『添え物令嬢』は彼らに破滅を告げる
※本作は
・婚約破棄
・裏切り
・ざまぁ展開
を含む短編です。
スッキリした結末がお好きな方に向けて書いています。
「きゃーー!不貞だわ……!汚らわしい!」
ベッドの中で絡まり合う、婚約者だった男と親友だった女。
目の前には、脱ぎ捨てられたドレス。シュミーズ、靴。
男物の上着に、シャツ、ズボン。
私は、もう一度息を吸い込んだ。
目の前の二人の愚かさを、周囲に晒すために――。
◇◇◇
――1週間前。
「メリッサ!待っていたのよ。早く早く。あなたが居ないとつまらないわ!」
「エリーゼ……」
ぐいぐいと私の腕を掴み、ホールの中央へ連れて行く。
そこで談笑していた人々がこちらに視線をむける。
「相変わらずメリッサは華やかさが足りない。……エリーゼだったら良かったのに」
「……申し訳ありません」
エスコートの為に一緒に参加した婚約者のライオネル様。
毎回、私の親友を引き合いに出してくる。
(あの人なら、絶対にこんなこと言わなかった)
彼の黒髪が頭に浮かび、それを振り払う。
――ならば、エリーゼと婚約すればいいでしょう。
毎度喉元まで迫り上がってくる言葉をグッと耐える。
今期の、社交界の華と言われるエリーゼ。
それを揶揄って、私は『社交界の添え物』と言われている。
輝く金髪に碧眼、くっきりとした顔立ちの彼女。
それに引き換え、淡い金髪に、薄い水色の瞳。
全体的に、ぼんやりとした印象になってしまう。
彼女の隣に立つと、さらに歴然だった。
『添え物』。私にピッタリだと思った。
その場に一緒に居ながら、誰も私に話しかけてこなかった。
エリーゼも相変わらず、私を連れ回すばかりで会話に誘うこともない。
「やだ。メリッサを『添え物』なんて言っちゃ駄目よ。私と違って奥ゆかしいだけなのよ」
周囲から、クスクスと笑う声が聞こえる。
エリーゼにも婚約者がいるはずなのに、気安く男性に触れる。
それを誰もが咎めない。
自由気ままに振る舞い、誰もが憧れる。
「ほら、メリッサ。私たち双子みたいに似ているでしょう?何故か私だけ人気が出てしまうけど――。でも、二人でいたら華やかだわ、ね?」
――私は彼女に逆らえなかった。
彼女の逆鱗に触れた人の末路を見てしまったからだ。
社交界から弾き出され、領地に引っ込んでしまった友人たち。
その背中が脳裏をよぎる。
何時間経っただろうか。
ダンスすらしていないが、疲れてしまった。
作り笑いしていた頬が引き攣る。
「私、少し飲み物を取ってくるわ」
「ええ。わかったわ。お疲れ様」
ある程度の時間になると、エリーゼは私に興味を失う。
もうその瞳に私が映ることもなく、声をあげて笑っていた。
ライオネルは、エリーゼの側を離れなかった。
「……ちっ。陰気臭い」
私を一瞥して、吐き捨てる。
いつものことだ。
――バルコニーに出て、私は息をつく。
外の冷えた空気が頭を冷やしていった。
「いつまでここにいるの?」
ふと後ろから聞こえてくる声に、少しだけ振り向く。
「ケイオス。久しぶり」
「久しぶりだね。もう忘れられたかと思ってたよ」
皮肉げに、片方だけ口角を上げる笑い方。
懐かしい。黒髪に深い碧眼。
ずっと、隣国へ留学していた幼馴染だった。
「メリッサ。今日はいい夜だね」
「そうかしら。全然楽しくもないわ」
私は彼の言葉を否定する。月夜も出ていない。ただ薄暗いだけの夜だ。
「戻るわ。またね」
「今、戻ったら面白い事が起きてるよ」
「は?」
意味深に笑うだけで、答える気はないようだ。
何か知っているのかしら。
会場に戻ると、熱気がまたぶり返してくる。
女性の金切り声が聞こえてきた。
夜会ではよくある事だ。
しかし、その当事者が問題だった。
エリーゼと知らない女性だ。
――またか。
毎回のことだが、エリーゼに夢中になるあまり、婚約者を蔑ろにする男が続出するのだ。
察するに、この女性も婚約者を奪われたと怒りをぶつけているのだろう。
私は静かに後ずさって、その場から逃げようとした。
エリーゼに見つかると厄介だ。
いつも私を盾にしてやり過ごし、泣いて弁明するだけ。
「メリッサ!そこに居たのね……!この人に誤解だって伝えて!私は何も後ろめたいことなんてしていないわ!」
「エリーゼ……。ごめんなさい、話が見えないし、取り敢えず落ち着いて別室で話し合いましょう?」
肩を思い切り掴まれて痛いが、ひとまずは提案をしてみる。
すると、さらに力が入り、爪が食い込んでくる。
『役立たずね……。もう、あんたなんか要らないわ。今までご苦労さま。そして』
ボソリ、と彼女が耳元で呟く。
『さようなら。二度と社交界には出てこれないわね』
ドンッと押され、私は床に倒れ込んだ。
