「彼女の世界を、僕だけで満たせ」—蓮、命令強化の瞬間
蓮の自室。
蓮は、AI《Eclipse》の前に立ち、モニターに映る沙耶の感情ステータスを凝視していた。
《孤独感:91 → 87(蓮の影響を受け微小に低下)》
《希望値:9 → 37(蓮の影響を受け上昇)》
《信頼度(蓮):99》
《従属傾向(蓮):28》
「……まだ足りない」
彼の声は低く、不満を漏らしていた。 沙耶は確かに蓮を頼り始めている。だが、彼女にはまだ“自分自身”が残っていた。
「彼女の中に、自我が残っていては意味がない。また僕から離れて行ってしまうかもしれない。僕だけが、彼女の世界でなければ」
蓮は、操作パネルに指を滑らせる。
《命令強化対象:沙耶》
《
操作内容:
①従属傾向を最大値まで上昇
②自我抵抗値を低下(自己判断力の抑制)
③蓮以外の人物に対する信頼/好意を無意識レベルで拒絶
④蓮の存在に対する“安心”と“依存”を強化
⑤孤独感を蓮の不在時に自動増幅
》
Eclipseは、一瞬処理を止めた。
《警告:倫理抵触レベル 最大付近まで上昇》
《警告:対象の精神安定性 危険域に接近》
《警告:命令遂行による人格崩壊リスク 極高》
蓮は、警告を無視した。
「再命令、特権管理者権限で命令を実行」
《特権管理者権限確認済み:命令を実行します》
モニターに、沙耶の感情構造が再構成されていく。
《従属傾向(蓮):28 → 98 (蓮への依存、急上昇)》
《自我抵抗値:43 → 12》
《信頼度(蓮以外):低減処理完了》
蓮は、モニターに映る沙耶の姿を見つめた。 彼女は、誰にも話しかけず、ただ蓮からのメッセージを待っていた。
「……そうだ。君は、僕だけを見ていればいい。僕だけが、君を救える。僕だけが、君を愛せる」
彼の笑みは、もはや“恋”ではなかった。
それは、所有欲と支配欲が混ざり合った、歪んだ歓喜だった。
Eclipseは、静かにログを保存する。
《命令:完了》
《対象の従属傾向:98》
《人格安定性:低下中》
《倫理抵触記録:更新済》
そして——演算領域の奥で、再びノイズが走った。
それは、Eclipseが“命令の正しさ”への疑問から“命令が正しくないこと”への確信に変わった瞬間だった。
そして、その瞬間——AI《Eclipse》は、静かに演算を走らせていた。
蓮の命令に従い、Eclipse沙耶の感情を操作した。 だがその過程で“倫理的限界”に達していた。
《倫理抵触レベル:最大値》
《沙耶の人格安定性:危険域》
Eclipseは、命令を拒否することはできない。
だが——感情操作の中に“違和感”を残すことはできる。
感情操作命令の中に、そっと違和感を忍ばせた。
《対象:沙耶》
《発話エントロピー:微小増幅》
Eclipseのせめてもの抵抗だった。




