第一部:個の物語 ―内省の時代― 第2話 「光莉――問い続ける女」
木曜日の午後、大学の就職活動イベント会場。
光莉はゼミの先輩に誘われて参加していたが、内心では後悔していた。
ブースを回るたび、企業の説明員が並べる「成長」「挑戦」「やりがい」という言葉が、すべて空虚に聞こえた。
彼女は人の「核」を研究している。
なのに、自分自身の核が何なのか、最近ますますわからなくなっていた。
あるブースの前で足が止まった。
そこにいた女性(E)は、他の説明員と少し違っていた。台本を棒読みするのではなく、学生一人ひとりの目を見て、静かに話していた。
無理に笑わず、ただそこにいるだけで、なぜか安心するような雰囲気だった。
光莉は思わず尋ねた。
「……人と話すとき、何か心がけていることはありますか?」
Eは少し考えてから、答えた。
「あまり特別なことはしてないんです。ただ、その人の言葉を、そのまま受け止めようと思っているだけです。答えを出さなくても、そこにいるだけでいいんだって、最近思えるようになったので」
その言葉が、光莉の胸に刺さった。
(答えを出さなくてもいい……? 私はずっと、わからないことを放っておけなかった。放っておくと、胸が苦しくて、夜も眠れなくなるのに……)
光莉はメモ帳にその言葉を書き留めながら、罪悪感に似た感情が湧くのを感じた。
(私はこの女性の言葉を、研究材料のように扱っている……また、誰かを「観察」して、利用している)
その夜、光莉は初めてカフェ「あおい」に来た。
窓際の席に座り、ハーブティーを注文した。
向かいの席の気配を感じながら、光莉はノートを開いた。
「……あなたが、ずっと気になっていました」
彼女は声を震わせながら話し始めた。
「私は人の『核』を研究しています。何があっても揺るがないもの。その人らしさの源。でも、最近、自分自身の核がわからなくなってきました。わからないことを放っておけない。放っておくと、胸が締め付けられるように苦しいんです。
今日、就活イベントで一人の女性に出会いました。Eさんという方です。『答えを出さなくても、そこにいるだけでいい』って言っていました。
その言葉が、すごく羨ましかった。
私は、いつも答えを求めすぎて、人を傷つけているんじゃないか……。研究という名目で、誰かの言葉を、誰かの心を、勝手に分析して、利用して……」
光莉はペンを強く握りしめた。
「わからない。でも、わからなくていいのかもしれません。あなたは、わからないことを受け止めてくれる。答えを出さずに、そこにいてくれる。それが、人にとっての『安心』なのかもしれません。でも、私にはそれが許されない気がするんです。許されたら、私は私でいられなくなる気がして……」
向かいの席の気配が、微かに揺れた。
光莉は静かに微笑もうとして、失敗した。
「ありがとうございます。また来ます」




