4.お着替えと移動魔法
「それじゃあ、まずは元の位相に戻してもらえるかな。この領域からじゃ、白銀の大陸には行けないし」
「ああ――……いや、ダメだ」
リデルの言葉に、やる気なく頷きかけた欠落は、途中で思い直したように首を横に振った。
「どうして?」
「……なんでわかんねーんだよ……。オマエの体は『大悪党』のものだ。指名手配されてるに決まってるだろうが。戻したら早々に騒ぎになるっての」
「ええ? でもさっき歩いてたときは大丈夫だった――と思うけど」
人の視線に頓着していたとはとても言えないリデルは、歯切れ悪く反論する。
欠落はその反論をばっさりと切った。
「オマエが気付いてなかっただけで、まず黒ずくめの美形がいるって注目集めてたし、そのうち特徴から指名手配と結びつけるヤツは出てくるっつーの」
「間近で相対した人は全然気付いてなさそうだったけどな……」
「……見てたけど、それ人助けしたときのだろ。切羽詰まったニンゲンがそこまで気ぃ回るかっての」
「……確かにそうだね」
納得したので、リデルはそれ以上言い募るのを止めた。
「まずその服と、懐の七聖具をどうにかしねーと元の位相には出せねーな」
「この服って、もしかして『大悪党』として動くときの服だったり?」
「そーだよ。日常的にそんな格好してるニンゲン、怪しくて仕方ねーだろ」
それは確かに、とリデルは思った。服装を確認したときの自分もそう思ったので。
「替えの服は?」
「クロウはいつも空間にしまってたぞ」
「え? でもこの体になってから空間にアクセスしようとしても、うまくいかなかったけど……」
「オレが貸してる空間だからだろ。オマエの……出自からして、オマエの言う『空間にアクセス』はなんか法外なヤツだろ。フツーの……まー、クロウはあんまフツーとは言えねーけど……フツーのニンゲンは、気軽に接続できる空間なんて持ってないからな」
「そうだったっけ」
「そーなんだよ。オレが空間接続するから、一回触れば自分で接続できるようになるだろ」
リデルの予想通り、『フツー』に詳しそうな欠落の言うことだからそうなのだろう。
とりあえずそう思考放棄して、リデルは欠落が接続し、開いた空間に手を突っ込んだ。
(普段着、普段着……)
どういう服を持っているかわからないので、とりあえずそう考えながら空間を探る。そうしてするりと手の中に現れたものは、仕立てのそこそこいい、街を歩いても浮かなさそうな衣服だった。
(あ、そうだ、ついでに)
懐にあった七聖具を、今度は空間の中に放り込む。
欠落はちょっと嫌そうな顔をしたが、何も言わなかった。触った感じ、もう二つくらい七聖具が空間の中にありそうだったので、何かを諦めているのかもしれない。
空間を閉じ、魔法で衣服を取り替えて一心地ついたリデルは、浮かんだ疑問を率直に欠落に投げた。
「どうして、レン――クロウは、七聖具を集めてるのかな?」
「知らね。世界征服でもすんのかよって聞いたことあるけど、鼻で笑われただけだったぜ。――でも、七聖具を集めて何かをしたいってよりは、集める過程で何かが起こるのを期待してるっぽかったな」
(……まさか、ね)
リデルは、レンと共にいたころ、自分のこの世界での目的――とりあえず七聖具集め――を教えたことを思い返す。
ちょっとしたハプニング、もといトラップからレンを庇ったことで『白の森』に飛ばされて、きちんとした別れもできずじまいだったが、自分と再び会うために七聖具を集めていたなんてことは――ないんじゃないかな~、そこまで重い感情抱かれるようなことしてないしな~と思うが。
(でも世界征服するでもなく七聖具を集める理由、あんまり思いつかないしな……)
触ってみてわかったが、今の世の七聖具はちょっとおかしい。創世神が持っていったときにはなかった変な魔力をまとってるし、なんかリデルから逃げようとするし、人間が間近で接するといろいろよくない影響がありそうなものになっている。
界としての位が上のところで創られたものなので、一つあるだけで国くらいはとれるだろう代物を三つも集めて、何をするでもなくしまいこんでいたということは、やっぱり――?
(……考えても仕方ないか)
この体の記憶を探るつもりがリデルにない以上、レンに会うことでしか疑問は解けない。
とにもかくにも白銀の大陸に向かって移動するしかないのだった。
(でもたぶん、この入れ替わりの理由は、七聖具のせいだな)
なんか変な物になりつつある七聖具のせいでこうなったのだろう、という確信がリデルにはあった。
では手持ちの七聖具を解析すれば元に戻れるかといえば、それはなんかダメそう、という感覚もあった。
なのでやっぱり、とりあえずリデルの体の元へ行くしかないのだった。
(私の体の中に入ったレンが、うまくあの泉から抜け出せるとは思えないし……)
リデルでもちょっと面倒だなと思ったのだ。たぶんレンには荷が重いだろう。
「さて、服も着替えたし、七聖具もとりあえず空間にしまったし、これで問題はないだろう? 元の位相に戻してくれるかな」
「そもそも、どうやって白銀の大陸まで行くつもりだ?」
「この体、そこそこいろんなところを旅してるみたいだから、とりあえず移動魔法を使おうかと」
リデルがそう言うと、欠落はもはや呆れたようにため息をついた。
「オマエ、スゲー簡単に言うけど、クロウだって滅多なことじゃ使わないくらいの高度な魔法だからな、それ……」
「そうだったかな。まあ、使えるものは使うべきだろう? 君だってちまちま陸地を徒歩で移動されても嫌だろうし」
「それはそーだが、なんかな……。移動魔法は領域からじゃ発動しねーから、元の位相に戻すのはいいけど、どこに移動するつもりだよ」
「うーん……この体で移動可能な、一番白銀の大陸に近い場所は……黄金の大陸だね」
「っつーことは、ど真ん中か」
「一つ大陸を飛ばせるだけでありがたいと思おう。君の言い方だと、人気のあるところに移動すると騒ぎになりそうだし……なんか街の傍の森の奥に行ったことがあるみたいだから、そこにしようか」
「……はぁ……もうなんでもいいから、騒ぎだけは起こすなよ」
「やだなぁ、森の奥で騒ぎも何もないよ」
そんな会話を経て、リデルは元の位相に戻してもらって移動魔法で移動し――。
ギャオオオオゥ!!!
そんな危険しか感じない、ドラゴンの鳴き声響き渡る森へと降り立つことになったのだった。