第5話: 「高遠ナギという無言の案内人」
翌朝、俺は缶詰の味が忘れられず、
気づけばまたゴミ山に向かっていた。
その時点で俺の胃袋は、すでにナギに心を掴まれていたのかもしれない。
彼女は、昨日と同じ場所にいた。
あの錆びたスプーンと、黙ったままの目。
近づいても、逃げない。
でも、歓迎もされない。
「喋らないで。必要なことだけでいい」
それが、高遠ナギという少女との“会話のはじまり”だった。
◆ ◆ ◆
ゴミ山の裏手、廃棄された道具置き場。
ナギはそこに、小さな物置スペースを作っていた。
段ボールの壁、天井から吊るされた空き缶ランタン、
床にはベビーカーの布を再利用したマット。
どれも“ゴミ”からできてるのに、
ちゃんと“生活”の匂いがした。
「ここ、お前の家か?」
ナギは頷きもしなかったけど、
その無反応こそが“YES”だった。
「誰かと、住んでたことは?」
「……前は、いた。でも、もういない」
「誰かといると、弱くなる。そう思った」
ナギの手元には、
空き缶の中でコトコト煮込まれてる“何か”があった。
「これ、何作ってんの?」
「雑炊」
「残飯と、乾燥パスタと、雨水」
「……うまいのか、それ」
「味は知らない。でも、あったかい」
俺は、その場でしゃがみ込んだ。
「ちょっとだけ、教えてくれないか。どうやってここで、生きてるのか」
ナギはしばらく黙ってた。
でも、火を少し強くしてから、こう言った。
「喋るより、見せる」
その日、俺は“無言の授業”を受けた。
・缶の火力を強くするための空気穴
・靴の破れを封筒のビニールで補修する方法
・食える雑草と、食えない苔の見分け方
・寝る前に石を温めて、布の下に置く“即席湯たんぽ”
「あんた、勉強はできそうだけど……ここで生きるのは、下手そう」
「うるせぇ。今は見習いだ」
ナギは小さく笑った。
ほんの一瞬だけだったけど、それは本当に“笑ってた”。
それが、俺の中でナギという存在が
ただの“缶詰少女”から、“仲間候補”になった瞬間だった。