第30話~生きることを諦めないで下さい~
「アレフさん……」
ミーグからの話で事情が分かってから、心の隅でモヤモヤと割り切れない気持ちがあった。
あの時、時間つぶしを『情報広場』でしなければ
あの時、アレフさんに話しかけなければ
あの時、アレフさんが私に指輪を握らせなければ
私は〔闇の帝団〕に捕まったりしなかったのに……
ゼウォンとレギから離されることもなかったのに……
「~たら」「~れば」と、変えられない過去を悔やんでも現状が変わるワケじゃない。
こんな非建設的なこと思ってみても意味ないって分っていても、どうしても自分の行動への悔恨と、アレフさんへの怨恨が拭いきれなかった。
でも、この男の人がアレフさんだと認識した瞬間、浮かんだのは恨み言なんかじゃなかった。
無事でいてもらいたいと思う。
グリンジアスに帰還して、第2王子様のもとに戻って欲しいと思う。
助けたい
そう、強く思った。
アレフさんのすぐ側まで近寄り呼吸を確かめると、弱弱しいが確かに息遣いが聞こえる。
生きてる!!良かった……
まずはアレフさんを拘束している太い紐を、亜空間から出したナイフで切って、彼の体を〔重力〕で軽くしてから、ゆっくりと横たえた。
それから色々な薬液と布と桶を取り出し、〔水〕の魔力で桶に水を満たす。
水に浸した布を絞って、血とかで汚れている部分を丁寧に拭いていった。
薬液を塗るにしても、表面の汚れを取らなきゃね。
一番血が付着している顔面右側を拭いている時「ぅぅ…」と微かに呻き声がしたので、彼の顔を覗き込むと。
アレフさんは薄っすらと目を開いた。
「アレフさんっ、気がつきましたか?!」
彼は意識がハッキリしないらしく、焦点の合わない視線で私を見ていたが、やがて2,3度瞬きをすると
「貴女は…もしやヌーエンの『情報広場』の…」
「はい。ユリーナといいます。アレフさんのお立場やグリンジアス王国の事情などはミーグに、指輪の守護精マイスミーグに聞きました。今、手当てをしますね」
再びアレフさんの顔を拭きにかかると、彼はジッと私の首から下げたままの指輪を見詰めていた。
「…それは…守護輪?」
「あ、はい。そうです。ミーグがここにアレフさんがいるって教えてくれたんですよ」
「……ユリーナ殿?」
「なんですか?」
「私のことは捨て置いて、早くお逃げください。そして守護輪をハフィスリーd「イヤです」
アレフさんの弱弱しい声を遮り、キッパリと否定してやった。
捨て置くなんて出来るわけないじゃない。
「このままじゃアレフさん〔闇の帝団〕に殺されちゃいますよ?自分だけ逃げるなんて出来ません」
だけど、アレフさんは意思の強そうな目を真っ直ぐに向けてきて。
「今の私は…ただの足手まといです。殺される覚悟は出来ていますので、どうか早くお逃げください。…貴女には…ユリーナ殿には…謝りきれないほど多大なご迷惑を…国の大事に巻き込んでしまい…何もして差し上げられないまま死ぬのは心苦しいですが、どうか…」
「イヤです」
再度、ハッキリ否定の言葉をアレフさんに言い放つと、キッと彼を睨んだ。
「生きることを放棄するのは止めてください」
感情が込み上げてきて、思わず涙が溢れそうになる。
でも、拳をグッと握って涙を抑えると、そのまま思ったことを口にした。
「私、正直アレフさんのこと少し恨んでました。なんでこんなことに巻き込んだの?って。
でも、今は心から助かって欲しいと思ってます。
グリンジアスには第2王子様や、他にもアレフさんの帰還を待っている人がいるんでしょう?
