道はない!!
覚悟を決めて、痛む体を奮い立たせ〔雷〕を形成しようとした時。
急に、ゾンビ達が石化した。
それからサラサラと砂状になり---風に吹かれて、消えた。
え…何が起こったの……?
これ、コルエン裏山の既視感??
私が驚いて呆けていると、何やら彗星のようなものがシュオイとガルバンを襲った。
よく見ると、それは彗星ではなく、鈍く光る渦巻いた霧状の球体だった。
シュオイはヒラリと避けたが、球体をくらったガルバンは---なんと石化してしまったのだ!
「…ガードや結界を消滅させたのは、アヤツか」
そんな呟きと共に、上を見上げるシュオイ。その視線を辿り、私もつられて上を見る。
3階建てくらいのお屋敷の屋根の上。
星空を背に、立っている者は。
ま さ か ……
これは、奇跡?!
どうして…どうして、此処に居るの?
銀狼さん…
銀狼さんが、ヒラリと庭園に舞い降りて駆けて来る。
磨きぬいたようなプラチナのような銀の毛、骨太の足、モフモフの尻尾。
そして、アメジストのような紫の瞳。
まさしく、あの時の命の恩人(恩狼?)
でも、今はキラキラした緑のオーラを見に纏っているから、違う狼さん?
いや、やっぱり同じ狼さんだ。直感だけど、瞳が同じだって言い切れる。
「ユリーナ、無事か?!」
銀狼さんが私に言葉をかけた。
そのことも驚きだけど、もっと驚いたのは、銀狼さんの声。
その声は、私が最も聞きたかった愛しい男性の声。
何故、ゼウォンの声なの…? 何故、私の名前を知っているの?
動揺しまくる私を正気に返らせたのは、シュオイの憎憎しげな声だった。
「守護精や朱焔族だけでなく、銀狼族までとは……召喚契約さえしていない人間の小娘に味方するのは何故だ?」
私を庇うように前に立った銀狼さんは、上体を低くして僅かに牙を見せながらシュオイに向かい合った。
「何故、召喚契約していないと知っている?」
「知れたこと。召喚印があるかどうか、その小娘の体中を調べたからだ(部下が)」
「……体中だと?」
銀狼さんは、ゼウォンの声で「本当か?」と私に聞いてきた。
「うん。そうみたい。気を失っている間に身包み剥いで調べ上げたって言われたの(リズに)」
「ユリーナを気絶させ…身包み剥いだ…だと…?」
銀狼さんは地底を這う様な唸り声をあげ、牙を剥き出しにする。
殺気が、殺気が物凄いです!
自分に向けられているワケじゃないのに竦み上がりそうデス!!
なんかよく分からないけど、銀狼さんは毛を逆立てて怒っている。
「ジジイ…テメェ、ユリーナの裸を見やがって(俺だって見たことないのにっ)…八つ裂きにしてやるっっ」
「「は??」」
思いがけずハモってしまった私とシュオイ。
そんな私達の反応を気にかけることなく、銀狼さんはグルルゥゥッと威嚇するような音を出し、先程の霧状球体を何発もシュオイ目掛けて放った。
シュオイは何やら結界を張ったようだったけど、銀狼さんがウオォォンッと吼えると結界は消滅してしまう。
銀狼さんが放つ球体を、牙を、爪を、ただ避けるだけで防御に徹しているシュオイ。
「スゴイ…」
『本当に凄まじい力ですわね。あの銀魔は〔主神の加護〕を使っていない状態でも相当の実力がありそうですわね!ユリーナさんのお仲間ですの?』
自然と口から洩れた呟きに、ミーグが賛同し、質問してきた。
「あ、うん。仲間…だと思う。確証はないけど…そうであって欲しいの。それよりミーグ、〔主神の加護〕って何?」
『え?〔主神の加護〕は言わずと知れた最高峰の神技ではありませんか』
え?そうなんだ。そういえば何か前にレギが言っていたことがあったような…
あれ、何処でだったっけ?
