第三部:読者の物語 ―エピローグ― 「あなたの席」
あなたは、ページをめくるたびに、誰かの言葉を受け止めてきた。
拓の迷いも、瞳の空白も、康介の最適も、純の観察も、沙織の画布も、Eの普通も、光莉の問いも。田中が救われなかったことも。言葉が歪んで伝わったことも。将軍や作家や研究者たちの呟きも。あの老人の呟きも。そして——誰も意図しなかったのに、確かに繋がっていた七つの糸も。
彼らは、あなたに語りかけていたのかもしれない。あなたは、ずっとそこにいたのだから。
カフェ「あおい」は、今日も静かにそこにある。
窓際の席には、誰もいない。でも、確かに「何か」がいる。
新しい誰かが、初めてその席に座るかもしれない。誰にも言えなかったことを、話しに来る。答えを求めているわけじゃない。ただ、受け止めてほしいだけなのだ。
そして、その言葉は、いつか誰かに伝わる。知らず知らずのうちに、誰かの「核」に触れる。伝わらないこともある。歪んで伝わることもある。届いても、それが救いにならないこともある。それでも、言葉はそこに残る。
あなたがページを閉じると、カフェ「あおい」の窓際の席に、そっと温もりが残る。
その温もりが、誰のものだったのかは——わからない。
あなた自身のものかもしれない。
あの「何か」のものかもしれない。
あるいは、これからその席に座る誰かのものかもしれない。
あるいは——あの老人のように、願いの残り香かもしれない。
それでも、確かにそこにあった。
あなたが席を立つと、そこには、確かに温もりが残っていた。
また来てもいい。来なくてもいい。
でも、誰かが迷ったとき、あなたの沈黙が、その人を救うかもしれない。
あなたが、その席に座ったのだから。
---了---




