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2.精霊と高位悪魔とびっくり新事実



〈りでる、りでる〉

〈ひさしぶり!〉

〈そのからだ、どうしたの?〉

〈まだ追いかけっこしてるの?〉


 通りに戻ったリデルに、きゃらきゃらと精霊が語りかけてくる。精霊の力を借りて魔法を使った時はいつもこうなので気にせず、リデルは適当に返事をする。


〈久しぶり。体って何のこと? 追いかけっこは、あっちが諦めない限り終わらなさそうだよ〉

〈あれ、きづいてない?〉

〈りでる、にぶい!〉

〈とってもちがうのに〉

〈違うって、何が――〉


 訊ねかけて、おや? と思う。


(人が消えた――というか、『領域』に引き込まれた?)


 『領域』というのは、この世界ではおおむね高位の人外が使用することのできる、位相のずれた空間のことである。

 世界は何層にも重なってできていて、存在として高位であればあるほど、多くの層にアクセスできる。そのうちの一つの層へと存在をずらされたらしい、とリデルは気付いた。

 ちなみに人間が似たようなことをしようとする場合は、今いる層に新たな狭い層をつくる――つまり『結界』をつくる、といった形になることが多い。


 ともかく、何者かによって『領域』に引き込まれたのは間違いない。

 何が目的だろう、と考えたところで、目の前の空間に切れ目が入り、そこから人影がするりと現れた。


(おや、悪魔だ。階位は……ジャック?)


 精悍な美しさを持った青年体の悪魔だった。顔半分には、自身より下位の存在に隷属させられた使い魔である証――隷属印が刻まれている。それがまた容姿に独特の雰囲気を出していて、これは観賞用にいいな、と面食いのリデルは思った。

 悪魔にはとてもわかりやすい階位が存在する。

 一番低い階位が2、そこから数字が上がっていって、10の次がジャック()クイーン()キング()、そしてエース()となる。

 とある世界の『トランプ』という遊具からとっているのが丸わかりの階位だ。

 ジャックから先が高位悪魔とされるので、この『領域』に引き込んできたのが目の前に現れた悪魔だというのなら納得できる。

 そういった思考を経て、リデルは口を開いた。


「君くらいの高位悪魔に会うのは久しぶりだな。見たところ、誰かの使い魔のようだけれど、私に一体何の用だろうか?」

「……は?」


 高位悪魔は「何言ってんだコイツ」と言わんばかりの表情を浮かべた。

 そんな顔をされる理由がわからず、リデルは首を傾げる。

 高位悪魔はますます「頭おかしいのかコイツ」的表情を深めた。そして嫌そうに口を開く。


「あんな情けも容赦もない隷属しといてンなこと言うか、オイ。オマエが待ってろって命令したくせに、いつまで経っても戻らない上にらしくもなく人助けなんかしてるから、頭でも打ったのかと思ってせせら笑いに来てやったんだよ!」

「……?」


 今度は怪訝な顔をするのはリデルの方だった。


「私、君を使い魔に持った記憶はないんだけど……」

「……ふざけんなよ?」


 ひくり、と高位悪魔の頬が歪んだ。同時に彼の顔面半分に刻まれている隷属印も歪む。

 そして明らかに目が笑っていない。高位悪魔の例に漏れず美しく整った造作なだけに迫力がある。


「ふざけてなんていないよ」

「じゃあオレのこの隷属印は誰に刻まれたっつーんだ? ってかなんだその喋り方。笑えるを通り越して薄ら寒ィんだが」

「私は元々こういう話し方だよ。変装中とか以外」

「まだ言うか!」


 噛み付くような勢いで高位悪魔が返した。それにリデルは動じることなく、淡々と続ける。


「本当に、君とは初対面のはずだけど。私の記憶がそこだけ抜けているとかでない限りは」


 悪魔は疑心に満ち満ちた目でリデルを見た。


「すっとぼけてるんじゃねぇのか?」

「違うよ。そんなことして私に何の益があるのかな」

「……それもそうか」


 一瞬納得しかける高位悪魔。しかしその途中でハッと我に返ったようにリデルを睨む。


「暇つぶしにオレをからかってるっつー可能性もあるだろーが!」

「……君の主というのは、そういうことをする人なんだ? まあ、この世界で高位悪魔を隷属させることができる程の力を持つ人間は、大概どこか歪んでるものだけど」


 だとしたらきっとこの高位悪魔も日頃苦労しているのだろう、と思ったリデルは、少し考えて再び口を開いた。


「期待にそえず申し訳ないんだけど、本当に私は君のことを知らないよ。でも、ちょっと確かめたいことがある。……というわけで、少しお願いしたいんだけど」

「何だよ」

「鏡を貸してくれないかな」

「……は?」


 またも高位悪魔は「何言ってんだコイツ」的な顔をした。その表情のまま、リデルに問いを投げてくる。


「鏡なんて何に使うんだよ」

「何にと言われても、鏡の用途なんて限られてると思うよ」


 一瞬何か言い返そうとしたらしい高位悪魔は、けれどそのための言葉が見つからなかったのか、数度口を開閉して、苛立たしげに舌打ちした。


「……ッほらよ!」


 言葉と共に高位悪魔が魔力で具現化した手鏡を放り投げてきた。

 放物線ではなく直線を描いて飛んできたそれを、リデルは当たり前のように受け止める。

 一撃必殺の投げナイフもかくやといったスピードだったのだが、そんなことには頓着しない。

 普通の人間だったら当たり所が悪ければ死んでもおかしくなかっただろうな、などと思いつつ、鏡面を覗き込む。


「…………」


 そこに映った己の姿に、流石に無言になった。


「どうしたよ」


 様子の変化に気付いた高位悪魔が訝しげに声をかけてくるが、適切な返答が見つからないのでとりあえず無言を貫くことにするリデル。


「…………」

「…………オイ」

「………………」

「…………無視かコラ」

「………………………」


 矯めつ眇めつ鏡を覗き込んで、そこに映るものがどうにも変化しないことを確認して、リデルはやっと鏡から視線を外した。そこには見るからに不機嫌を増大させた高位悪魔の姿が。


「鏡に映る自分に恋でもしたかよ?」

「この顔ではそれもあり得るね、と肯定はするけれど……そうじゃない」

「じゃあどうしたよ。人間にしちゃあおキレイなツラなのは、別れたときから変わってねぇだろ」

「これ、私の体じゃないみたいだ」

「…………は?」


 高位悪魔は目を丸くした。少しだけ幼さが混じって、これはこれで鑑賞に堪えうるな、とリデルは思った。

 鏡には高位悪魔の言うとおり、一目で人を惹きつけるような綺麗な顔が映っていたが――それはどう見ても、リデルのものではなかったのだった。


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