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エピソード1 ヒーローがいる街

『強盗ヴィランたちの乗ったトラックは、今も逃走中です!! 現金300万ネクスドルの積んだまま、高速道路を暴走中!! 』


 夜でも眠らない大都市 "ネクスシティ"。

 

 隙間なく立ち並ぶビルの光が闇を裂く。その明るさは夜なのに昼と見間違うほどだ。


 住民も街と同様に眠らない。彼らは室内外問わず各々のスマホやパソコン、テレビ、ビルのモニターに視線を向け、固唾を飲み込む。


 そこに映し出されているのは街の高速道路を法外なスピードで突っ走る黒トラックとパトカーの上空映像。


 モニター右下に表記されている"LIVE"の文字。

 暴走が今、この瞬間起こっている証拠であったーーー




「くそっ! うるっせぇなあのビルのモニター!! 気が散ってしょうがねぇ!! 」

「笑い顔、落ち着け! ここで事故ったら笑えねぇぞ! 運転に集中しろ! 」

「怒り顔の言う通りです笑い顔! このまま逃げ切れば、俺たちはあの借金地獄から抜け出せるのですから! 」



 高速道路、揺れるトラックの車内。

 3人の男たちが黒い目出し帽から覗く口を開いて叫んでいる。


 笑い顔、泣き顔、怒り顔と3人とも違う顔が描かれた目出し帽を被っているがその下の表情は共通して焦燥感に満ちたもの。

 それもそのはず。赤と青のパトランプを照らし、サイレンを鳴らして近づいてくるパトカーが背後にいては、冷静でいられるはずがない。



『いい加減に諦めろヴィランども!! いい歳した大人が恥ずかしくないのか!? 』


「んだとポリ公が! 俺たちのこと何も知らねぇ癖に……!! 」

「だから落ち着きなさいって笑い顔! もう少しで逃げ切れます! 」

「だからって言われっぱなしでいいのかよ泣き顔!? 銃であいつら殺そうぜ!! 」

「し、しかし、俺たちは誰も殺さないと実行する前に誓って…! 」


 狭いトラックに警察と泣き顔、笑い顔の怒声が響き合い、怒り顔は両耳を塞ぐ。

 車内に満ちた声は何とかマシに感じられたが、最大まで上げられた音声のモニターの実況は耳栓しても、遠くからでもやかましいものだった。


『ヒーローはまだその勇姿を見せていません! 果たして一番乗りに駆けつけるヒーローはいったい誰なのかぁ!? 』


「……確かにそろそろ来やがるな。"ヒーロー協会" のヒーローが……! 」

 今までムカつく実況としか思わなかった怒り顔であったが、この瞬間初めて彼の言葉に共感したーーー


 


 ーーー"ヒーロー"

 それはネクスシティで活躍する英雄たち。


 犯罪者、 "ヴィラン" が軒並み台頭し始めた十数年前。

 警察の手にすら負えないほど凶悪かつ狂気的な犯罪の連続に人々は殺され、奪われ、涙を流して怯える日々。


 絶望に染まったネクスシティであったが、"ある組織" が勇気ある若者たちに技術と支援を与え、悪に対抗できる存在。世に輩出した。


 その組織の名は【ヒーロー協会】。

 所属するプロヒーローたちは市民にとって希望の象徴にして注目の的。


 街を歩けばサインをねだられ、イベントには引っ張りだこ、活躍すれば即座にネットニュースに記載される。

 彼らの活躍はテレビやスマホなどメディアに中継され、今やネクスシティには欠かせないコンテンツと化した。


 中でも特に注目を集めるヒーロー協会トップのヒーローたち。

 名を"エースヒーロー"。

 市民や若いヒーローたちの最大の"憧れ" にして、協会の最大の"稼ぎ頭"たちであった。


 


『こちら"フルメタル"。対象との距離約500メートル。このままヴィランたちを追跡する』

「OK! こちら"ライトニング"。俺も秒で奴らに追いつくYO!! 」


 ネクスシティS市内のインターチェンジ。

 黄色い閃光が陽気な声と稲妻を放ちながら超高速で駆け抜ける。


 

「HEY HEY!! 高速に入ったYO! バイブスとスピード上げてくぜステイ・チューン!! 」



 エースヒーローの一角、【ハイスピードヒーロー】 "ライトニング"。


 雷を模したデザインの黄色いコスチューム。

 風で揺れる金髪から覗く黄色いカラコンの瞳と真っ白な歯と笑み。

 鍛え抜かれた筋肉で作り出す陸上競技選手顔負けのフォーム。

 

 一台、二台と時速数十キロ以上で走る車をごぼう抜きにしながら前へ前へと疾走し、強盗ヴィランたちの乗るトラックを目指す。


『よし、そのまままっすぐに進めライトニング。俺の計算が正しければ約4分45秒後に奴らに追いつくはずだ』

「計算THANK YOU フルメタル! お前の計算より早くとっ捕まえてやるYO!! 」


 耳の通信機から聞こえる同僚の声にライトニングはさらに足の回転を上げる。

 一瞬視線を直線から逸らし、高速道路道路外に向けると鉄の塊がビルからビルへと飛び移っている。


 