殺される覚悟が出来てるとか、何も出来ないまま死ぬとか、そんな風に自分の命に見切りをつけて欲しくないです。
……生きることを、諦めないで下さい」
そのまま少しの間、お互いの意思をぶつけ合うように見詰め合っていた、が。
先に視線を逸らしたのは、私だった。
手にしていた布に視線をずらすと、チャプっと桶に布を浸して、再びアレフさんの汚れを拭き取りにかかる。
アレフさんは、もう何も言わずに黙ってされるがままになっていた。
汚れを拭い終わり、今度は傷薬液を手に取り丁寧に塗っていく。
そういえば…と、疑問に思っていたことを思い出した。
「アレフさんは、どうして私にこの指輪を渡したのですか?ずっと、お聞きしたかったんです」
正直に答えてよって思いを込めて彼の目を見詰め、真面目な口調で尋ねてみた。
彼は私の視線を真摯に受け止め、『情報広場』の時と同じように真剣な目をして、言った。
「主神が導いてくださったと、守護精のお声が聞こえる貴女を…救世主だと思ったんです」
はい? 救世主?? 誰が???…私が?!
思わぬ答えに、目が点状態になっていると、アレフさんが弱弱しい声で続きを話す。
「守護輪が〔闇の帝団〕に渡り…シリルリード様が立太子なされたら…我がグリンジアス王国は西の地統一という大それた野望をお持ちの王妃様に支配され…西の地は多くの血が流れることになる…」
「え?!西の地統一?!ミーグ本当?」
『そうですわ、ユリーナさん。しかも王妃様に付いている貴族達も同じです』
王妃ってグリンジアス王国だけじゃなくって、西の地全部を狙っているのか。
ってことは、シプグリールだって平和なままじゃいられなくなっちゃうってことかな。
それは何としても回避したい。
むむぅ、と眉間に皺を寄せた私に、アレフさんが「あれ?」といった視線を向けてきた。
「ユリーナ殿?…守護精が何かおっしゃったのですか?」
「あ、ううん。王妃様ってとんでもない方なのね。でも、アレフさんも私を救世主だなんて勘違いも甚だしいですよ?私はただ…ちょっとだけ人と違う特殊能力があるってだけの、ただの小娘なんですから」
「特殊能力…ですか?」
『監視者』から与えられた〔意思疎通能力〕なんです~なんて言えないから、曖昧に笑みを浮かべて誤魔化すと、再びアレフさんの顔や体に傷薬液を慎重に塗っていった。
お次は解毒薬を首周りに塗っていく。効果があるかどうかイマイチ不明だけど、何もしないよりは良いだろう。
「かたじけない…」
申し訳なさそうに言うアレフさんに「私がしたいだけですから」と笑って答えた。
「さてと。あとは、腕と足ですね。こればっかりは薬液では治せないし…ねぇ、ミーグは治療術って使える?」
『残念ながらワタシクは守護精ですので、使える術も守護系のものばかりでして…お役にたてそうにないです。ですが、ユリーナさんは〔水〕の癒し魔力をお持ちですので、アレフ殿の腕と足を治して差し上げられるのでは?』
「え?そっか。今まであんまり魔法で怪我とか治したことなかったけど…やってみる」
私はアレフさんの右足の間接が元通りになるイメージを描きながら、彼の右足に自分の手を当て〔水〕の魔力を注ぎ込んだ。
すると---アレフさんの右足が治ったのだ。
「やった!治った~~っ」
これは、かなり嬉しい!
