NISA貧乏働きアリ、キリギリスと旅に出る
きっかけは自己啓発セミナーだった。将来の日本の年金制度は絶望的だという。だから少しでも投資してお金を増やそう、と。そこで目をつけたのはNISAだった。なんせ友達もやっている者も多いし、怪しくない。コレなら大丈夫という確信もあった。あったはずだった。
「腹減った……」
給料の大半を投資に使っている為、今日も質素な貧困飯。卵かけご飯とほうれん草の味噌汁のみ。肉もフルーツもないが、もう一年以上もこんな食生活だ。
「腹減ったなぁ……」
お腹だけでなく、趣味も全部やめて投資で老後資金を蓄えないと。日本の年金制度なんて当てにできないし、いつ何があるかわからない。今のうちに投資しておけば、将来はきっと……。
それに俺は働きアリ。労働以外でお金を得るには投資しかない。いくら食生活が貧しくても、NISA貧乏だと言われようと、将来の不安が消えないよりマシ。
「明日から連休か」
カレンダーを見てもなんの予定もない。図書館の本を読むか、YouTubeか散歩ぐらい。
その中では散歩が一番良さそうだ。タダだし。健康的にも良いし、連休の一日目、近所の公園に行く。
「空の鳥をみなさい〜♫ 働きも紡ぎもしないのに、神様は命を守ってくださる〜♫」
公園ではミュージシャンがいた。しかもキリギリス族だ。派手な衣装やチャラチャラとした髪の毛に「ケッ!」と唾を吐きたくなる。
働かないキリギリス族なんて、冬がきたら真っ先に飢えて死ぬ。老後なんて眼中にないだろう。その日暮らし。良いご身分だ。俺はキリキリと働き、給料も投資に使い将来に備えているというのに。
そんな事を考えていたからか。うっかりキリギリス族の男と目が合ってしまった。俺は睨んだが、キリギリスはなぜか笑顔。ぽわんと何にも考えていなさそうな笑顔だ。
「よお、働きアリくん」
「なんだよ」
「俺は働かないキリギリス。歌って生活している」
「あ、そう」
「なんなら一緒に旅にも出ないか?」
「は?」
「ちょうど連れが急にライブの仕事入ってさ。どうしよっかな。いい機会だし、一緒に海でも行くか?」
「何言ってるんだよ」
もちろん断った。遊び人のキリギリスと一緒にいてもストレスが溜まるだけ。そもそも旅するお金もない。
「うまいアジフライ、奢ってやるよ。海辺の食堂で最高なんだよ」
「う、うまいアジフライ……」
不意打ちだった。貧乏飯に慣れきっている中、アジフライという禁断のワード。サクサクの衣、ふっくらしたアジ、ソースの濃い味。そんなイメージが流れこみ、キリギリスに逆らえない。
もう、なりゆきだ!
気づいたら、キリギリスと旅に出ていた。まずはローカル線を乗り継ぎ、海を目指す。三回も乗り換えをするが、確かにこういう旅って悪くもないかも。何よりアジフライが食べたいし。
「ってキリギリス族は、本当に毎日、歌って生活しているんか。お金とかどうなっているんだよ」
「それが意外と何とかなっていてな。神様が守ってくれているのかもしれん」
「はー? 神様?」
そんな非科学な話、信じたくないが、キリギリス族ははっと顔をあげた。旅費が入った封筒を家に忘れてきたという。
「は? どうするんだ? これから二本も電車を乗り継ぐんだろ?」
俺はイライラをぶつけてしまったが、キリギリスは何も動じていない。
「俺は嫌だからな、お金出すの。銀行のATMも手数料取られるし!」
「まあ、そんなにカリカリするな。ヒッチハイクでもすればいいだろ?」
「な、ヒッチハイク?」
目玉が出そうなぐらい驚いた。そんなヒッチハイクなんて眼中にない。昭和世代の親の言葉ではアウトオブ眼中ってやつ。
「大丈夫、大丈夫。何とかなるって」
「そうか?」
といってもなぜかキリギリスに逆らえず、駅前ロータリーでヒッチハイクをしていた。このあたりは都会とは言えないし、車すら来ないんだが……。
「そんな大丈夫とかあるか? 車すら来ないじゃないか」
「まあまあ、ゆっくり待とう」
「何でそんなにマイペースなん?」
「逆に慌てて良い事あるんか?」
キリギリス、嘘は言っていない。むしろ事実だ。ここで慌てて何になる。確かに、そう。急に肩の力が抜けてきた。
空を見上げる。小さな鳥が飛んでた。ツバメだろうか。野生動物って働いてもいないのに、投資もしていないにに生きているな?
