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婚約破棄された兵站文官令嬢は、補給台帳で戦果偽装を暴く 〜弾薬の欠番が示したのは、敗戦ではなく“作られた勝利”でした〜  作者: ヲワ・おわり


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第3話 赤線の相関

08:10、12:10、17:10、20:10 、23:10  に1話ずつ

毎日5話投稿目指して

頑張っていこうと思っているので

よろしくお願いします

 夜明け前の帳票室は、紙の匂いより先に寒さが入ってくる。レイナは机の中央を空け、損耗簿を受け取る場所を作っていた。時計が六時を回った頃、ガレスが扉を開ける。


「正式簿だ。前線印あり」


 彼の手にある束は、前夜の速報より厚い。レイナは受領時刻を記録し、封を切る前に立会人欄へ署名をもらった。手順を守るのは慎重さではない。後の争点を減らすためだ。


 損耗簿を三列に分ける。時刻、被害区分、発生地点。そこへ前話で作った欠番帯一覧を重ねる。


 八時台、十時台、十一時台。


 欠番が出た帯で負傷件数が跳ねる。重複番号の日は搬送遅延も同時に増える。


 レイナは一度計算を止め、同じ式で再算出した。結果が同じなら相関、違えば錯覚。


 再算出も一致。


「偶然じゃない」


 記録係の少年が息を飲む。


「確定、ですか」


「確定に近い。もう一段だけ潰します」


 彼女は発生地点の偏りを確認する。遅延集中地点は補給路の狭窄区間と重なっていた。単純な戦況悪化では説明しきれない。


 午前、ミリエルから急ぎ便が届く。王都側が“受領不備を主因”とする草案を回している。


「来ましたね」


 レイナは対応表を開く。


 主張A:受領処理遅延が原因。

 反証:輸送票時刻逆転+検問控え。


 主張B:現場混乱で記録欠落。

 反証:欠番集中日の偏在。


 主張C:偶発ミスの連続。

 反証:同時刻帯反復+重複番号。


 ミリエルは短く返す。


「この形なら、窓口で議題を戻せる」


 レイナはそこで終わらない。反証表に“必要添付”列を増やす。議論だけでは審理に通らない。どの主張にどの証拠を貼るかを先に固定しておく。


 ガレスは腕を組んだまま、相関表を見続けていた。


「俺は数字が得意じゃない。でもこれは読める。欠けた時間に人が減ってる」


「それで十分です。読める形にするのが私の仕事だから」


 午後、一次監査申請の要件チェックを実施。起動条件四つのうち、今回は三つを満たす。


- 受領遅延閾値超過

- 台帳欠番連続

- 戦果報告と損耗実数の乖離


 要件欄にチェックを入れた瞬間、帳票室の空気が少しだけ軽くなる。疑いの段階は終わった。申請できる段階に入った。


 だがレイナは気を緩めない。申請書は提出時刻までが内容だ。遅れれば、相手に“急迫性なし”と主張される余地を与える。


 彼女は提出準備を三つに分ける。


 一、申請本文(要件列挙)

 二、添付束(相関表・反証表・損耗簿)

 三、窓口版目次(審理官向け簡易索引)


 終業間際、記録係が静かに訊いた。


「明日、通りますか」


 レイナは少し考え、正確な言葉を選ぶ。


「通るかは相手次第。でも、通る形にはしました」


 その返答に、ガレスが小さく笑う。


「それでいい。戦場も同じだ。勝つ準備をして、あとは押す」


 夜、レイナは申請封筒へ封緘番号を記し、二重記録を済ませた。外では補給車列の灯りが点々と動く。遅れれば死ぬ線を、誰かがいまも走っている。


 彼女は手帳の最後に書いた。


 一次監査申請、提出予定は翌朝九時。


 次話、止められる前に提出する。


 申請書を閉じる直前、レイナはもう一度だけ添付順を見直した。主張の強い順ではなく、読まれる順で並べる。


 最初に要件一覧。

 次に損耗実数。

 その次に欠番帯相関。

 最後に反証対応表。


 順序の理由は単純だ。審理官はまず「申請要件を満たしているか」を見る。そこを通さなければ相関表まで辿り着けない。正しい証拠でも、入口を間違えれば閉じられる。


 カイルは作業板の前で腕を組み、しばらく黙っていた。


「俺は、前線で“遅れたら死ぬ”を知ってる。お前は、机で同じことを見てるんだな」


「同じです。場所が違うだけで」


 ミリエルは王都側の窓口状況を補足する。


「明朝は人員が薄い。受付を先に押さえないと、故意に待たされる可能性がある」


 レイナは提出班を二手に分けた。第一班は正本提出、第二班は副本保全。窓口で正本が止められても、副本側の時刻記録が残る形にする。


 この分担をした理由も明記した。提出の成否だけでなく、提出努力の時系列を記録するためだ。後で「期限を守らなかった」と言われる余地を潰す。


 夜半、記録係が戻ってくる。補給路狭窄区間の見取り図を手にしていた。


「現場から。遅延日に限って検問が一つ増えてます」


 レイナは図を確認し、相関表の補助資料へ追加した。検問増設が合法でも、増設理由が不明なら監査対象になる。合法と妥当は別問題だ。


 彼女は追記欄に短く書く。


【狭窄区間臨時検問:理由照会要】


 そして、提出想定問答を一枚作る。


 想定問答A:急迫性がない。

 回答:遅延帯と死傷増加の同時発生を提示。


 想定問答B:現場の記録精度不足。

 回答:検問控えと輸送票で時刻を外部固定済み。


 想定問答C:偶発ミスの連続。

 回答:欠番集中日の偏在と重複番号反復を提示。


 問答を作るのは言い負かすためではない。話を逸らされた時に戻る道を作るためだ。


 窓の外で補給車列の灯が一つ消え、また一つ点る。交代の合図だろう。帳票室の時計は午前一時を回った。


 レイナは封筒を箱に収め、封緘番号を二重で確認する。B-04-771の控えも同封した。今回の申請が、初話で拾った時刻矛盾と同じ線上にあることを示すためだ。


 彼女は机の端へ視線を落とした。そこには前線から届いた短い走り書きがある。


「今夜、弾薬二箱不足。負傷三。」


 数字は短い。短いからこそ重い。


 レイナは紙を折り、内ポケットへ入れた。


「明日、九時。遅れない」


 声に出すと、決意は手順になる。


 帳票室の灯りを落とす前、彼女は作業板に最後の一行を足した。


 “提出後30分以内に受理有無を確認。未受理なら即再提出。”


 止められる前提で組んだ計画は、止められた時に強い。


 次話、一次監査申請を通しに行く。


 雨は止んでいた。だが、止まったのは天気だけだ。

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