休職中の働きアリ、キリギリスと歌う
過労と適応障害と診断された。医者によると、数ヶ月休職しなければならないらしい。
「そ、そんな。俺は働きアリですよ。そんな休職なんてできません」
「ダメです。あんた、これ以上働いたら、命に関わる。過労自殺してきた働きアリだけでなく、色んなヤツらを見てきた。休むのも仕事だ」
医者の物言いに納得いかなかったが、特に過労がひどく、身体的な症状も酷い。結局、医者に従う事になってしまった。
休職といっても最初の数日は落ち着かない。ずっと頭が騒がしく、職場のアレコレを考えてしまい、全く眠れない。
「どうしよう。俺は働きアリだ」
手帳はまっしろ。今までだったら仕事、副業、勉強会などで真っ黒だった。その空白が耐えられない。かと言って医者に止められている手前、何もできない。焦りだけが降り積もっていく。
そして積もりに積もった焦りは、ろくでもない結果となった。上司に復職を訴え続け、面倒なヤツだと思われて解雇となった。さらに焦って職探しをし、合わない業種や夜勤もやってしまい、過労と適応障害が再発。でも焦る。無理に復職や転職。合わない。再発。焦る。以下無限ループ。
「どうすんの? 俺……」
ハロワークの近くの公園にいた。ベンチに座って自分の履歴書や職務経歴書を見るとブランクや短期離職でぼろぼろだった。かといって働いていた時は長時間労働だったし、武器になるような資格を取る余裕もなかった。気づくと年もくった。取り返しがつかない年代に入ってしまった。
見上げると桜の花が満開だ。冬は終わった。麗らかな春のはずなのに、俺の心は氷みたい。全然溶けない。くしゃみがでた。花粉症もちでもないのにな。
「歌え! 叫べ!」
その時だった。公園にストリートミュージシャンがなんか歌っていた。アップテンポで熱血系の曲。実に暑苦しい歌声だった。誰も聞いていない。
しかも歌っているのはキリギリス族の男だった。キリギリスといえば遊んで暮らしている怠け者だ。よく冬を越せたよな。しかもその下手な歌声、本当に耳障り。
「おー、お前さんは働きアリか?」
露骨に耳を塞いだのが悪かったのだろうか。キリギリスの男に目をつけられた。チャラチャラとした衣装で、帽子も派手。ギターもデコっているから、目がチカチカする。声もでかい。第一印象はうざい男。
「そうだよ。悪いかよ。でも職歴ぼろぼろで今は無職だ。いや。ニートで引きこもりっていうやつかね?」
「お前さん、何言ってんだ。無職だなんて最高じゃないか。ニートも引きこもりも働きアリからしたら喉から手が出るんじゃねーか?」
うざい男だ。大きな声で正論を言われた。事実全くその通りだ。こうして無職で焦っているとはいえ、仕事をしていないから妙に身体は健康的。ストレスで爆食いすることもないから、痩せてしまい、なんか元カノから復縁したいというメールもきた。無視したけど。
「だったら今を感謝して楽め。そうだ、歌え!」
「はー?」
なぜだが知らないが、キリギリスにカラオケに誘われて、一緒に歌うことになってしまった。意味がわからない。隣でデカい声で歌われると、迷惑だ。
「おぉ、歌え! 歌ったらストレス全部吹き飛ぶぞ」
「そうですかね。俺は今の状況が大変なストレスなんですが」
とはいえ、下手だと思っていたキリギリスはカラオケで高得点を出していた。嘘だ。そんなわけない。俺の方が歌上手いんじゃないか?
気づくと歌ってしまった。アップテンポの曲だ。歌っているとノリに乗ってしまい、最後はシャウトまでしていた。汗も流れていた。身体があったかい。それに履歴書とか職歴も忘れてしまっていた。
「どうだ。楽しいやろ?」
ニヤニヤ笑っているキリギリス。否定できないから困ったもんだ。
それから俺はキリギリスとよくカラオケに行くようになった。平日の昼間っからカラオケ。その背徳感が何か刺激するから不思議なもんだな。
「おー、上手い。働きアリよ、最近歌が上手くなってねぇか?」
「キリギリスさんは相変わらず下手だけど」
「お前、本当性格わりぃ。まさに働きアリって感じ。俺が冬に飢えても見捨てるんだろ?」
「それは自業自得ってやつでは」
「やっぱりお前、口も悪いな!」
キリギリスはガハハと豪快に笑っていた。わからない。俺もつられて笑い、気が抜けてしまった。新しい仕事もどうでも良くなった。
結局、キリギリスの紹介された仕事をすることになった。楽器屋で週二回ぐらいの接客や清掃のバイト。ほとんど仕事もない日もあり、責任もない。働きアリの俺としては楽な仕事だったが。
とある働きアリが客としてやってきた。キリギリスに用があるらしい。
「え? あのキリギリスって楽器職人だったんですか?」
「ええ。それで彼が作った楽器が欲しいんですが……。まあ、彼は休職中だから難しいですかね」
働きアリによると、キリギリスは働きすぎたらしい。手もあまり動かなくなり、強制的に休職となり、現在に至るそうだ。
「残念ですが、休むのも仕事ってことですかね。あぁ、でも彼の作った楽器が欲しかったな」
働きアリは名残り惜しそうに帰っていく。
「休むのも仕事……」
今の俺、その言葉がすぅっと心に染み込むから不思議なものだ。
「歌え! 叫べ!」
そして今日もキリギリスが隣で歌ってる。相変わらず下手くそな歌だ。聞いてられない。
「歌え! 叫べ!」
ついつい俺も一緒に歌い、叫んでしまう。馬鹿馬鹿しい。なんの生産性もない時間だが、それも仕事かもしれない。