「何で鳥って生きているんだ?」
「神様が守ってる。鳥ですら生かしているのに、我々が困ることは決してないよ」
「そ、そうか?」
「実際、この豊かな国に住んでいて食いっぱぐれた経験、ある?」
「な、ない……」
「将来不安のために、NISA貧乏やってたら本末転倒だ」
「な、なんでそんな事知っているんだよ?」
「働きアリ界隈では流行っているからな」
ニヤリと笑うキリギリス。嫌なヤツだ。アジフライにつられたとはいえ、こんな一緒に旅して後悔しかけた時だ。
「ヒッチハイクかい? 乗ってく?」
いかにも農家のおじさん風の男に拾われた。ワゴンカーで、あっという間に海辺までついてしまった。
「ありがとう、おじさん」
なんとなく釈然としないながらも、お礼を言う。キリギリスも笑顔で頭を下げていた。
「ほら、何とかなっただろ?」
「たまたまだよ。っていうかアジフライ代はあるのか?」
「ない」
「ちょ、ここまで来て……」
もう目の前に海が広がっている。潮の匂いもするし、カモメも飛んでいるのに、キリギリスは全く動じない。それどころか、砂浜に腰掛けると歌を歌っていた。
「空の鳥をみなさい〜♪」
また、あの歌。キリギリスの少しハスキーな声がやたらと耳についてしまう。
「働きもしない♪ 紡ぎもしないのに♪ 神様は空の鳥も守ってくださる〜♪」
潮風と混じり合うキリギリスの歌、なんだか子供の頃に聞いた歌みたい。眠くなってきた。子守歌か。
海辺のサーファーや漁師もキリギリスの歌を聴いていた。気づくとキリギリスの周り、観客に囲まれ、小銭も投げられていた。中にはお札もある。一万円札もあった。
「キリギリスのお兄さん、癒されたよ。ありがとう!」
歌い終えたら、拍手喝采。俺もなぜか拍手を送ってしまった。
「ありがとう。また、聞きにきてね」
キリギリスは頭を下げると、眩しい笑顔を見せていた。
「な、何とかなっただろ?」
結局、キリギリスと一緒にアジフライを食べていた。衣はサクサク、アジの身はふっくらと柔らかく、ソースが全てが包み込む。付け合わせのキャベツや味噌汁も食べ放題だ。白米も艶があり、あっという間に食べつくしてしまう。
「うまい……」
特に好きでもないキリギリスと一緒に食べているのに、美味しい。今までの貧乏飯はなんだったのだと思うぐらいだ。
「無計画で金もない旅、案外悪くないだろ? 野生のカンも冴えてくる」
「そうか?」
「何とかなるよ。君は働きアリで真面目なんだろ? だったらいいじゃんか。老後の心配ってそんなに必要か?」
キリギリスの抜けた顔を見ていたら、降参することにした。箸をおいて両手を上げる。
「確かに。何とかなったな。老後も何とかなる?」
「少なくともたまにアジフライを食べに来ても大丈夫じゃないか? 心配すんな」
なぜかキリギリスが頼もしく見えて仕方ない。こんなヤツ、好きじゃないのにな。
「それはともかくアジフライはうまいよな」
「それは働きアリくんに同意」
二人で目を見合わせる。吹き出してしまった。こんな旅も悪くない。




