第26話~夢オチではありませんでした~
視点が ゼウォン→主人公→第3者{ゼウォン} と変わります。
おかしい。これだけ探しているのに、何の痕跡も無いなんて。
『情報広場』周辺で、ギルド内で、宿屋までの道のりで。挙句の果てにはユリーナが今日の依頼を請け負った依頼者のところまで。
思いつく限りの場所全てで聞き込みをし、探し回ったのだが、土の刻以降でユリーナの姿を見かけたという話は一切出なかった。
滴り落ちてきた汗を無造作に拭い、もう何度目になるかわからないほど往復した道を歩く。
ギルドから宿屋までの道は光源石が埋めこまれているので、何か落ちていても比較的気づきやすい。
わずかな手がかりを探して凝りもせずにこの道を歩いていると、レギがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
今はもう水の刻になっていて人通りも僅かなためか、レギは躊躇うことなく真っ直ぐに降りてくる。
「ゼウォン、どうだ?」
「ダメだ」
「そっか……。やっぱ召還契約してもらえば良かったんだな…そしたら直ぐに居場所がわかるのに…」
ここまでしたら、もう普通に探したところで彼女は見つからないだろう。
こうなったら…アイツのところに行ってみるか。
土の季節になったから、今はヌーエンにいるはずだ。不幸中の幸い、だな。
「レギ、先に宿屋に戻っていてくれないか?」
項垂れていたレギが、顔をあげる。
俺の雰囲気を察してくれたのか、特に何も聞くことなく「わかった」といって宿屋へと飛んでいった。
飛んでいくレギを見送った後、俺は歓楽域の方へと早足で向かったのだった。
目が覚めたら、牢屋っぽいところにいました。
……はぁ、と寝起きなのに欠伸じゃなくて溜息を吐く私。
あ~…やっぱり夢オチじゃないのね。これ、確実に捕まっちゃってる状態だよね。
ハッキリと意識が覚醒すると、自分の姿にビックリ!
「なにこれーー?!私の服は?!大金貨5枚もしたブーツも無ーーーいっっ」
今の私、ボロ布1枚を頭からズボっと被せられただけ。裸足だし。
これ、〔闇の帝団〕とかいうヤツラの仕業だと思うんだけど…男の人がやったのかな?
ぅきゃーーーっっ、冗談じゃない!!
なんかされたようではないみたいだけど、それでも体を見られたかもしれないと思うと、憤りと恥ずかしさが綯い交ぜになる。
酷いっ、乙女の名誉を返せ!服返せ!!大金貨5枚ブーツ返せぇぇ!!!
とりあえず、亜空間から例の指輪と新しい着替えを出そう。
怒りが覚めやらぬまま、〔空間〕の魔力で亜空間を出そうとした、んだけど……
何故か、亜空間が出てこない。
あれ?おかしいな、もう1度。―――やっぱりダメだ。何度やっても出てこない。
「おかしいなぁ。どうして亜空間出ないの~?」
「ここが封魔牢だからよ」
ボソっと呟いた言葉に、思いがけず返事が返ってきた。
ビクッとして辺りを見回すと。
鉄格子越しに―――冷たい目をした緑の髪の女が立っていた。
大都市ヌーエンの東南部にある歓楽域は、一攫千金を狙う者や一時の快楽を求める者達が集う。
酒場や賭博場、娼館などが立ち並ぶ歓楽域の夜は、激しく呼び込みをする男達や媚びる様に体を摺り寄せてくる女達、それに応える客達で賑わっていた。
その中を、苛立っているかのような足取りで、早足に通り抜ける男がいた。
その男は、歓楽域には似つかわしくない鋭い殺気を放ち、誰をも近寄らせない。
男の足取りに迷いはなく、目的地に向かって真っ直ぐに進む。
男--ゼウォンは、とある酒場の前まで来ると、無造作に店の入り口扉を開けて中に入った。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
