プロローグ『オトロ・ムンド・ヴォヤージュ』
『オトロ・ムンド・ヴォヤージュ』
12月10日――私が支える王は、死んだ。
すべてはあの日から始まった。私、ラント・アイルの物語。
禁術魔法をその身に宿し、運命に抗い続けた「旅」の記録だ。
◇
私は、わずか130人ほどが暮らす、どが付くほどの田舎町で父と母の3人で暮らしていた。
始まりは3歳の頃。家に偶然置かれていた古びた魔法書を見つけ、私はまるで玩具に夢中になる子供のように魔法にのめり込んだ。
ただ楽しんでいただけだったのだが、気付いた時には5歳で火と風の魔法をマスターし、「2級魔法使い」と呼ばれるレベルに達していたらしい。もちろん当時の私にそんな自覚はなく、ただ庭で小さな火をつけたり風を起こしたりして遊んでいただけだった。
けれど、ひとつだけ問題があった。
家にこもりきりで遊んでいたせいで友達はおらず、私はいつも孤独だった。
そんな孤独を紛らわせるように魔法に没頭していた7歳のある日、私は一冊の本に目を留めた。
重々しい鎖で固く縛られた、いかにも異彩を放つ厚い本。幼い私はその鎖の隙間から見えた文字をなぞり、そこに記されていた禁術を発動させてしまったのだ。
『マナチェンジソウル』
魔力を命に変えるという魔法。その代償が何なのか、幼い私には知る由もなかった。
「あれ……これで、できたのかな?」
何の変化も感じなかった。手応えも、音すらもしない。
ただ禁術と呼ばれる魔法を使ってみた、それだけのことだった。
「ラント、ご飯よー!」
「うん、いまいくよ!」
母の声に返事をして、部屋のドアを開けた――その瞬間だった。
世界から、音が消えた。
いや……私の暮らしていた村そのものが、消し飛んでいた。
何が起こったのか、何も分からなかった。視界に広がっていたのは、一面の火の海と黒煙だけ。
「おーーい! とーさん! かあさーん!」
夢中で叫び、炎の中を走り回った。そして二人を見つけた時には――もう、息をしていなかった。
泣いた。声を上げて、喉が千切れるほど泣いた。
理由なんて分からない。でも二人はもう動かない。
……いや、分かっていたのかもしれない。あれは俺のせいで起こったことなんだと。俺が禁術なんて使ったから、俺は本当の孤独になったのだと。
二人を小さな丘に埋めた後、俺は村を後にした。
◇
それからの生活は、まさに悲惨の一言だった。
いくら魔法が使えたところで、世間を知らない7歳の子供が一人で生きていけるほど世界は甘くない。俺はどこだかも分からない薄暗い洞窟に身を寄せ、身を潜めるように暮らし始めた。
だが幸いにも、その洞窟には信じられないほどの数の本が捨てられていた。その多くは、古代の魔法書や技術書だった。
俺はあの日、村を焼き尽くした惨劇を忘れるかのように魔法に明け暮れた。
一秒たりとも読むのをやめなかった。本から目を逸らせば、あの火の海と、冷たくなった二人の姿を思い出してしまうから。
空腹になれば、洞窟に迷い込んでくる魔物を魔法で仕留め、その生肉を喰らった。生き残るためだけに、ただひたすらに魔法を貪り続けた。
そんな生活を続け、気づけば俺は13歳になっていた。
風と闇の属性魔法、そして洞窟の本から学び取った4つの禁術魔法を操るまでに成長していた。
そして俺は、6年過ごした洞窟を出る決意をした。理由は実にシンプル――洞窟にあった本を、すべて読み終えてしまったからだ。
けれど、俺には行くあてがない。世間の常識も、地図すらも持っていなかった。
当てもなく外を歩き始めて2日。何も口にできず、お腹は限界を迎えていた。
「はぁ……お腹空いたな……」
そう呟いた時、頭上を大きな影が横切った。見上げると、いつも洞窟の近くで見かけていた、赤い羽を持つ巨大な生き物が飛んでいた。
「よーーーし、あれでも狩るか」
俺は右手を上空へ向け、静かに魔力を練り上げる。
「風魔法――『デスウィンド』」
凝縮された鋭利な風の刃が空を切り裂く。
赤い羽の生き物は腹部に大きな穴を穿たれ、悲鳴を上げる暇もなく地上へと落ちてきた。
――どぉぉぉん!!