思い出そうと考え込んでいると、「ユリーナ!!」と私を呼ぶゼウォンの声がした。
ハッと顔を上げると、目の前の地面から何かが現れそうな気配がする。
『あのシュオイとやらが良からぬ者を召喚したようですわ!ユリーナさん、ご注意を!!』
あちこち痛む体を何とか起こそうとしていると、地面からボゴンッと現れたのは土巨人だった。
まだ完全に起き上がっていない私に、土巨人は腕を振り上げ叩き潰そうとしてくる。
ダメっ、逃げ切れない…
襲い来る衝撃を覚悟してギュッと目を瞑った。
でも---何も起こらない。
恐る恐る目を開けると。
そこには、土巨人の腕に深々と噛み付いている銀狼さんが、いた。
その後方で、銀狼さん目掛けて戦斧を振りかざしながら近づくシュオイ。
「危ないッッ、逃げて!!」
悲鳴じみた声で叫ぶも、銀狼さんは土巨人から離れようとしなかった。
なんで?!---もしかして…銀狼さんが牙を抜いたら、私が土巨人に襲われるから??
私のせいで銀狼さんが傷つくなんて、絶対ヤダ!!
薙刀を杖代わりにして、気合と根性で立ち上がると、私は土巨人をすり抜けシュオイに向かって突進した。
『ユ、ユリーナさん?!何を…』
「銀狼さんが、…ゼウォンが私のせいで傷ついたら、私は自分が許せないっっ」
シュオイがニヤリと笑う。その笑みは悪魔のようだ。
戦斧を大きく振りかぶるシュオイに、私も薙刀を構える。
力の差は歴然としていても、退けない時もあるのよ!!
戦斧と薙刀がぶつかり合おうとした刹那---上空から、声がした。
「ユリーナ、離れろ!!」
咄嗟にバックステップでシュオイから少し離れて上を見上げると。
そこにいたのは、夜空に映える朱金の鳥。
「『焔火球』!」
火の玉が瞬時にシュオイを襲い、もう1つ放たれた火の球が土巨人を襲う。
シュオイは結界らしきものを張って火の球を弾いたが、土巨人の方は火柱となり、崩れ落ちた。
「レギ?!」
朱金の鳥は私の近くまで降りてくると、すぐに陽炎の結界を張ってくれた。
「レギ…ホントにレギなの?どうしてここに…」
「ん?助けに来たに決まってんじゃ~ん。いきなり居なくなるからさ~、オイラもゼウォンも心配したんだぜ?ま、お礼はグクコの実でいいよ。ぐふふっ」
「あはは、間違いなくレギね。…ありがとう…助けに来てくれて」
「いいってことよ。久々に大暴れできたし~」
いつの間にか、銀狼さんも近くに来ていてレギに話しかけてきた。
「レギ!陽動は、平気か?」
「バッチリ~。当分、誰も来ないよ~。ゼウォンとユリーナが屋外に居てくれて良かったよ~。探す手間省けた。ぐふっ」
「悪いがこのままユリーナを守っててくれないか?アイツは俺が倒す!」
「そっか?手、貸そか?」
「いや、(ユリーナの裸を見やがったジジイは)俺だけでブチのめしたいんだ」
「ふ~ん、わかった。気をつけろよ、ゼウォン」
銀狼さんは身を翻して、シュオイに攻撃をし始める。
戦況は、先程と同じだった。攻の銀狼、守のシュオイ。
明らかに銀狼さんが圧している。
その攻防を見ながら、私は堪りかねてレギに尋ねた。
「あの、レギ。ゼウォンって、その…もしかして…銀狼、だったりする?」
「うん」
アッケラカンと肯定されちゃったよ。
「え?!ホントに?いつ知ったの??私、全っ然知らなかったよ!!」
矢継ぎ早にレギに迫ると「落ち着けよ~」と諌められた。
「オイラも、ついさっき知ったばっか。なんかワケがあって、ずっと人間として生きてきたんだって。落ち着いたら話してくれるってさ」
「そうなの…でも、なんで人型じゃなくて銀狼姿になったのかな?」
「〔主神の加護〕を使うためじゃ~ん。魔物型じゃないと本来の魔物の力は発動しないから~。」
「〔主神の加護〕……」
「そ。この屋敷にはさ、絶対防御の地のガードが張られていたんだよ~。それをブチ破れるのは神技じゃないと無理だったからさ~」
銀狼…ゼウォンとシュオイの戦いは、粗方勝負がついていた。
膝を突き、肩で息をしているシュオイに、ゼウォンが鈍く光る霧を吐く。
霧を振り払おうとするシュオイが、徐々に石化していった。
「『粉砕』!!」
ゼウォンの声と共に、石像となったシュオイは---砕け散って、砂になり…消えた。
星明りに照らされた庭園に、静寂が訪れた。
やっと合流!