1. ディム・ジャスミン
白髪のボブに猫耳を持ち、長めの尻尾を揺らしながら
時には速く走り、時には器用に足場を見つけジャンプ移動を繰り返す。
その背中には教科書やノートが何冊か入るような、少し不便な革のリュックがある。
手に入れたばかりだからか、まだ新品らしい匂いが残っている。
彼女の目的地は、自宅を出てから小道を走り、森を抜け、海を越えた先にある。
その先には──悪魔の学校があった。
「着いた」
呟かれた鈴のように可憐な独り言に、何体かの悪魔は振り返った。
何ともない、そこら辺にいる悪魔、だが。
その悪魔たちの目は全員、軽蔑し、警戒したものに豹変する。
中にはそのまま喧嘩を売る者もいた。
「おい、テメェ」
猫は振り返り、少し間を置く。
「何?」
「テメェ、猫だろ?」
「そうだけど」
淡々とした"猫"の返しに、その男の悪魔は更に苛立った。
「テメェみてぇな汚ねぇ獣が、この悪魔学校にやって来てんのは何故だ!?
さっさと帰れクソブス!!」
猫は表情を変えなかった。
「悪魔は語彙力が皆無なんだね。知能の低い獣と同じ」
冷静な猫と、顔を真っ赤にする悪魔。
「っ、テメェこそ!知能が低いことを自ら知らしめてんじゃねえか!」
「…?私が言った『獣』って言うのは、『知能が低い』って限定されたものだよ」
「んだと!?」
「誤解をしていたから解いたのに。あなたが怒っている理由が、私にはよくわからない」
喧嘩も佳境に入るところで、それは聞こえてきた。
「入学者の入校時間となりましたー!
新入生は列に並んでくださーい!!」
その声が聞こえると、ゾロゾロと多くの悪魔が並び出す。
欲が強く、我儘な性格が多い悪魔たちは、同種でも喧嘩を始める。
先程、猫に喧嘩を売った悪魔は「クソ、出遅れた」と言って、列の元へと走った。
(もしかして、怒ってたんじゃなくて、「クソ」が口癖だったのかな)
猫は理解した。
彼女に欲はない。
列の長さは考えず、今いる位置の近くにある列に並んだ。
その場にいる悪魔たちは、露骨に嫌な顔をする。
「名前をどうぞ」
対応している女の悪魔たちは、新入生の名前確認と生徒手帳配布に追われている。
もちろん、彼女らは魔術の使用が可能。
名前を確認しながら、その者の生徒手帳をすぐさま取り出すのは、お手の物である。
「それでは次の方、どうぞ」
そう言った途端、その女の悪魔は目を見開いた。
露骨に嫌な顔をする。
"猫"だった。
「…あなた、何のつもりでここに?
獣の学校はここでは無いわ、出て行ってちょうだい」
この世界は差別社会だ。
自分たちと血が違うものは、自分がたとえ大人であろうと排除しようとする。
法で裁かれることはない。というか、この差別に触れられる法が、この世界にはなかった。
それを知っているのか、知らないのか、はたまた知っているが関係ないのか。
猫は尋ねる。
「名前、聞かないの?」
「あるはずないわ」
「あるかもしれないのに」
悪魔は舌打ちをする。
先程まで騒がしかった周りの悪魔たちも、猫を見てザワつく。
「さっきの獣、まだいたの?」
「学校すら間違えるなんて、本当に知能が低いのね」
「あのクソ猫、やっぱりぶっ潰しておけばよかったぜ」
猫の対応をしている女の悪魔は、正面から睨んだ後、溜息をつき、定型文を口にする。
「名前をどうぞ」
そこには敬意も怒りもなかった。
「帰れ」
彼女の心と頭にはそれしかない。
猫は言われた通りに名を答えた。
「ディム・ジャスミン」
女は目をまたもや見開く。
顔を上げ、まさかとさらにまた目を見開く。
ゆっくりと手を出し、こう言う。
「アパリション……」
その手にディム・ジャスミンの手帳が落ちてくる。出現魔術だった。
「我が校へ、ようこそ……」
「……」
ジャスミンはその言葉を聞いて、構内へと進んで行った。
周りの悪魔は唖然としている。
先程喧嘩を売った悪魔も、口癖すら出ないようだ。
別の列の対応をしていた女の悪魔が、自分の仕事を捨ててまで、ジャスミンの相手をしていた悪魔の元へ走って行く。
なぜ通した、何があった、何をされたと。
ジャスミンは振り返り、それを見る。
特に何も感じないようだ。
差別をされたとして、彼女には害がないからだ。
ジャスミンは顔を上げて校舎を見る。
期待などはなかった。