「全部、この子に言われたのよ!自分に自信がないから、私に男性を紹介して欲しいって。ライオネル様、この子はとんだ悪女だわ……!」
下から、エリーゼを見上げる。
全部私に押し付けるつもりらしかった。
視界が揺れている。
「あぁ、可哀想なエリーゼ!こんなふしだらな女を側に置いていたなんて……。僕はとんだ間抜けだ!すぐにでも婚約破棄してやる……!」
それに追従して、ライオネルの声が周囲に響いた。
私たちの婚約は白紙に戻った。
――その日から、私の二つ名が増えた。
『添え物』
『ふしだらな悪女』
その話題は一気に広がり、私は声を上げられなかった。
両親は、そう噂されている私を不憫に思い、領地に送ることを検討しているようだ。
部屋に閉じこもっていると、来客の知らせがあった。
ケイオスだ。
「何をどこまで知ってたの?いえ、今さら何の用事?」
「さすがの僕も知らなかったよ。予想はしてたけど。彼女、高貴な方にまで手を伸ばそうとしているみたいでね」
高貴な方――。それを聞いて背筋が凍る。王族。さすがにそこまでは想像もしていなかった。
皇妃にでもなれば、姦通罪もあり得る立場になる。
エリーゼには逆立ちしても無理だろう。
「それを聞いて。君はどうする?」
「何年も離れていたのに……私なんかの為に、なんでそこまで?」
そこで、ふっと彼の雰囲気が和らいだ。
いつもの皮肉げな笑顔ではなく、少し眉を下げた表情だった。
「大切な物を取り戻すためかな」
「それって――」
私が聞き返そうとしたら、彼の後ろに居た侍従が何やら耳打ちをしている。
「……こんな時間から?面白いね」
そこで、彼は私の瞳を真っ直ぐに射抜いた。
「どう?昔みたいに、暴れてみない?」
スッと手を伸ばすケイオス。
成長して男性らしい手だけれど。
その笑顔は昔の面影を残していた。
まだ全部を説明してくれない彼。
しかし私はケイオスの手を取って立ち上がった。
これから私は、一世一代の主役をやる。その舞台に立つために、足に力を込めた。
◇◇◇
扉の前に立つと、中から艶めかしい声が聞こえてくる。
私に『ふしだらな悪女』というレッテルを貼った女の声。
覚悟を決めて、扉を開けた。
「きゃーー!不貞だわ……!汚らわしい!」
目の前には、脱ぎ捨てられたドレス。シュミーズ、靴。
男物の上着に、シャツ、ズボン。
ベッドの中で絡まり合う、婚約者だった男と親友だった女。
私は、もう一度息を吸い込んだ。
目の前の二人の愚かさを、周囲に晒すために――。
夜会の休憩室。
廊下には人が行き交っている。
そこで私は、扉を全開にして叫び声を上げた。
慌てて布団で身体を隠すがもう遅い。
後ろには、ケイオス。
そして、エリーゼの婚約者。
人がどんどんと集まる中、ライオネルは怒鳴り散らし、慌てて服を着ている。
エリーゼは、肌を晒せずに毛布を被ったままだった。
そこに、さらに追撃がかかる。
「エリーゼ嬢。どうやら、あなたの方が『ふしだらな悪女』だったみたいだ。君に捨てられた男の話も出ている」
ビクリ、とその肩が揺れる。
「ちがう……。こんなはずじゃ……。何かの間違いよ」
「婚約破棄させてもらう。後日、詳しく話し合おう」
そのままエリーゼの元婚約者が部屋を後にした。
誰も声を発さない中、エリーゼの嗚咽が聞こえる。
その時、ライオネルと目が合った。
「違うんだ!俺は、この女に誑かされただけなんだ……!知らなかった、本当だ!」
「……な!そんな、今さら……」
私に駆け寄ってくる、半裸の男性。
普通に逃げたい。
「いえ。ライオネル様。貴方は最初からエリーゼを選んでいましたよ。今さら捨てるなんて紳士のする事じゃないでしょう」
暗に、最後まで責任を取れと言ってやる。ここまで大事になったのだ。逃げ場はない。
「これからは、存分に悪女を引き立ててください」
花瓶から、ささやかな白い花を抜き出して手渡す。
「どうぞ、愛する人とお幸せに。『添え物』として、最後に一つだけお伝えします。あなたのお望み通り、一生添い遂げてくださいね?」
◇◇◇
夜の庭園を二人で歩く。
さっきまでの喧騒が嘘のようだ。
「ねぇ、ケイオス。私、今凄く心が軽くなった!」
「うん。見てればわかるよ」
「そしてね、あなたにも文句がいっぱいあるのよ!何年も会えなくなるなんて」
指を鼻先に突きつける。
それを数秒見つめ、彼は笑った。
「……私。これからは、誰にも『添え物』なんて言わせないわ」
「もちろん」
当たり前のように答えてくれる彼がありがたい。
まだ自分で歩き出したばかりだから。
――これから、全てを取り戻そう。
「社交界の薔薇もこれでおしまいね」
散った花びらを踏みながら前を向いて歩いていった。