地響きと共に激しい土煙が舞い上がる。
「よし、獲物ゲットー!」
久々の肉にありつけると喜んだその時、カツカツと重厚な蹄の音が近づいてきた。
立派な馬に乗り、重厚な鎧を纏った男が、驚愕の表情でこちらを見下ろしていた。
「き、君が……この赤竜を一人で倒したのか……!?」
「え? 誰ですか、あなた?」
俺が首をかしげると、男はハッと正気に戻り、胸に手を当てて名乗った。
「あ、いや……無礼を許してほしい。我が名はレオン・クロス! クロス王国の王だ!」
周囲を固めていた兵士たちがざわつき、緊張感が走る。
だが、世間を何も知らない俺は、ポカンとした顔でこう返した。
「クロス王国って、なんだ?」
「まぁいいや、ごめん俺お腹空いてるんだよね」
ラントは赤竜を手慣れた手付きで切り分け、その場で生肉を食べ始める。
「一緒に食べる?」
無邪気に差し出された肉を見て、レオンは信じられないといった表情を浮かべた。
「おいおい、なぜ君は赤竜を生で食べているんだ?」
「え? なんでって、俺3日なにも食べてないからな」
「そうか……親は?」
「………………死んだよ」
「そうだったのか……すまん、不躾なことを聞いたな」
レオンは申し訳なさそうに眉をひそめると、ラントの手元にある生肉を見つめ、ポンと手を叩いた。
「だがところで、なぜ肉を焼かないんだ?」
「火魔法は…………使えない」
「そうなのか…………よし、決めたぞラント! 竜の肉を生で喰うのはやめだ。我が城へ来い!」
「え? 城?」
「そうだ。我がクロス王国には腕利きの料理人がおる。美味い肉のローストも、温かいスープも、いくらでも腹いっぱい食わせてやる。どうだ、俺と一緒に来ないか?」
「う…………ん、そこのクロス王国ってところは、魔法ができるやつはいるのか?」
「魔法? あぁ勿論いるぞ。しかも我々の国には特級魔術師が5人もおる」
(特級なんとかは知らないが、おそらく俺よりも魔法が使えるやつらなんだろうな……)
「ならいくよ、俺! クロス王国!!」
「そうか、よろしくな。えっと、名前は……」
「あ……俺の名前はラントだ。よろしくな」
「ではラント、ともに行くぞーー!」
レオンは振り返り、兵士たちに声を張り上げた。
「おい、者共! 赤竜の肉を回収し、急ぎ城へ戻るぞ! 今夜は大宴会だ!」
「「「はっ!」」」
兵士たちが手際よく赤竜の巨体を運ぶ準備を始める中、ラントはレオンの馬の足元で、自分の手をじっと見つめていた。
(特級魔術師が5人……。俺より強い魔法使いがいれば、あの日のこと……村が燃えた本当の理由や、禁術のことも分かるかもしれない)
胸の奥に渦巻くトラウマと不吉な予感を押し込めながら、ラントはレオンに差し出された手を取った。
「乗れ、ラント。馬に乗ったことはあるか?」
「ううん、初めて。……あ、でも風で浮くから平気」
「ハハ、お前といると退屈しそうにないな!」
こうして、世間を知らない最強の少年と、過酷な運命を背負う若き王。二人で歩む日々が始まった。
◇
そして、30年後――。
クロス王国は、ラントという最強の魔法使いのおかげで、圧倒的な国力を誇る世界一番の大都市となっていた。
そして今、私は彼と話している。
「ラントよ……我は最近、お前と出会ったときのことを思い出すのだよ」
「あぁ……私があなたに拾われたときですね」
ベッドの上で横たわるレオンは、かすれ声で嬉しそうに笑った。
「ハッハッハ、ラント。あの時、生の肉を食っていたお前を見た時は我が目を疑ったわい」
「あー……ありましたね、そんなことも」
私は溢れ出る涙をこらえることができなかった。
「まさか、一番得意だった火魔法を使わずに生きてきたなんてビックリしたわ」
「そう……ですね」
「さらには禁術を使ったときは、こんなガキがいるのかと驚いた」
ひとつひとつの言葉に、レオンの命の灯火が消えかけているのを感じる。
「そう……ですね……」
「なぁラントよ。お前は私が死んだ瞬間、おそらく一人になる。そしてその後、お前はこの国に利用されるだろうな」
「そうですね……」
「そのときは、もう俺はいない! 自分の好きに生きろ。そしてもし……また支えたいと思える奴が現れたら、俺のときみたいに、ちゃんとサポートしてやってくれ」
レオンは優しく微笑み、最後の力を振り絞って言った。
「お前は……俺の最高の右腕だ」
その言葉を最後に、レオン王は静かに息を引き取った。
王の死と同時に、ラントを「最強の兵器」として利用しようとする野心的な貴族や側近たちが動き出す。
――ドンドン!!
「お開けください、ラント様!」
部屋の外から、あいつらの声が聞こえる。
だが、30年間王に尽くしてきたラントにとって、レオンのいないこの国に未練など微塵もなかった。
「レオン……俺、新しい世界を見て、また支えたいと思える人を探しに行くよ」
ラントはレオンの遺言を胸に刻み、あの禁術を展開する。
「禁術――『オトロ・ムンド・ヴォヤージュ』プラス『マナチェンジソウル』!」
部屋全体が眩い光に包まれ、空間がぐにゃりと歪んでいく。
貴族たちが扉を破って突入してきた時には――すでに、ラントの姿はどこにもなかった。
次から1話になります。
ぜひ楽しみにお待ちください




