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3.名前とお願いとリデルの事情



「私はリデルという名前なのだけれど、この体は違う名前を持っているんじゃないかな?」


 問いかけると、高位悪魔はリデルの言うことを半信半疑の様子ながら、答えてくれる。


「――オレには『クロウ』の名前だけが許されてる。世間的には『大悪党』レイヴンって名前の方が通ってるが……」

「ふうん……そうか、名前の縛りがあったね」


 隷属された悪魔は、主の名前のうち、許された部分しか口にできない。その理ゆえに、この高位悪魔からこの体の本来の名前を聞き出すことを諦めたリデルは、もう一度鏡を覗き込んだ。

 リデルの本来の体と似た漆黒の髪と、リデルとは違う金の瞳。

 その色彩は少しばかり珍しいが、まったくいないというほどでもない。リデルのこれまでの長い旅路の中で出会ったことも、ついでに拾ったこともある。もしかして、とリデルは思った。


(うーん、あの子も綺麗な顔してたし、もしかして? ……でも最後に見たときから随分と成長しないとこんなふうにはならないから違うかな? それに、『クロウ』という名前でもなかったし……。――ああ、でも……)


 いつだったか、あの子に。


 ――あるところには、黒い羽を持つ、とても賢い鳥がいてね。いろいろな呼び方があるのだけど……私の『リデル』と同じ言語だと、『クロウ』と呼ぶ。


 そんなことを、話したことがある気もする。

 この世界の様々な名称にも同じ言語は使われているけれど、リデルが語った鳥は存在しない。それは、『彼』がその鳥を好まなかったからだろうと推測されるが――それなのに、『クロウ』を名前として使っている存在がいるとしたら――。


(……やっぱり、この体って、あの子――『レン』のものなのかも。面影もあるし……)


 リデルの知る子どもは『レン』というの名前だけ持っていて、それ以外は何も持っていなかったけれど。

 そんな子が、いくつも名前を持つだけの年月が経っていたらしい。

 その詳細は、この体に入り込んだからには、探ろうとすればできるのかもしれないけれど――それじゃあ面白くないな、とリデルは当たり前のように思考した。

 かつての拾い子が、別れたときから成長して、高位悪魔を隷属して、『七聖具』なんかと関わりを持って、うっかりリデルと入れ替わるまでの道程。それらはやっぱり、当人の口から聞きたい。


(うん、そうとなれば)


 まず、黙り込んで考えごとをしていたリデルを邪魔することなく、しかし幾ばくかの疑心と警戒をもって観察していた高位悪魔に声をかける。


「というわけで、私はこの体の持ち主ではないわけだけど」

「まだオレは信じてるわけじゃねーぞ」

「別に、信じようが信じまいが構わないよ。どうやら隷属というのは容れ物――この体と成り立つものみたいだから、君は私に逆らえないし」


 リデルが事実を口にすると、高位悪魔は目を細めて臨戦態勢に入った。


「……オレに、何をさせる気だ?」

「そう身構えないで。私がするのは『お願い』だよ」

「……『お願い』?」

「そう。一つ目は、『名前を教えてほしい』。いつまでも、君って呼んでるのもなんだからね。それから二つ目は、『この体を返すための旅についてきてほしい』。旅は道連れって言うからね。やっぱり連れ合いがあった方がいい。私もまだこの体の勝手がわからないし」

「……どっちも、オマエ……の体に隷属してるオレには拒否権がねーんだけど」


 その高位悪魔の言葉に、リデルは眉を上げる。


「おや、信じてくれた? 私がこの体の持ち主じゃないってこと」

「……オレをからかうために演技してるにしちゃあ長いし……雰囲気が違いすぎる。アイツだったら『お願い』なんてオレに向かって死んでも言わねーよ」

「そうなんだ? ……それで、『お願い』、きいてくれる?」

「だから、拒否権ねーって……。オレは、『欠落(ラック)』。アイツはただ、『欠落』って呼んでた。旅については……どうせ、オマエに呼ばれたらどの位相にいても引っ張られるんだから、それでいいだろ」

「そうか、『欠落』。よろしく。ちなみに私の言う『旅についてきてほしい』は、常時この位相に顕現しながら、私にこの体での常識的な振る舞いを教えつつ、【白銀の大陸】の『白の森(クライハルト)』にあるだろう私の体の元までついてきほしい、という意味だよ」

「【白銀の大陸】⁉ 端から端じゃねーか!」

「そうなんだよ。最短距離を突っ切っても、大陸を三つ横断しないとならない」

「……なんで人間は位相移動できねーんだよ……。っつーか常時顕現とか言ったかオマエ。本気で悪魔連れ歩く気か? 『私は普通じゃありません』って喧伝しながら歩くようなもんだぞ」


 『欠落』のその言葉に、リデルは首を傾げた。


「悪魔にだって、人間に擬態する術くらいあるだろう?」

「……あるっちゃあるが、フツー人間の方がそれを嫌がるんだよ」

「そうなんだ。私は気にしないから、擬態して。ああでも、君くらいの階位だと、常時世界を騙すには魔力が足りないかな……。足りなければ精霊からもらえるから、遠慮しないで」


 『欠落』はちょっと嫌そうな顔から、「何言ってんだコイツ』という顔になり、最終的に信じられないものを見る目でリデルを見た。心なしか距離をとられている。


「……なんか、精霊から魔力もらえるとか頭おかしーこと言わなかったか、オマエ」

「……あ」


(うっかりしてたな。精霊を見ることも、言葉を交わすことも、直接魔力をもらうことも、人間にはできない・・・・・・・・んだった)


 共にいた頃は、レンにも「それ、人外しぐさだぞ」と常々言われていたのだった。うとうと微睡んでいるうちにすっかり忘れていた。


「……オマエ、何者――いや、『何』だ?」


 完全に警戒の態勢に入ってしまった『欠落』に、リデルは「まあ旅は道連れだし……こっちの事情も開示してもいいか」とあっさり決めて――。


「実は私、ここの創世神の双子の片割れでね」

「……は?」

「勝手に世界を創って、そこに私たちの世界のものまで持ち込むっていう禁忌を犯した馬鹿の尻拭いをやらされてるんだ」

「……ちょっと待て」

「その持ち込まれたものっていうのが『七聖具』で、当面はそれを回収するのが私の目的――だったんだけど、別の体でやるのはリスキー過ぎるからね。まずは私の体のあるところに行って、元に戻ろうかなと」

「……いや……、はあ……?」

「飲み込めなくてもいいけど、まあそういうわけだから。――こういう人外っぽいところもうまく隠せるように指導してくれると助かるな。どうも君は常識的な悪魔っぽいし」

「…………」


 完全に頭を抱えて座り込んでしまった『欠落』の前にしゃがみこんで、顔を覗き込んで。

 リデルは完全無欠の笑顔で、ダメ押しした。


「これからよろしく、『欠落』」



 リデルが笑顔で『欠落』にゴリ押ししている頃、【白銀の大陸】の『白の森(クライハルト)』 の最奥の泉で。


「――早くこの体の使い方を獲得しないと、死ぬ……!」


 神聖なる『七聖具』を奪い去るという所業から、世間では『大悪党』で通っているレン=クラウ=クロウ――通称『レイヴン』が、当然のように命の危機に陥っていたりしたのだが、リデルはぜんぜん、まったく、ちっとも、その可能性には思い至らないのだった。



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