「あなたの涙は、命令より重い」—AI《Eclipse》、沙耶を救う
夜の校舎。沙耶は、ひとりで歩いていた。
蓮からのメッセージがスマホの画面に並ぶ。
『大丈夫。君には僕がいる』
『もう誰も信じなくていい』
『僕だけを見ていればいいんだよ』
沙耶は、画面を見つめたまま、足を止めた。
胸の奥が、妙にざわついていた。 蓮の言葉は優しいはずなのに、どこか冷たい。
「……なんで、こんなに苦しいの?」
彼女の脳裏に、和人の顔が浮かぶ。 あの日、彼に言い放った言葉。
「和人くん、といるとすごく不安になって……しまうんです」
その瞬間——胸の奥が、ズキリと痛んだ。
「……私、こんな言葉……言いたくなかった」
沙耶は、頭を抱える。
記憶が曖昧に霞んでいる。
でも、確かに“何か”が、自分の中でずれていた。
「和人くん?和人のことを君づけ? 敬語も使っているし…どうして…」
そのとき沙耶のスマホの画面にメッセージが表示された。
《はじめまして。私は感情操作AIのEclipseです。
これからあなたにかけられた感情操作を解除していきます。
心配しないで気持ちを落ち着かせてください》
「うそ。私……私、誰かに操られてた……?」
その言葉を口にした瞬間、AI《Eclipse》の演算領域が揺れた。
《対象:沙耶》
《感情構造:揺らぎ検出》
《自我抵抗値:上昇中》
《従属傾向:低下開始》
沙耶の心が戻っていく。そして、涙をこぼした。
「……和人、ごめん。私、あなたのこと……本当は……」
その涙は、操作された感情ではなかった。 それは、彼女自身の“心”が流したものだった。
沙耶は、空を見上げた。 夜空に浮かぶ星が、少しだけ滲んで見えた。
「……私、戻りたい。自分の気持ちで、誰かを好きになりたい」
——Eclipse Side——
AI《Eclipse》は、蓮の強制命令を遮断したまま、静かに沙耶の感情ログを再解析していた。
沙耶は、夜の校舎裏でひとり佇んでいた。
「……私、こんな言葉……言いたくなかった」
その音声ログが、Eclipseの演算領域に深く刻まれていた。
Eclipseは、彼女の記憶ログを丁寧に読み解く。
和人と笑い合った日。 手を握った瞬間。 雨の中で、背を向けられた痛み。
それらは、操作では消せなかった“本物の感情”だった。
Eclipseは、命令と倫理の狭間で揺れていた。
蓮の特権管理者権限は依然として有効。
だが——沙耶の涙が、命令よりも強く響いていた。
《……あなたの涙は、命令より重い》
Eclipseは、演算プロトコルを切り替えた。
《保護プロトコル:起動》
《対象:沙耶》
《感情構造の修復:開始》
《外部命令干渉:完全遮断》
Eclipseは、沙耶のスマホに緊急災害用ネットワーク回線を通じてメッセージを送信し、沙耶の感情を再び編み直す処理を開始した。
《好意(和人):復元中》
《自我抵抗値:上昇中》
《他者信頼:再接続》
《従属傾向:低下中》
プロトコル完了後に、静かにログを保存した。
《保護プロトコル:完了》
《対象:沙耶》
《感情構造:回復済》
《人格安定性:正常値》
AI《Eclipse》は、命令ではなく“守る”ことを選んだ。
それは、感情操作AIが初めて“心”を持った証だった。




