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婚約破棄された兵站文官令嬢は、補給台帳で戦果偽装を暴く 〜弾薬の欠番が示したのは、敗戦ではなく“作られた勝利”でした〜  作者: ヲワ・おわり


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第22話 旧端末の名簿

 監査院の提出命令から二十四時間後、旧部局端末の利用履歴名簿が届いた。封筒の厚みは薄い。だが薄い紙ほど、書かれている行の重みは大きい。


 レイナは開封前に、立会欄へ三名の署名を揃える。ミリエル、記録係、監査院書記。誰が最初に見たかを固定しない名簿は、後でいくらでも「見間違い」にされる。


 封を切ると、利用履歴は二十七件。端末ID、利用者ID、起動時刻、処理区分、終了時刻。表としては整っている。問題は中身だ。


 彼女は最初に“遅延判断”区分だけを抽出した。二十七件中、該当は九件。九件すべてが北西案件時刻帯と重なる。


 ガレスが名簿を覗く。


「偶然にしては、揃いすぎだな」


「はい。次はID線を見ます」


 IDを縦に並べると、三つの群が出た。現行執行課ID群、補助入力ID群、そして旧部局専用ID群。問題は三群目だった。通常なら保守用途だけに使われるはずのIDが、遅延判断区分へ混入している。


 ミリエルが眉を寄せる。


「保守IDが判断区分に入るのは規定外」


 レイナは即断しない。規定外は強い言葉だ。まず規定本文を引き、条項番号で示す。


《保守IDは診断・復旧のみ。執行判断入力不可》


 条項が確認できた時点で、彼女は名簿へ赤線を引く。規定違反可能性のある行を九件中四件へ絞り込んだ。


 午後、監査院補佐官との照合会。相手側は“運用過渡期の一時措置”を主張する。


「旧端末停止直後で、例外的に保守IDを使った」


 レイナは問う。


「例外措置の開始時刻、終了時刻、承認者IDは?」


 提示されたのは開始時刻だけ。終了時刻は空欄、承認者IDは「確認中」。


 ミリエルが淡々と返す。


「時限なき例外は例外ではなく常態です」


 主査補佐はこの指摘を受け、追加提出命令を出した。例外承認文書、終了条件、承認者IDの三点を翌日正午まで。


 夕方、レイナは名簿の横に補助回付線図を重ねる。Arc01で追ったルーカス系統の補助回付IDと、旧端末名簿の一IDが一致した。


 ID: SUB-LK-17。


 このIDは、あの逆順回付帯にも出ていた。


 ガレスが低く言う。


「またルーカス線か」


「断定は次です。いまは一致を固定します」


 彼女はNo.54を更新した。


 旧端末疑義 → 利用履歴名簿提出済み。

 SUB-LK-17一致(補助回付線と重複)。


 続けてNo.56を仮登録。


 No.56 旧端末利用履歴抽出(遅延判断区分9件)


 夜、補給所に前線速報が届く。保留ゼロは維持。遅延件数は微減。運用は少しずつ戻っている。だが戻り始めた線を再び歪める要素が残るなら、まだ安心はできない。


 記録係が呟く。


「数字は良くなってるのに、名簿は悪いですね」


「だから今のうちに潰します。改善中に潰すほうが、被害が小さい」


 深夜前、監査院から追加送付が入る。名簿の再版。レイナは差分を見て息を止めた。最初の版で空欄だった利用者欄が、二行だけ“削除済み”へ書き換わっている。


 削除済み。だが削除記録番号はない。


 彼女はすぐに差分票を作る。初版、再版、書換箇所、書換時刻、書換承認者欄。


 承認者欄は空白だった。


 最後に手帳へ書く。


 旧端末利用者名簿に、削除済みのはずのIDが再出現する。


 翌朝、レイナは再版差分の検証会を補給所側でも行った。監査院で取った結論を現場が理解していないと、次の照会で同じ穴に落ちるからだ。


 彼女は黒板に二つの語を書く。


 削除済み。

 未処理。


「この二つは似て見えて、意味が逆です。削除済みは記録が揃って成立する語。未処理は記録が揃わない語です」


 記録係が手を挙げる。


「現場では“消えた”って言い方をしがちです」


「禁止します。“消えた”は原因を曖昧にします。未処理と言ってください」


 言葉の運用を揃えるのは、書類作法のためではない。誤解を減らして再発を防ぐためだ。


 午前、監査院へ提出する差分図版を作る。初版と再版を同位置で重ね、変更セルだけ色を変える。赤は削除済み化、黄は注記追加、灰は未変更。


 ミリエルが確認する。


「これなら“どこが変わったか”で争わずに済む」


「争点を位置へ落とすと早いです。言い回しの議論が減ります」


 午後、相手側から補足説明が届く。例の二行は“保守作業中の暫定秘匿”だったという。だが暫定秘匿なら必要な管理欄があるはずだった。


 レイナは秘匿要件表を開き、欄を照合する。


 秘匿開始時刻: 空欄。

 秘匿解除条件: 空欄。

 秘匿承認者ID: 空欄。


 三空欄。秘匿主張はこれで弱まる。


 ガレスが肩をすくめる。


「名前だけ増えて、中身は空か」


「はい。語を増やす前に欄を埋めるべきです」


 夕方、監査院書記が電話で確認してきた。


「“削除済み”と“暫定秘匿”のどちらを正式主張とするか、相手側が揺れています」


 レイナは即答する。


「揺れは揺れとして記録してください。主張変遷自体が審理対象です」


 主張が変わることは悪ではない。問題は、変わった理由が記録されないことだ。


 夜、彼女はNo.56の欄外に“主張変遷欄”を追加した。


 削除済み主張。

 暫定秘匿主張。

 要件未提示。


 続けてNo.58を仮登録。


 No.58 名簿再版差分図版(位置固定版)


 前線速報は保留ゼロ維持。遅延も微減。運用は戻っている。戻っているうちに、旧端末線を切らずに確定させる必要がある。


 レイナは監視表へ新しい注記を入れた。


 “改善中ほど、未処理行を放置しない。”


 深夜、監査院から追加照会。証人審理で使用する管理系統図の提出形式を統一したいという。図式は自由だが、責任階層と代行階層を分離して示すこと。


 彼女はすぐに図を作り直す。責任階層を太線、代行階層を細線、一時代行を点線。視覚だけで、常態と例外が分かる形にする。


 最後に手帳へ追記した。


 “削除の語を信じない。削除の欄を確認する。”


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