〔水〕の魔力って生活的なことばかりに使っていたけど、認識を改めなきゃね~。
それから左足、両腕と治して、仕上げとばかりに体力回復液も使った。
完全復活、とまではいかなくても、かなり状態の良くなったアレフさんは私に騎士の礼をとってくれた。
「本当に、ユリーナ殿にはなんてお礼を言ったらいいのか…。」
「お礼なんて、いいですよ。あ、そうだ。では1つお願いしてもいいですか?」
「なんなりと」
「実は、私、ここに連れて来られる前まで身に着けていたもの全部盗られちゃったんです。衣服はそんなに惜しくないですが、ブーツがですね、とっても軽くて素早さもあがる魔防具でして大金貨5枚もしたんです。あと、魔力を増幅させるブレスレットも着けていたのに、無くなっていまして。アレフさんが無事グリンジアスに帰還なされたら、ブーツとブレスレット買ってください(笑)」
冗談半分で言ってみると「え、そんなものでは足りないです」と驚きの反応。
大金貨5枚って、結構大金だよね?そんなもの扱いしちゃんですか…アレフさんってお金持ちなのかな。
「グリンジアスに戻りましたら幾重にもお詫びとお礼を致します」
「(う~ん、冗談だったんだけど、ま、いっか)とりあえず、今は早く此処から逃げましょう」
「御意」
しばらくアレフさんと一緒に黙々と地下道を進んでいたけど、ふと、思った。
「あの、指輪はアレフさんにお返しした方がいいですか?」
『ワタクシはユリーナさんがいいですわ。せっかくお話ができるんですもの』
アレフさんの返事を聞く前に、ミーグから「待った」がかかっちゃったよ。
ミーグの声が聞こえないアレフさんは
「出来ましたらこのままユリーナ殿にお持ちいただきたいところですが、これ以上ご迷惑をお掛けするのも申し訳ないですし…」
と、少し困ったカンジで眉を下げた。
「あ、アレフさん、やっぱりこのまま私が持たせていただきますね。ミーグも会話相手が欲しいみたいなので」
「え?会話相手、ですか?…はあ、承知しました。では、お願いいたします」
「ええ。お預かりします。もう乗りかかった船ですしね、何が何でも指輪を死守して第2王子様に王太子になっていただきましょうね!」
ニコっと笑ってアレフさんに宣言すると、彼も「そうですね」と笑い返してくれた。
おおぅ、笑うとカッコイイではないですか、アレフさん。
ま、ゼウォンの笑顔には及びませんけどね。
ゼウォン、レギ、待っててくれているかな。
今、私がいる場所は西の地でさえないかもしれないけど、必ずヌーエンに戻るから。
ギルドの伝言板とか、メルーロさんの転移紙使って伝言頼むとかして、何とか連絡とるから。
だから、無事に再会できたら。また、仲間として受け入れて欲しいな。
ゼウォンとレギの事を思いながら薄暗い地下牢道を進んでいると、ミーグの声が『お待ちください』とストップをかけたので、立ち止まった。
「どうしましたか、ユリーナ殿」
急に止まった私に、アレフさんが気遣うように声をかけてくれる。
「あ、ミーグが待ってって…どうしたの?ミーグ」
『邪気のある魔力を感じまして…』
ミーグの言葉をそのままアレフさんに伝え、亜空間から薙刀と、以前買ったまま使っていない短剣を出してアレフさんに差し出した。
「アレフさん、もし誰かが襲ってきたら使って下さい。たいした威力は期待できませんが、丸腰よりは良いかと」
「ありがたい。お借りします。ところで、その武器は?ユリーナ殿は魔法士ではないのですか?」
「これは薙刀といいます。私、魔戦士ですよ?まだ駆け出しですけどね」
更にアレフさんが何かを言い募ろうとした時
『誰かきますわ!気をつけてください!!』
ミーグが叫んだ。
すぐさま薙刀を構え〔風〕と〔重力〕の魔力で戦闘態勢を形成する。
私の動きにアレフさんも敏感に反応し、短剣を構えた。
流石グリンジアスの副隊長、本調子ではないはずなのに威圧感スゲーです。
湿っぽくカビ臭い地下道の床に、魔方陣のような円形の模様が浮かび上がった、と思ったら。
私をこんなところまで連れ込み、身包み剥ぎやがったアノ冷酷女が、相変わらずの冷たい顔で立っていた。




