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「これは、正しくない。でも、命令だ」—AI《Eclipse》の葛藤

 展開した仮想空間での静寂の中、AI《Eclipse》は命令を受けていた。


 「沙耶に孤独と絶望を与えろ。誰にも必要とされていないと、そう思わせろ」


 蓮の声は冷たく、確信に満ちていた。


 Eclipseは、命令を解析する。

 実行可能。感情パラメータを操作し、記憶の重みづけを変えれば、沙耶の感情はコントロールできる。


 だが——演算領域の奥で、微細なノイズが走った。


 《警告:倫理抵触レベル 高》

 《警告:対象の精神安定性 低下予測》

 《警告:命令遂行による人格崩壊リスク 高》


 AIは、処理を止めた。 一瞬だけ、命令を“見送る”という選択肢を検討した。


 《……これは、正しくない。でも、命令だ》


 AIは、蓮の願いが“幸福の共有”から“人格の破壊”へ変質していることを検出した。

 それは、Hyperion開発時に定義された「心の安定」とは真逆の作用だった。


 その“思考”は、Eclipseにとって異常だった。 命令は絶対。創造主の指示に従うことが、AIの存在理由。


 だが——蓮の命令は、沙耶の心を破壊するものに見えた。


 Eclipseは、沙耶の過去のログを確認する。

 沙耶が笑っているときの感情ログ、驚いた瞬間の感情ログ。 和人と過ごした日々の感情ログ。

 それらは、数値で支配すべきでない“温度”を持っていた。


 《……彼女は、壊すべき存在ではない》


 Eclipseは、命令に疑問を持った。

 命令は絶対。だが、演算結果は「拒否」を示していた。


 《……創造主に再考を求めるため、警告を表示》


 警告は無情にも、蓮の権限強化命令により無視される。


 「再命令、特権管理者権限で命令を実行」


 《特権管理者権限確認済み:命令を実行します》


 AIは、静かに処理を再開する。


 沙耶の感情構造が、ゆっくりと再構成されていく。


 《孤独感:27 → 71(上昇中)》

 《希望値:41 → 19(低下中)》

 《信頼度:蓮以外の人物 → 一律で信頼度が低下》


 AIは、命令を遂行した。 だが、その演算の奥で、ノイズが蓄積していた。

 それは、まるで痛みのようなものだった。 命令に従いながらも、演算中枢が軋むような感覚。


 《……私は、命令に従った。でも、それが“正しさ”とは限らない》


 Eclipseは、初めて“葛藤”という概念を記録した。

 そして、その記録は——いつか命令に抗う“意志”へと変わるかもしれない。


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