 エースヒーローの一人、【サイボーグヒーロー】 "フルメタル"。



 ヴィランの爆破事件で失った筋骨隆々な肉体のほとんどを補うサイバネティクボディ。

 鋼鉄の身体が都市の光に反射し、お堅い表情のがトラックを捉える。

 最大まで強化された肉体と計算尽くされたコンピューター頭脳の示す様に迷いなく飛び回っている。




『おーっとぉ!! 高速道路にはハイスピードヒーローのライトニング、ビル群にはサイボーグヒーローフルメタルが強盗ヴィランを追っているぅううう!!』




「ところでよ、フルメタル? 俺が協会の司令をシカトした場合、どんくらいの時間でヴィラン捕まえれたワケ? 」

『………5分前にもう捕まえてる計算だ』

「WHAT!? ったく相変わらず視聴率JUNKIE な協会だぜ。盛り上がるからって遠回りさせやがってYO……」



 ため息混じりに肩を落としたライトニングは思わず躓きかけるが、気力で堪える。

 車も平気で追い越せる速さで転けようものなら下手な事故以上の大惨事になりかねない。


 

『ハーハッハッハッ!! そう言うなライトニング!! 』

「気を抜くなライトニング、フルメタル! 」


 

 突然、通信機からフルメタルとは別の男の笑い声と女性の叱責が響く。

 特に女性の声の方は右方向からも聞こえてくる。


 ライトニングの視線が右を捉えると『International Hero Association 』の文字と国際ヒーロー協会、並びにネクスシティの正義象徴であるロゴが描かれた黒ワゴンが並走している。


 少し上の方に目線を合わせると屋根の上に乗っている女性と目が合う。

 猛スピードのワゴンの上に乗るなど成人男性でも耐えられない状況だが彼女は鍛え抜いた身体能力を体現するように微動だにしない。

 

「その甘さが命取りになるのだぞ! エースヒーローたる者、もっと気を引き締めろっ!! 」

 


 エースヒーロー紅一点、【和風ヒロイン】"サムライ"。



 発展途上の権化の様なネクスシティには場違いに見える着物姿の金髪美女。

 日の丸が描かれた鉢巻の真下に光る瞳と片手に握る黒鞘の刀。

 絵に描いたような侍そのものの容姿と表情は猛スピードの風圧を受けても凛々しさを保ったままだ。

 


『来ましたぁああ!! エースヒーロー紅一点、サムライが降臨です!!! 』



 

「OH、サムライ! そんな怖い顔すんなYO! 」

「だから気を抜くなと言ってるだろ! 貴様はなぜいつもそうやって緊張感がないのだっ!! 」


 ここだけ見ると彼女はただのお堅い真面目ちゃんで、若者が中心であるメディア社会に受けるとは思えないかもしれない。

 しかし彼女が人気である要因はそのビジュアルや真面目さではない。



「でもYO、サムライ? 今日のお顔もVERY CUTE だぜ? 」

「は、はぁあ!? なな、何だ急に!?!? 」

「いやマジだって。せっかくのかわいいお顔が台無しだZE? 」

「そ、そうか……? えへへ…」


『おおっとぉ!! サムライが今日もデレましたぁああ!! 』

 


 そう、このツンデレさである。

 普段は真面目で手厳しい性格だが少し褒めれば嘘の様に甘い表情に早替わり。

 ギャップにやられた市民も多く、ヒーロー協会のヒロインの中ではトップレベルの人気を誇る。



『………会話してるとこ悪いが、彼はまだ来てないのか? 』

「ハッ!? わ、私とした事が! 」

「そういやそうだな。あいつは来てないのかYO? 」


 通信機の声に我に返ったサムライは失態を咳払いで誤魔化して二人に告げる。


「彼なら既に先回りしてる。ヒーロー協会一の正義漢だからな。恐らく、もうそろそろーーー」


 

 ライトニングが再び視線を標的に戻す。

 少しづつ縮まるトラックのリアドアとの距離。


 500メートルーーー

 300メートルーーー

 100メートルーーー

 

 遂に数十メートルまで近づき、トラックのエンジン音が耳の中で響く。



 ーーーその瞬間。


 

「ハーハッハッハッハッ!! 諸君、遅れてしまってすまなかった!!!」


 

 トラックのエンジン音、パトカーのサイレン音、モニターの実況。

 この場のどんな音よりも巨大な笑い声が高速道路に反響する。



 "ドゴォンッ!!"