カウンターに座ると、酒場の店主が注文を取りにくる。
「リメ酒を1つ。それと…ソドブは居るか?」
ソドブ、と言う名が出た時、店主の片眉がピクリと動いた。
「お客さん…誰の事を言っているんですか?ウチにはそのような店員はいませんよ?」
「〔瞬耳のソドブ〕に用がある。今は土の季節だ。ヌーエンにいるはずだが」
店主が無言でカウンターテーブルにリメ酒を置いた。
ゼウォンは酒グラスを手に取ると、中身を飲むことはせずに店主を見据える。
「…今はいません。あと1刻ほどしたら顔を出すでしょう」
「わかった。ちょっと急ぎなんでな。このまま待たせてもらおう」
グラスの中のリメ酒を一気に半分ほど飲むと、ゼウォンは目を閉じて物思いに耽った。
1刻後
「なんでぇ、ヴァルの倅じゃねぇか。随分と無沙汰にしてんじゃねぇか。元気そうだな」
ソドブはゼウォンの顔を見るなり、口角をあげて声をかけてきた。
「まぁな。今日は〔瞬耳のソドブ〕に用がある」
「ほう……そりゃまた珍しいこった」
ソドブはゼウォンを探るように見ていたが、店主の方へと顔を向け、顎をしゃくった。
店主が頷くと、ゼウォンを促し地下階段へと向かう。
2人は薄汚れた小部屋に入ると、光源石をテーブルの上において向かい合わせで椅子に座った。
ゼウォンが無言で懐から皮袋出し、その中から硬貨を取り出した。
小金貨、大銀貨、中銀貨、小銀貨、大銅貨、それぞれ1枚づつをテーブルに並べる。
「世間話もなしにイキナリかよ?…まあ、いい。何が聞きたい?」
「今日の正光頃、『情報広場』で俺の仲間が厄介ごとに巻き込まれ、土の刻に姿を消した。仲間の名前はユリーナ。黒髪藍目の女魔戦士で、4日前に冒険者ギルドに登録した。彼女の行方を捜している。手がかりになりそうな情報、全てを買おう」
ソドブは考え込むように天井を見詰めていたが、やがて視線をテーブルに移すと、小金貨を手に取った。
5ツ星クラスの情報になるのか?!
内心の驚きは表情にださぬまま、ゼウォンは残った硬貨4枚を皮袋にしまった。
「ユリーナって女とオメェが一緒に行動してるってことは知ってんよ。あと、南の金魔もいるだろ?」
「……あぁ。(さすがソドブだな)」
「ユリーナか。そいつ、こっちの業界じゃ今、注目されてんぜ?」
ゼウォンが訝しげな視線を向けると、ソドブはヒョイと肩をすくめた。
「豪商魔の羊緑族族長とな、縁故みたいじゃねえか。ユリーナは、あの天災クラスの怪物ギルガが倒された時期にシプグリールに現れたらしい。ま、このへんの話は今回関係ないだろう。今日の正光に『情報広場』、か……」
ソドブは、手にしていた小金貨でトントンとテーブルを4回叩いた。
追加料が必要か。小金貨の手持ち枚数はそんなに無いな…。
ゼウォンは小金貨4枚と同額になる大金貨1枚を出して、テーブルに置いた。
するとソドブは、今度は大金貨で3回テーブルを叩く。
「…随分と取るじゃねぇか?」
「それだけのモンってことさ」
「情報の価値が満たなかったら金返してもらうぞ?」
「むろん、構わないさ。自分の商品価値を誤るほど耄碌してはいない」
ゼウォンは亜空間から丈夫な皮袋を取り出し、その袋の中から大金貨を3枚テーブルに置いた。
「今日の正光1刻前頃、このヌーエンに〔緑の民〕の男が来た。ソイツはグリンジアス王国ハフィスリード殿下付きの近衛騎士アレフ。〔大地の指輪〕を持っていた。そいつがな、ほんの僅かな間だが『情報広場』で青紫のローブを纏った黒髪藍目の女と接触したらしい」
ユリーナは厄介ごとに巻き込まれたみたいと言っていた。
それは…指輪を持っていたという騎士のことなのか?!
