第21話 未回答を残さない
翌朝九時、履行監視表の空欄はまだ埋まっていなかった。一次再照会の期限まで二時間。レイナは焦りを抑え、手順を確認する。
一、一次再照会期限到来の確認。
二、未回答案件の二次再照会。
三、二次未回答で直送照会。
感情は工程を短縮しない。工程だけが時間を短縮する。
十時五十九分、財務執行課から返信。
《照会継続中》
理由条項番号なし。判断者IDなし。次回答時刻なし。形式は返信でも、要件は未充足だった。
レイナは未回答扱いへ確定し、二次再照会を発動する。文面は短く固定する。
《未回答要件三点未充足。二十四時間以内に補完なき場合、監査院直送照会へ移管》
ガレスが訊く。
「脅しに見えないか」
「脅しではなく、命令に書いてある手順です」
午後、先行三案件のうち二件で動きが出た。北西第二補給所医薬案件、北西中継所代替配備案件。仮払い実行時刻が記録される。
記録係が声を上げる。
「二件、埋まりました」
レイナは監視表へ緑印を打つ。緑は“履行確認済み”。
残る一件は北西第三区間弾薬遅延案件。最も重い案件が残った。
夕方、二次再照会期限が到来。未回答のまま。レイナは迷わず直送照会を起票する。
監査院直送照会番号、DS-21-044。
添付はNo.51、No.52、一次・二次再照会写し、履行監視表。
ミリエルが最終確認する。
「直送要件は満たしてる。これで戻し先は監査院になる」
法廷外の実務戦だった。審理室で取った条項を、現場運用で実際に使えるか。答えはここで出る。
夜、監査院から即応返信。直送受理、翌朝聴取設定、判断者IDの提出命令。
ガレスが低く言う。
「やっと“誰が止めたか”を直接聞ける」
「はい。ここからは未回答を残しません」
深夜前、遅れていた一件に部分執行通知が来る。全額ではないが、第一段の仮払いが実行された。時刻は二十二時三十一分。
レイナは緑印ではなく黄印を打つ。黄は“部分履行”。
「黄を残す理由は?」
記録係が尋ねる。
「部分履行を完了扱いにすると、残額が消えるからです」
運用は色分け一つで壊れる。彼女は色の定義を掲示板へ追記した。
緑: 全履行。
黄: 部分履行。
赤: 未履行。
翌朝に備え、レイナは直送聴取用の質問票を作る。
一、遅延判断者ID。
二、遅延理由条項番号。
三、旧部局端末利用の有無。
旧部局端末――Arc01で半欠け印の線を追った時に出た影だ。もしここで再接続すれば、遅延は単発ではなく系統になる。
夜更け、監査院の予備照会が一本届く。判断者IDの暫定記録が添付されていた。発信端末欄に見覚えのない識別子がある。
ミリエルが顔を上げる。
「この端末ID、現行部局の範囲外です」
レイナはNo.53を登録する。
No.53 段階式再照会発動・直送移管(DS-21-044)
続けてNo.54仮登録。
No.54 直送照会暫定ID(旧部局端末疑義)
最後に手帳へ一行。
直送照会案件で、判断者IDが旧部局端末から発信されていた。
止めた線が、また一つ繋がり始める。
直送照会受理の翌朝、監査院聴取室は通常より人が多かった。段階式再照会が実際に発動された初案件だからだ。制度が紙の上でなく運用で試される場面を、皆が見ている。
レイナは聴取冒頭で質問票を三問に固定した。広げると逃げられる。
一、遅延判断者ID。
二、遅延理由条項番号。
三、旧部局端末利用の根拠。
呼出された財務執行担当は最初、IDの提示を渋った。
「内部確認中です」
レイナはNo.53を示す。
「直送照会受理時点でID提出は要件です。未提出なら未履行扱いが継続します」
主査補佐が確認し、提出を命じる。担当はしぶしぶIDを提出した。問題は次だ。発信端末識別子が旧部局端末系に属している。
ミリエルが問う。
「現行部局に割当のない端末を、なぜ執行判断で使ったのか」
担当は答えに詰まり、“暫定運用だった”と述べる。
レイナは追い詰めない。暫定運用なら必要な三点を確認する。
暫定指定開始時刻。
承認者ID。
終了条件。
いずれも即答不能。主査補佐はそのまま議事録へ“要件未提示”と記録した。
午後、監査院は中間命令を出す。
《旧部局端末利用の即時停止、現行端末への切替、切替時刻の提出》
この命令で、遅延理由の最大の曖昧領域が一つ消える。
補給所に戻ると、先行三案件の更新が届いていた。二件は全履行へ移行。残る一件は部分履行から追加執行待ち。
レイナは監視表の黄印横に、追加執行期限を赤で書く。黄のまま放置されるのが最も危険だからだ。
ガレスが表を見て言う。
「色分けが効いてるな。何が残ってるか一目で分かる」
「色は感情のためじゃなく、未完了を見失わないためです」
夕方、監査院から追加通知。旧部局端末の利用履歴全件提出命令。単発ではなく系統調査へ入る。
レイナはNo.54を更新する。
暫定ID疑義→系統調査案件化。
同時にNo.55を仮登録。
No.55 旧部局端末利用停止命令(中間)
夜、前線速報ははっきりした改善を示した。北西の判断保留件数が初めて単日ゼロ。遅延は残るが、止まり方が変わった。
記録係が小さく声を上げる。
「ゼロです。保留がゼロ」
レイナは大きくは喜ばない。ゼロは今日の事実で、明日の保証ではないからだ。
「今日は戻った。だから明日も戻す手順を続けます」
彼女は監視表の下に明日のタスクを追記する。
一、残案件追加執行の期限確認。
二、旧部局端末履歴の提出追跡。
三、中間命令履行時刻の監査院報告。
最後に手帳へ書く。
“未回答を残さない運用が、保留ゼロという数字に変わった。”
ミリエルは最後に言った。
「制度が動いた日は、記録を二重で残しておきましょう」
レイナは頷き、No.55の控えに追記印を押した。




