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婚約破棄された兵站文官令嬢は、補給台帳で戦果偽装を暴く 〜弾薬の欠番が示したのは、敗戦ではなく“作られた勝利”でした〜  作者: ヲワ・おわり


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第8話 欠番地図を作る

 レイナは帳票室ではなく、倉庫壁の大図面の前に立っていた。今日は数字を文章ではなく、線と点で示す日だ。


 机上で読める違和感は、審理で「たまたま」と処理されることがある。だが地図上で偏りとして示せば、偶然の説明は難しくなる。


 彼女は三色の糸を使った。赤は欠番、青は重複、黒は遅延。まず直近七日。次に作戦日帯。最後に死傷増加帯。


 赤と黒が北西補給路へ寄っていく。青は王都指定便の中継所に偏る。全体散布ではなく、帯として固まっていた。


 ガレスが図面を見上げる。


「戦況が悪い区間に偏ってるだけじゃないのか」


「それなら南側高圧区間でも同程度に出ます。今回は北西だけ突出しています」


 ミリエルは行政境界の薄紙を重ねた。


「ここ、管轄の受け渡し点が連続してる。責任線が切れやすい区間です」


 責任線の切れ目は、改ざんに都合がいい。レイナは《欠番地図一次版》を起こし、窓口提出用は主張を三点へ絞った。


 一、欠番は偏在している。

 二、偏在は管轄切替点と重なる。

 三、偶発説明では再現できない。


 午後、北西補給路の巡回へ出る。検問標識は二つ。帳票上は一つ。もう一つは臨時板で、記録札番号が欠けていた。


 倉庫責任者バルドが首をかしげる。


「この板、誰が設置した」


「帳票には出ていません。だから残してください。撤去すると痕跡が薄れます」


 レイナは位置図、撮影板、標識裏の木目番号を記録する。存在証明だけでなく、同一物の再確認ができる形にするためだ。


 帰所後、見張り班から追加報告が入る。未公開検問点では通過控えを渡さない日があり、その日だけ王都指定便と時刻が重なる。


「控え欠落は偶発か、運用か」


 記録係が訊く。


「まだ断定しません。ただ、欠落が繰り返されるなら運用選択です」


 レイナは地図へ新記号を追加した。黒三角は控え欠落点。赤線の近くに連なる。


 夕方、窓口照会が戻る。審理側は季節要因を示唆してきた。想定済みだ。


 レイナは過去三季の搬送実績を重ねる。季節要因なら全路線に似た揺れが出る。今回のような北西突出にはならない。


 比較表は三列で組んだ。


 平年同週平均。

 今週実績。

 差分比。


 北西だけ差分比が高い。未公開検問設置日とも一致する。


 ミリエルが頷く。


「一次版で偏在、二次版で原因候補。審理の逃げ道が減る」


「はい。地図は説明資料じゃなく、議題を固定する道具にします」


 レイナは《欠番地図二次版》を作る。一次版は結果、二次版は手続の経路。臨時保安経由で通常監督線を回避した可能性を注記した。


 夜、複製を三部作る。審理官向け、現場向け、保全向け。同じ結論へ戻れる構造に揃える。


 ガレスは壁図の前で腕を組む。


「点で殴るんじゃなく、面で包んだな」


「点は否定されます。面は否定しにくい」


 終業前、レイナは余白へ一行を置いた。


 偏在を示した。次は偏在を生む手続を示す。


 そして手帳へ最後の記録を残す。


 欠番帯の中心にある未公開検問点は、通常監督線を外れていた。


 翌朝、レイナは地図二次版の説明を現場班へ行った。審理官向けの図は情報密度が高く、現場には重すぎる。だから彼女は現場版で見る点を三つに絞る。


 赤線の交点。

 黒三角の連続。

 境界切替点。


「この三つが重なったら、まず控え欠落を疑って報告してください」


 見張り班長が頷く。


「全部読む必要はないんだな」


「はい。必要な点だけを先に拾ってください。詳細は帳票室で補います」


 現場運用は理解しやすさで回る。正しさだけでは回らない。レイナはその順番を外さない。


 昼、窓口から追加照会。未公開検問点の設置根拠を示せという要求だった。


 彼女は設置根拠を“あるかないか”で争わない。どの手続経路を使ったかで示す。


 通常の土木管理経路なら、監督台帳に事前登録が残る。

 臨時保安経路なら、事後登録と短期更新が残る。


 今回の記録は後者に偏る。しかも更新者IDが同一時刻帯で反復していた。


 ミリエルが言う。


「同一ID反復は、実務負荷の範囲を超えてる」


「はい。代理入力か、まとめ入力の可能性があります」


 まとめ入力が許される業務もある。だが補給検問の通過記録でまとめ入力が起きるなら、時刻の信頼性が落ちる。


 レイナは《検問通過記録入力方式照会》を追加起案した。個別入力か、まとめ入力か、許容範囲は何件までか。規定を先に引いて、逸脱を測るためだ。


 夕方、北西路から控え片が三枚届く。筆圧が同じ受付印が連続している。通常なら担当交代で筆跡が変わる時刻帯だ。


 記録係が興奮気味に言う。


「印は三枚、台帳記録は一枚です」


 レイナは静かに並べる。


「足りない二枚を探すのではなく、まず“なぜ一枚しか登録されない運用なのか”を問います」


 彼女は地図凡例へ新記号を追加した。


 ◇ 発行未回収差分増加点


 記号が増えるほど図は重くなる。だが重い図は、審理で軽く扱われにくい。


 夜、ガレスが前線報告を持って戻る。欠番疑義のある時間帯で、弾薬不足の緊急補充が二件発生。どちらも北西区間だった。


 レイナは報告を地図へ重ねる。地図の点は机上の異常ではなく、現場の不足へ繋がっていた。


「これで“地図遊び”とは言わせません」


 ガレスが短く笑う。


「言わせる前に、数字を置いたな」


 終業前、レイナは審理提出版の表紙文を修正した。感情語を削り、目的語を具体化する。


《北西区間における欠番・控え欠落・遅延偏在の同時発生に関する検証資料》


 長い題名だが、曖昧さは減る。


 彼女は最後に、壁図へ一本の補助線を足した。未公開検問点から王都指定便中継所へ。


 これは結論ではない。次話で手続線を当てるための仮説線だ。


 手帳に残す。


 偏在を示した。次は偏在を生む入力運用と承認運用を示す。

 地図は、次の審理で議題を固定するための器になった。


 次は提出する。


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