「……それ、ガセじゃねぇだろうな?ユリーナは国宝ドロに掴まったのか?!」
ゼウォンの表情は冷静にみえたが、声の強張りや目の焦りは隠しきれていない。
「国宝ドロって、おめぇ、そりゃ性急だ」
カカカッと笑うソドブに一瞥をくれると、ゼウォンは視線で話の続きを促した。
ソドブは笑いを収めると、真剣な顔つきになって身を乗り出し、一言。
「〔闇の帝団〕絡みだ」
〔闇の帝団〕だと?!西の地最凶の犯罪集団じゃねぇかっ
ゼウォンの射抜くような視線を、そのまま真摯に受け止めるソドブ。
小部屋に沈黙が流れる。
「……さすが、大金貨3、いや4枚の5ツ星情報だな。詳細は?」
「グリンジアスの王太子争いは知っているな?第1王子側のやつらが〔闇の帝団〕を使った」
「なるほど…そうか」
〔闇の帝団〕が人質をとるなり破壊工作をするなりで第2王子を脅し、守護輪を要求。
その受け渡しをグリンジアス国外の大都市ヌーエンにしたってところだな。
聡いゼウォンはすぐに状況を理解した。
「だが何故アレフとやらはユリーナと接触したんだ?彼女は何も知らないはずだ」
「残念ながら、それは分からん。分っていることは、正光1刻後に〔闇の帝団〕のヤツがユリーナ自身の情報を集めていたこと、騎士アレフが〔闇の帝団〕に捕らえられたこと。〔闇の帝団〕はすでに転移していてヌーエンには居ないってことだ」
「……ユリーナは〔闇の帝団〕に攫われたのか?」
ソドブは乗り出していた体をおこし、腕を組んで思案した。
そして、おもむろに口を開く。
「今日の情報をこれだけ持っているのは、ちょっと別件で〔闇の帝団〕を探っていたからなんだが…。これはあくまで推測なんだがな、ユリーナも騎士アレフも〔闇の帝団〕の根城に掴まっている可能性が高い」
「根拠は?」
「2人とも魔力が高いからだ。利用価値がある。ヤツラは吸える汁は吸い取ってから殺る主義だ。」
「ヤツラの根城は何処にある?」
ゼウォンのその問いに、ソドブは口をつぐんで押し黙った。
ゼウォンが視線で促しても答えようとはしない。
場所を掴んでいないのか?いや、そうなら知らないとハッキリ言うはずだ。
最凶の裏組織〔闇の帝団〕の本拠地だ。大金貨4枚程度じゃ教えられない、か。
ゼウォンは出しっぱなしにしておいた皮袋をドンっとテーブルに置いた。
「大金貨50枚入っている。足りないなら上乗せする。場所は何処だ?」
それでもなお、ソドブは黙ったままだった。
「頼む、教えてくれ」
「……おめぇ、本気なんだな。……いいだろう」
そう言ってソドブは、大金貨の入った皮袋をゼウォンの方へ押しやった。
訝しげなゼウォンに、挑発的な笑みを浮かべると。
「金はいらねぇ。〔自白薬〕を5人分だ」
「なんだって…?」
「〔自白薬〕だ。ヴァルがな、生前言ってたぜ。『息子は俺より薬師の才能がある』ってな。作れねぇとは言わせないぜ?」
「…あれは、禁薬だ」
「充~分、わかってるさ。配分を微量でも違えると、廃人や狂人になった挙句に死んじまうってんだろ?だからこそ、おめぇに頼むのさ。情報提供者を殺す気はないんでね」
どれ位の時が流れたのか。
逡巡していたゼウォンが、顔をあげてソドブを見た。
「わかった。2日あれば用意できる」
「よし。2日後の水の3刻に、またここに来てくれ。こちらも更に詳しい情報があがったら提供する」
ユリーナ…
相手が〔闇の帝団〕だろうとグリンジアス王国だろうと、関係ない。
必ず探し出して取り戻す!
ゼウォンの紫の瞳には、強い決意が表れていた。