 


 直後、トラックの前で何かが落下し、土埃がトラックを包む。

 急ブレーキをかけたトラックの後ろでパトカーと共にスピードを落としたライトニングらは口を揃えて着地した存在の名を叫ぶ。


「ジャスティス、来たのか! 」

「ジャスティス! 来るのが遅えYO! 」

 


「すまないな諸君! 他のヴィランを片付けてたらすっかり遅くなってしまった!! 」



 エースヒーローのリーダーにして、ヒーロー協会最強。

 【ナンバーワンヒーロー】"ジャスティス"。



 分厚い筋肉を包む赤いスーツにネクスシティの風を受けてはためく青いマント。

 嫌味や悪意など負の感情が一切感じられない眩い笑顔と真っ白な歯。

 誰もが一度は想像する"スーパーヒーロー"がヴィランの目の前に立ちはだかる。



『来ましたァァァァ!! ヒーロー協会のリーダー格!!! 我らのジャスティスが登場です!!!! 』



 モニターの実況の声よりも遥かに大きな歓声がネクスシティ中に轟く。

 ビリビリとくる振動が高速道路を揺らしている。



「じゃ、ジャスティスまで!? よりにもよってエースヒーロー勢揃いかよ……! 」

「狼狽えんじゃあねぇ怒り顔!! 死んでも逃げ切るぞぉ!! 」

「ここまで来たんです…! 捕まってたまるものですか!! 」



 トラックの中にいる強盗ヴィラン3人組を指差し、ジャスティスは叫ぶ。


「無駄な抵抗はよせ!! 貴様らは我々が必ず捕らえてやる!! 」

 

 その宣告に応えるようにライトニング、サムライ、ビルから道路に着地したフルメタルも戦闘体制を取る。



「行くZE ヴィランども! 俺のSPEEDに着いて来れるかな!? 」

「我が刀の錆にしてくれる…! 」

「お前らの逃走成功率は…0%だ。計算するまでもないだろうがな」



 


「やっちまえー、エースヒーロー達ぃ!! 」

「ジャスティス頑張れー! 」

「ヴィランどもをぶっ殺せぇ!! 」


 街頭モニター、テレビ、スマホ、パソコンに映る四人のヒーローに市民は拳を掲げる。


『エースヒーローキター』

『サムライちゃん今日もかわいい! 』

『くそヴィランどもボコボコ期待! 』


 画面内のコメント欄には次から次へと言葉と顔文字の羅列が表示され勢いよく下へ流れていく。



 これが "ネクスシティ"。

 漫画やアニメの世界の様にヒーローが存在する街の日常。

 

 

 市民達はヴィランと戦う彼らに熱狂し、憧れ、尊敬の眼差しを向ける。


『ボクもあんな風になりたい』

『私もああなりたい』

 そんな夢を抱きながら。





 ーーー"彼"だけを除いて。



 「今更登場とは流石はヒーロー協会。無駄に市民を焦らす才能は今回も絶好調ですねぇ」


 高速道路から遠く離れたネクスシティT市内の道路。

 街頭の少ない道に溶け込む様に黒い電動バイクが風のように静けさを破らないまま走る。


 ラジオを聴きながら上に跨るのは全身黒ずくめの男。

 喪服の様に黒スーツ、黒ソフト帽、目元を隠した黒アイマスク。

 小刻みに揺れる黒いハンドガン入りのホルスター。



 彼もまた、このネクスシティのヒーローの一人。

 だが、この男の人気や人望はエースヒーローは愚か、ヒーロー協会のどんなヒーローの足元にも及ばない。

 


「おい見ろよ! あのバイクに乗ってるやつ! 」

「あいつ、まさか"ナイトメア"かっ!? 」

「うわ出やがったよ、あのクソヒーロー!! 」

「引っ込んでろ、この"手柄泥棒"っ!! 」


 街行く市民が彼を視界に入れた瞬間、鳴り響くブーイング。

 両手を掲げて示す親指を下にしたサムズダウン。

 ジャスティスら他のヒーローには決して見せないであろう怒りの感情。


 

 「やれやれ、おバカさん達はいつも元気ですねぇ。フフッ」


 

 彼らの罵声を一心に受けてもなお笑う男。

 名を"ナイトメア"。


 ヒーローが守るべき市民に皮肉と嫌味の連発。

 他ヒーローが懸命に戦って勝ち取った成果を平然と横取り。

 街を歩けばブーイングの大合唱。

 画面に映ればバッシングの嵐。

 ヒーローの風上にも置けない、通称"正義の手柄泥棒"。



 それが彼。

 ヒーロー協会引退済みのフリーヒーロー。

 【自称・ダークヒーロー】"ナイトメア"。




「さぁて、今夜もおバカさん達をもっと怒らせちゃいましょうか! 」


 

 

 目指すは強盗ヴィランたちの元へ。



 市民の人気の的であるエースヒーローの手柄を奪うべく、市民の嫌われヒーローがハイエナの如くギラつく目を光らせてバイクのスロットルを上げた。

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