表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/16

換気扇OFFと、沈黙の結界

深夜の『デイリー・ネクサス』。客足は途絶え、真木まき 悠斗ゆうとはバックヤード(休憩室)で至福のサボり時間を満喫していた。


(…あー、やっと休憩だ。仮眠でもとるか…)


彼が安物のパイプ椅子に深くもたれかかり、スマホを構えた、その時。


「ガガガガ…」


「キィィィィ……」


天井の業務用換気扇が、不快な異音を立て始めた。


(…うるさいな)


悠斗は顔をしかめる。異音は止まるどころか、徐々に大きくなっていく。


(これじゃスマホの音も聞こえないし、仮眠もできない。かといって、店長に報告して修理を呼ぶのも面倒だ…)


彼の「安眠」という「最重要事項」が、無慈悲な騒音によって妨害された。


悠斗は舌打ちしながら立ち上がると、壁際にある分電盤ブレーカーの蓋を乱暴に開けた。


(確か、これだったか…)


彼は「換気扇・業務用」と書かれたラベルのスイッチ(ブレーカー)を見つけると、一切の躊躇ためらいなく指をかけ、「切(OFF)」に倒した。


ピタリ、と異音が止まり、完璧な静寂が訪れる。


(よし、静かになった。これで安眠できる)


悠斗は満足げに頷くと、パイプ椅子に戻った。


(シフトが終わる朝までに「入(ON)」に戻しておけば、誰も気づかないだろ。完璧だ)



その頃、シスター・アリアの司令室。


「シスター! 聖域コンビニの空調・換気システムが、全停止!」


監視班の一人が叫んだ。ディスプレイには、聖域のエネルギーフローを示す図が、一部「沈黙」していることを示していた。


「同時刻、新たな敵性組織『深淵の囁き(しんえんのささやき)』の活動を補足!」


別のオペレーターが緊迫した声で報告を続ける。


「彼らは、都市全体の空調ダクト網を利用し、高周波の異能音波『不協和音ディソナンス』を散布! 周辺住民の精神汚染を計画しています!」


アリアは、二つの報告を聞き、目を見開いた。


「…! 聖域の『息吹いぶき』が、止まった…!」


彼女は、悠斗がブレーカーを落とす(監視)映像を再生させる。


「『深淵の囁き』は『風(空気)』に乗せて災厄を運ぶ…。導き手は、敵の『不協和音』が聖域に侵入するのを予見し、自ら聖域の『風』を断ち切られたのだ!」


アリアは戦慄していた。


「これぞ、あらゆる音(=災厄)を拒絶する、『沈黙の結界』…!」



一方、その『深淵の囁き』の司令部。指揮官が、精神汚染作戦の実行を監視していた。


「指揮官。市内A、B、C地区へ『不協和音』の伝播でんぱを開始します」


「うむ。して、最重要中継ノード(コンビニ)の状況は?」


「はっ。安定した電源と広域へのダクトが確認できており、これ以上ない増幅中継地点です。これより、本隊の信号を…」


オペレーターの声が、突如として裏返る。


「…エラー! エラー! 最重要中継ノード(コンビニ)からの信号が、ロスト!」


「何だと!?」


指揮官がモニターを睨む。そこには、アリアの組織とは別ルートで盗撮していた、コンビニのバックヤードの映像が映し出されていた。


無気力な店員(悠斗)が、ブレーカーを「切」にする瞬間が。


(バカな…!? なぜ、このタイミングでピンポイントに電源が落とされる!?)


(まさか…我々が数年かけて構築した『不協和音』のネットワークが…)


指揮官は、悠斗の(眠たそうな)顔を見て、恐怖に引きつった。


(あの男…『終焉の導き手』…! あの無感動な表情…! まさか、我々の『不協和音』のネットワーク網そのものを『雑音ノイズ』として認識し、その存在ごと『無』に帰そうとしているのか…!?)


最重要中継点を失った「不協和音」の周波数は制御を失い、逆流を開始した。


「指揮官! 増幅装置が! 周波数の逆流で自壊していきます!」


司令部は阿鼻叫喚の地獄と化した。


「神託(=換気扇OFF)に従え!」


アリアの厳命が飛ぶ。


「敵の『風』は止まった! 今こそ『沈黙』の鉄槌を! 混乱する敵の増幅アンテナを叩け!」


アリアの部隊は、自滅してパニックに陥る『深淵の囁き』の拠点を、電撃的に(かつ楽々と)制圧した。



朝。シフト終了の時間が近づく。


悠斗は大きな欠伸をしながらバックヤードに戻り、分電盤の「換気扇・業務用」のブレーカーを「入(ON)」に戻した。


換気扇が、静かに回り始める。


(…あれ?)


悠斗は首を傾げた。


(異音が、直ってる。…なんでだ? まあ、ラッキーか。修理代浮いたな)


彼は、異音が消えた快適な静けさ(と、よく寝られた満足感)に浸りながら、タイムカードを押した。


「(あー、よく寝た。早く帰ろ…)」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