第24話 証言席の主語
証言審理の朝、法廷の空気は乾いていた。今日は語の争いではない。誰が承認し、誰が放置し、誰が隠したか。主語を逃がさない審理になる。
主査は冒頭で告げる。
「旧端末管理責任者、証言席へ」
現れたのは管理責任者ヴァルト。硬い表情で一礼し、すぐに“代行運用”を口にした。
「SUB-LK-17は非常時の代行IDとして運用しました」
レイナは即反論しない。まず時刻を取る。
「代行開始時刻と終了時刻を示してください」
「開始は把握しています。終了は…記録が欠けています」
ミリエルが追う。
「代行終了条件は?」
「実務判断で運用していました」
終了条件なし。実務判断のみ。代行が常態化する典型だった。
レイナはNo.59の系統図を提示する。責任階層太線、代行階層細線。SUB-LK-17は常態層へ配置されている。
「提出済み系統図では、当該IDは代行層でなく常態層です。証言と整合しません」
ヴァルトは言い淀み、図の版差を主張した。
「初版では代行扱いでした」
レイナは差分票を示す。初版→修正版の変更は線種統一だけで、ID配置の階層は同一。
「版差で説明できる変更ではありません」
主査補佐が議事録へ打ち込む。
《代行運用主張、提出系統図と不整合》
午前後半、彼女はログ照合へ移る。SUB-LK-17が遅延判断区分で使われた九件のうち、四件は深夜帯。保守運用なら通常停止している時間だった。
ガレスが証言席で短く言う。
「深夜判断が走った翌朝、北西の保留が増えた」
主査がヴァルトへ問う。
「深夜帯運用の承認者は誰か」
「…口頭承認でした」
レイナはNo.43を開く。口頭承認主張はArc01でも責任逃れに使われた線だ。
「口頭承認主張を維持するなら、受領時刻と伝達経路の記録が必要です。提示できますか」
提示不能。再び沈黙。
午後、審理は“削除済み表示二行”へ戻る。ヴァルトは「保守保全のため仮表示した」と説明する。
レイナは削除ログ要件表を示す。
「仮表示でも要件五点は必要です。番号、時刻、承認ID、理由条項、復元可否。どれも欠落しています」
主査は判断を下す。
「SUB-LK-17は常態運用の疑いが高度。削除済み表示二行は未処理表示として継続管理」
議事録主論点欄に、SUB-LK-17の文字が太字で入る。
休廷中、ミリエルが息を吐く。
「主語を固定できた。ここから返還範囲へ進める」
「はい。責任線が見えないまま返還を出すと、また止まります」
夕刻、主査は次回議題を告げた。
「返還対象一覧の公開範囲を審理する。個人秘匿と責任追跡の両立案を提出せよ」
返還対象一覧が公開へ進めば、仮払いは点から面へ広がる。
補給所へ戻ると、前線速報は保留ゼロ五日継続。遅延件数はさらに微減。だがSUB-LK-17線が未確定のままなら、戻した運用はいつでも逆流する。
レイナはNo.57を確定欄へ移した。
No.57 削除表示要件未充足判定
続けてNo.60を仮登録。
No.60 旧端末管理責任者証言不整合(代行主張崩壊)
夜、彼女は返還一覧公開案の枠を作る。公開列、限定公開列、非公開列。列を先に決めることで、明日の議論を“全部出す/全部隠す”から外す。
最後に手帳へ書く。
主査は次回、返還対象一覧の公開範囲を審理すると宣言。
証言審理のあと、レイナは“崩れた主張”をそのまま終わらせなかった。崩れた主張は翌日には別の言葉で戻ってくる。戻っても同じ場所で止められるよう、変遷表を作る。
代行運用主張。
口頭承認主張。
暫定秘匿主張。
三つの語に、必要要件欄を並べる。どの語も、要件欄は空白だった。
ミリエルが言う。
「語の数より、空欄の数が多い」
「語が増えるほど空欄が増えるなら、運用は壊れています」
午後、監査院補佐官との実務会議で、証言記録の確定文言を詰めた。相手側は“不整合”という語を“見解差”に弱めようとする。
レイナは譲らない。
「見解差は同じ事実に対する評価差です。本件は提出図と証言が一致しない。評価以前に整合の問題です」
主査補佐は最終的に“証言不整合”を採択した。言葉一つだが、後続審理の重さが変わる。
ガレスは会議後に笑った。
「お前、言葉の重さを秤で量ってるみたいだな」
「秤で量らないと、次の審理で軽くされます」
夕刻、提出された管理系統図の追加版に、さらに小さな変更が見つかる。SUB-LK-17の注記に“暫定”の二文字が追加されていた。だが追加時刻の記録がない。
レイナは即座に差分票へ追加。
追加語: 暫定。
追加時刻: 未記載。
追加承認者: 未記載。
記録係がため息をつく。
「また語だけ増えた」
「語を増やすなら、時刻も増やしてもらいます」
彼女は補足照会を起案した。
《“暫定”注記の追加時刻・追加承認者ID・追加理由条項番号を提示》
夜、前線班から通信。保留ゼロは続くが、北西第三区間で“確認待ち”ラベルが増えているという。保留の語を変えて再発させる兆候だ。
レイナは監視表に新欄を作った。
確認待ち件数。
「語が変わっても、止まる時間は同じです。別欄で追います」
ミリエルが頷く。
「語を変える防御への対抗ね」
深夜前、監査院から証人追補通知。次回は管理責任者に加え、代行設定の実務担当者も同席。責任線が一段掘り下がる。
レイナはNo.60に追記する。
追補証人同席決定。
“暫定”注記追加の時刻不明。
続けてNo.63を仮登録。
No.63 語義置換監視(保留→確認待ち)
最後に手帳へ記す。
“語を変えても、止まる時間は隠せない。”
夜明け前、レイナは証言席の質問順をもう一度読み上げた。主語、時刻、承認。順番は変えない。




