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婚約破棄された兵站文官令嬢は、補給台帳で戦果偽装を暴く 〜弾薬の欠番が示したのは、敗戦ではなく“作られた勝利”でした〜  作者: ヲワ・おわり


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第1話 婚約破棄の夜、補給台帳は嘘をつかない

08:10、12:10、17:10、20:10 、23:10  に1話ずつ

毎日5話投稿目指して

頑張っていこうと思っているので

よろしくお願いします

 王都軍の戦勝祝賀夜会は、天井の金箔まで勝利を主張していた。軍楽は大きく、杯は高く掲げられ、参列した貴族たちは「今年こそ安泰だ」と笑っている。


 レイナ・フォルツはその輪の外で、壁際の補助卓に置かれた報告束を見ていた。兵站局文官の癖は抜けない。数字の並びに目が行く。


 戦果報告票。勝利数、補給達成率、損耗軽微。


 けれど一枚だけ、紙の擦れ方が違う票があった。差し替えられた紙が持つ、薄い毛羽立ち。


「まだ仕事の顔か。今夜くらい笑えばいいのに」


 背後から声が落ちる。婚約者のエドヴァンだった。参謀補佐の礼服は隙がなく、口元だけが親しげに緩んでいる。


「勝利の数字を確認していただけです」


「確認? 君の確認は遅い。戦場は君の机より速い」


 慣れた刺だ。レイナは反論を飲み込み、票束を戻す。ここで口論しても数字は変わらない。


 だが壇上に上がったエドヴァンは、次の瞬間、彼女の想定を超える言葉を放った。


「諸君。私はここで、レイナ・フォルツとの婚約を解消する」


 ざわめきが走る。王都の夜会で婚約破棄は珍しくない。問題は続きだった。


「兵站局の敗戦隠蔽に関与した無能文官を、私の名で庇うことはできない」


 レイナの背筋が冷えた。隠蔽? そんな指示は受けていない。受けていたとしても、彼女は承認を通さない。


 侍従が封蝋文書を運んできた。辺境補給所への即時左遷命令。


 周囲の視線は、驚きより安堵に近い。面倒から距離を取りたい顔だ。


「異議申立ての窓口を確認したいです」


 レイナがそう言うと、侍従は肩をすくめた。


「文官殿、まず受領を。話はその後で」


 彼女は命令書を受け取り、まず命令番号を目で追う。B-04-771。次に発令時刻。二十一時四十分。


 その下に綴じられた敗戦概要票へ目を移した瞬間、息が止まる。


 作成時刻は二十一時三十二分。


 左遷命令の八分前に、すでに彼女の左遷理由付き概要票が完成している。


 さらに受領簿写しには、受領予定時刻が二十一時三十五分と記されていた。発令前受領。


 これは手続きミスではない。順序が逆転している。つまり、結論が先にあった。


 レイナは懐から小型記録札を取り出し、時刻と番号を書き留める。


 命令番号B-04-771。

 発令21:40。

 概要票作成21:32。

 受領簿予定21:35。


 エドヴァンが壇上から降りてきて、低く言った。


「これ以上、恥を重ねるな。辺境で静かにしていろ」


 レイナは彼の顔をまっすぐ見た。


「静かにはします。記録の中で」


「何だって?」


「あなたが言った“隠蔽”の根拠を、時刻順で確認するだけです」


 エドヴァンの眉がわずかに動いた。ほんの一瞬だったが、彼は確かに動揺した。


 夜会を出る頃、王都は小雨だった。祝賀会場の中だけが、まだ晴れているふりをしている。


 馬車へ向かう途中、兵站局の下働き書記が駆け寄ってきた。


「フォルツ文官殿、これを」


 渡されたのは受領簿の控え。インクは乾ききっていない。


「どうしてこれを?」


「今夜、第三保管棚だけ先に開けろって命令が出ました。変だと思って……」


 レイナは礼を言い、控えを封筒へ入れる。名前は聞かない。守るべきは情報線であって、善意の個人を前面に出すことではない。


 馬車に乗り込んでから、彼女は新しい紙を一枚取り出した。


《辺境着任後の初動》


一、三票一致の現況確認。

二、受領遅延と損耗実数の突合。

三、王都回付線の欠番抽出。


 泣きたい気持ちはあった。悔しさも当然ある。だが悔しさだけでは、次の敗戦を止められない。


 彼女は封筒の端へ小さく記す。


 “婚約破棄は表面。主題は順序改ざん。”


 窓の外で雨足が少し強くなる。王都の灯りは遠ざかり、馬車は辺境へ向かう。


 レイナは最後に一行を足した。


 この命令は、私を飛ばすために先に作られていた。


 彼女はそこで筆を止め、紙を裏返した。次話で使う照会文の雛形を作るためだ。


 件名は短くする。長い件名は窓口で嫌われ、回付が遅れる。


《照会:B-04-771関連文書の作成順確認》


 本文には三点だけを置く。


 一、敗戦概要票の作成者ID。

 二、受領簿予定時刻の記載者。

 三、第三保管棚開封命令の発信元。


 質問を増やせば、返答は薄くなる。だから最初は三点。回答が来たら枝を伸ばす。


 馬車が揺れるたび、封筒の中で紙が擦れる音がした。彼女はその音を聞きながら、辺境で最初に会う相手を思い浮かべる。補給所長、倉庫責任者、輸送隊長。敵か味方かはまだ分からない。だが、同じ時刻表を見せれば、同じ現実を共有できる。


 窓の外で雷が遠く鳴った。王都の祝賀はまだ続いているだろう。勝利を信じたい夜に、水を差す数字を持って行く者は歓迎されない。


 それでも行くしかない。


 前線で不足した一箱の弾薬が、誰かの帰還を奪うことを、彼女は知っている。


 レイナは封筒を膝の上で押さえ、呼吸を整えた。感情は残る。屈辱も残る。だが残った感情をそのまま出せば、次も負ける。必要なのは、感情を順序へ変換すること。


 彼女は最後の余白に小さく追記した。


 “辺境到着後、初日中に三票現況を確認。二日目に欠番抽出。三日目に一次照会。”


 馬車は夜道を進み、王都の灯りは完全に見えなくなった。


 帳簿だけの女でいい。


 帳簿で守れる命があるなら、それでいい。


 夜明け前、馬車は峠の検問所で一度止まった。門番は命令書の封蝋を確かめ、通行印を押す。レイナはその印字時刻まで控えへ転記した。二十三時五十六分。発令、受領、通行。三つの時刻が並ぶと、命令の流れにさらに一本の線が増える。


 門番が不思議そうに尋ねた。


「そこまで細かく書くのか」


「細かいところしか、後で残らないので」


 門番は少し黙ってから、もう一度通行控えを差し出した。


「なら、こっちも持っていけ。写しだ」


 思わぬ一枚だった。立場の弱い者ができる協力は、小さいが消えにくい。レイナは丁寧に礼を言い、写しを別封へ分ける。情報源を一つにしない。それもまた保全だ。


 再び走り出した馬車の中で、彼女は目を閉じ、次話の最初の台詞を決めた。


 “まず倉庫を見せてください。勝敗ではなく、受領欄から。”

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