カップ麺と、終末の保存食
聖域から『過去の遺物』が一掃され、悠斗は快適な(広くなった)部屋で休日を満喫していた。
アリアが住み込み(家政婦)を始めてから、悠斗の日常は劇的に変化した。掃除、洗濯は完璧。Gは(今のところ)出ない。
ただ一つ、問題があるとすれば。
「我が主。本日の昼食の準備が整いました」
「(うわ、またか…)」
テーブルに並べられたのは、高級フレンチのフルコースと見紛うばかりの、完璧な料理の数々。アリアは悠斗の健康(と聖域の維持)のため、栄養バランスが完璧な高級食材を使った料理を、三食提供し続けていた。
(いや、ありがたいけど…毎食これだと胃がもたれる…。あと、食費がヤバいことになってないか?)
悠斗は、アリアがどこから調達してくるのか不明な高級食材の山と、日に日に増えていく家計簿(をつける面倒)を想像し、うんざりしていた。
その日の昼食。またも完璧なフルコースを準備しようと、アリアがエプロン姿でキッチンに立った瞬間。悠斗は、思わず彼女を制止した。
「あ、アリアさん。今日は昼いいです」
「…! と、申されますと…?」
アリアは、悠斗が『聖なる食事』を拒否したことに、わずかに動揺する。
悠斗は戸棚をごそごそと漁り、一つのパッケージを取り出した。カップ麺である。
「これで充分なんで」
(あー、なんか急に、こういうジャンクな味が食いたくなったんだよな…)
悠斗は、アリアの(衝撃を受けたような)視線を気にも留めず、ポットのお湯をカップ麺に注ぎ始めた。
◇
アリアは、その光景を凝視していた。
我が主が、私が用意した完璧な『恵み(高級食材)』を退け、あえて『ジャンクフード』を選ばれた…。
(まさか…!)
(導き手ほどの存在が、ただ『味が濃いから』という、我々凡夫と同じ理由で選ぶはずがない…!)
湯気が立ち上るカップ麺を、悠斗が無心で(実に美味そうに)すする姿。アリアの脳裏に、第一話の神託『もはや終焉』が蘇る。
(…! そうか! これは『訓練』だ!)
(来るべき『終焉(世界の終わり)』…すなわち、インフラが崩壊し、食糧難となった世界に備え、導き手はご自身の御身をもって、『最低限の保存食』だけで生き永らえるシミュレーションを、今、この瞬間も…!)
アリアは、悠斗の(ただの気まぐれな)食事を、「人類の終末を想定した、あまりにも過酷な自己訓練」だと解釈した。
「(ゴクリ)…我が主の『覚悟』、拝見いたしました」
彼女は戦慄しつつ、その光景を(次の神託として)脳裏に焼き付けた。そして即座に、部下に対し(通信で)新たな指示を出す。
「緊急。これより組織の備蓄食料を『高級食材』から『長期保存可能なジャンクフード(カップ麺)』に切り替えよ。…導き手は、すでに来るべき『飢え』に備えておられる」
◇
一方、その頃。『レヴィアタン』の司令室。
『七つの鍵』の一件で、悠斗の『無』の行動原理をさらに警戒していた彼は、アパートの監視カメラ(※アリアが設置したものをハッキングしている)が捉えた映像に、眉をひそめていた。
「導き手が、カップ麺…だと?」
部下が報告する。
「はっ。アリアの組織はこれを『終末の訓練』と分析している模様。愚かな」
(ヤツが『完璧な食事』を拒否した意味は…?)
レヴィアタンは、そのカップ麺のパッケージを拡大させ、即座に成分分析を命じた。
「レヴィアタン様! 分析完了。炭水化物と塩分、脂質に極端に偏った『異様な栄養バランス』です…! 通常の人間がこれを続ければ、確実に健康を害します!」
レヴィアタンは、その『異様な栄養バランス』という言葉に、一つの仮説(=深読み)を導き出す。
(…! ヤツは、『人間』の限界を超えた、『極限状態での人体維持コード』を、自らの肉体で分析しているのか…?)
(あるいは、我々『七つの災厄』とは異なる『生命体』であることの、暗喩か…!?)
ちょうどその時、レヴィアタンの配下の組織が、世界の食糧流通網に介入し、特定の『必須アミノ酸』だけを独占するテロ計画(=人類を意図的な栄養失調状態にする計画)を進めていた。
レヴィアタンは、その計画表(と悠斗がカップ麺をすする映像)を交互に見る。
(…無意味だ)
(ヤツは『通常の栄養学』が通用しない次元にいる。我々が『必須アミノ酸』を独占したところで、ヤツは『カップ麺』で生存可能だと、こうして『回答』を示しているのだ…!)
「計画は凍結だ。ヤツには『栄養素』という概念が通用しない…!」
◇
その頃、アパート。悠斗はカップ麺のスープを最後の一滴まで飲み干し、深く満足していた。
(あー、美味かった。やっぱ、たまに食うカップ麺は最高だ)
(アリアさんの料理もいいけど、毎日フルコースは疲れるんだよな…)
悠斗は、アリアが(次の神託に備え)コンビニで全種類のカップ麺を(ケースで)買い占め始めたことにも、裏世界で「食糧テロ」が回避されたことにも気づかず、満腹感に包まれて幸せな昼寝を始めた。




