FIRE働きアリ、キリギリスと幸せを探す
本音では働きアリなんて嫌だった。
「やった。つ、ついにFIRE達成したぞ!」
通帳を見ながら笑いが止まらない。投資に成功し、若くしてFIRE達成した。これで働きアリとしての生き方も終了。満員電車に揺られることも、上司に怒鳴られることも、少ない給料に涙を飲むこともない。実に幸せだ。
そして一年、遊び続けた。働きアリだった過去が嘘みたいに遊んでいたが。
「あれ?」
気づくと孤独だった。平日、友達はみんな働いてたし、いつのまにか話が合わなくなっていた。FIREしたなんて言うと、嫉妬してくるものもいて面倒だったし。だからと言って趣味もなく、せいぜいお酒を飲むぐらいしかやることがない。孤独の上に暇。思っていた幸せとなんか違う。
「あれ? 何かが違うんだが……」
あれだけ嫌な労働から解放されたっていうのに、心には空洞があった。なぜだ。もう嫌なものは全部ないのに?
ピンポーン。
そんな時だった。家のチャイムがなった。最近は僕の金目当てで詐欺師が家に来るようになったので、警戒しながら出る。
「働きアリさん。あなたは神さまを信じますか?」
はい、アウト。詐欺師ではなかったが、家の前には宗教の勧誘者がいた。しかもキリギリス族。遊び人で有名なキリギリスだ。顔も見たくない。
「そんな平日の昼間から宗教勧誘か。暇だねぇ。働けよ」
「そんな……。働きアリさんだってFIRE中じゃないですか。結局、働きアリとか言っても、心の底から労働は嫌だったんでしょう? 嘘はつけません。神さまが見ておられます……」
「お、おぉ……」
言い返せない。カルト宗教信者のキリギリスといえど、論破は得意なのだろうか。そう、僕は働きアリとか言っいつつも、労働なんて大嫌いだった。お金さえあればできれば避けたい。この結果がFIRE中の孤独なんて色々笑えんが。
「まあ、どうせ暇だし、カルト宗教のヤバさとか聞いてやっても良いよ?」
「上から目線ですねぇ……」
キリギリスは呆れていたが、成り行きで近所のカフェへ。漫画も読み放題で居心地のいいカフェだ。キリギリスのくせに遊び慣れていないのだろうか。キリギリスはキョロキョロあたりを見回していた。
「なんだよ。こういう漫画あるカフェとか行ったことないの?」
「ないですね。教団の方針上、漫画、アニメ、YouTube、映画、音楽、ゲームも全て禁止です」
「は? そんなバカな話あるの?」
「あるんですよ、コレが」
キリギリスはため息をつく。教団では、禁止事項がとても多く、一つでも違反すると天国に行けないという。
「〜しちゃいけないで僕の人生は終わってますね」
自虐しているキリギリスを見ていたら、笑えない。
「まぁ、とりあえずパフェでも食べない?」
「いえ、禁止された材料が」
「いいじゃん。誰も見ていないぜ?」
キリギリスにそう囁くと、なんと彼はパフェを食べていた。クリームたっぷりのパフェだ。カラースプレーも散りばめられ、どう見ても敬虔なカルト信者のキリギリスと不釣り合い。
「お、おいしいじゃないですか」
しかもキリギリス、パフェのうまさに感動し涙目になっている。あぁ、コレは本心では教団への忠誠心なんてなさそう。
本当はこのキリギリスも遊びたいんじゃないか?
「漫画も読んだら? 俺はこのロボット戦記ものの漫画がおすすめ。ちょっとエロいシーンみあるけど」
「エ、エロ……?」
キリギリスは顔を真っ赤にしていたが、漫画もチラチラ見てるじゅないか。
なんか僕も面白くなってきた。このキリギリスを揶揄ってみるのも。宗教の論破とかするより、遊びを教えた方が洗脳が解けるんじゃないか?
「さあ、次は映画館へ行こうぜ」
「えっ、映画館ですか?」
キリギリス族のくせに映画館すら行ったことがないらしい。もう逆に面白くなってきた。映画館では派手なアクション映画をポップコーンとコーラと共に楽しみ、世間すらずなキリギリスの反応を見ながら、ニヤニヤしていた。
「え、映画館って大きいんですね」
「そうさ。しかも平日の昼間に行ったら、空いてていいよな」
「ええ!」
しかもキリギリスのやつ、満面の笑顔じゃないか。宗教勧誘してきた時は、真っ暗な顔をしていたのに。
「次は酒飲もう。平日の夕方に酒も最高じゃね?」
「えー???」
戸惑っているキリギリスを引っ張りビアガーデンへ。夕暮れの空を見ながら、キリギリスとビールを飲む。
「おい、キリギリス族のくせにお酒もろくに飲めないんだな」
「いえ、そんな……」
キリギリスはちょっと飲んだだけで顔が真っ赤になっていた。ちょっと面白い。こんな遊び慣れていないキリギリスが存在したなんて。
「でも働きアリさんこそ、遊びが上手です」
「そうさ。FIRE生活一年もあったしな。それに仕事終わりにカフェ行ったり、休みの日に映画館とかビアガーデンもよく行ってたな」
もはやそんな過去も懐かしいが、それは逃げだったのかもしれない。その時ですら心の底から楽しくなく、労働の苦痛を和らげるための麻薬だった。今のFIRE生活だってそうかもしれない。嫌なことを避けているだけで、本当に幸せを探していたかはわからない。
「僕は今日、一日楽しかったですよ。久しぶりに教団からの禁止事項から全部解放されて」
「そうか……」
「幸せはそのレベルでいいんじゃないですかね」
珍しくキリギリスの声は優しい。
「そうか……」
今の生活でも、幸せは見つけられるかもしれない……?
「とりあえず、また遊ぶ? とことん、僕は楽しいこと教えてあげるよ」
「えー?」
キリギリスの顔は真っ赤だ。確かにこんな表情を見ているだけでも面白くなってきた。幸せも案外、こんなレベルでも良いのかもしれない。




