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第一部:個の物語 ―内省の時代― 第6話 「康介――最適を求める男」

平日の夕方、曇り空だった。


会議に向かうガラス張りのエレベーター。

窓の外の景色が目に入った。

何の変哲もない、夕暮れの街。

特別なビルも、特別な光もない。

ただ、そこにあるだけの風景。


先日、部下の田中が結婚式で聞いたというスピーチの言葉が、頭をよぎった。


(特別じゃなくていい——ふと、思った)


康介は会議で「最適じゃなくてもいい。いや、そのままでいい。」と発言した。

会場が一瞬静まり、すぐにどよめきが広がった。

康介は、胸に奇妙なざわめきを感じていた。自分がこれまで追い求めてきた「最適」が、突然脆く見えたからだ。


その夜、康介はカフェ「あおい」に来た。


窓際の席に座り、アメリカンコーヒーを注文した。


向かいの席の気配を感じながら、康介は低く言った。


「今日、会議で『最適じゃなくてもいい』と言いました。


 自分でも驚いています。ずっと『最適』を基準に生きてきたのに、いつの間にか、そう思えるようになっていました。


 でも、言うと同時に怖くなりました。最適を捨てたら、私は何を基準に生きればいいのか。


 父に教えられた『正しい選択』が、私のすべてだったのに。でも、その『正しい選択』も、誰かの『正しい』だったのかもしれない。自分自身の『正しい』は、ずっと後回しにしてきた」


康介はコーヒーを一口飲み、苦い味を噛みしめた。


「これからは、自分の『正しい』を探していきたい。それが『最適』じゃなくてもいい。あなたは何も言わないけど、そう言っている気がする。初めて、自分の言葉で何かを選べる気がします」


康介は小さく息を吐いた。


「ありがとう。また来ます」

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