第3章 第1話「視察官、来たる──教育を監視する目」
本校/午前8時15分】
登校時間。
静まり返る正門の前に、一台の黒塗り車が止まった。
車のドアが開くと、黒のロングコートに身を包み、無表情な男が降り立つ。
片手には、灰色の革張り書類ケース。
足音は静かなのに、周囲の空気が一変した。
教師たちは距離をとり、生徒たちすら目を逸らす。
その男の名は――
天霧 慎
教育委員会・直属視察官。
“教育制度の守護者”とも、“自由教育の死神”とも呼ばれる男。
【本校・校長室】
校長:「ようこそお越しくださいました、天霧視察官。お疲れ様で――」
天霧:「形式的な挨拶は不要です。
すぐに本題に入りましょう。ゼロ組――あの“特殊教育単位”の視察に来ました」
校長:「……はい。彼らの教育活動について、学内外から賛否があり……」
天霧(資料を開きながら):「“教育”という言葉は便利ですね。
何をやっても“教育”だと言い張る者が多い。
ですが我々は、それが本当に“制度に準じた教育”かどうかを精査する義務がある」
「そして、確認事項がもう一つ。ゼロ組の前任教員――“時雨セイ”についてです」
校長:「……彼女は現在、不在と記録されています」
天霧(パタンと資料を閉じ):「その件についても、本日中に決着をつけます」
【教室・3年D組】
1限のチャイムが鳴った。
だが、その日だけはいつもと違っていた。
教室の隅に――スーツ姿の男が、無言で佇んでいた。
生徒たちの視線が、そこに集中する。
アミ(小声):「誰あの人……?先生じゃないよね?空気バッキバキなんだけど……」
ナギ:「あいつ……間違いない、視察官だ。ガチの上の人間だよ。
多分、俺たちの“授業”を潰しに来た」
ヒビキ:「あー、メンドくせぇ奴が来たな……でもまあ、いつも通りやるだけだ」
ライガがゆっくりと立ち上がり、黒板の前に出た。
そして、視察官に向かって真っすぐ目を向ける。
「なぁ、アンタ。誰だ?」
視察官:「天霧。教育委員会直属視察官。
君たち“ゼロ組”の教育内容が“教育の名を語る詐術”でないかを確認に来た」
「教育とは結果を出す手段であり、感情や共感などは副産物に過ぎない。
“感情教育”など、愚かな幻想に過ぎない」
クラスの空気が、凍った。
ナギ:「感情が副産物……?
じゃあ、“笑った顔”とか“泣いた声”とかも、全部オマケってことか?」
ヒビキ:「あのさ、そういうのが一番“教育から人間を奪う”って気づいてねぇのかよ」
視察官:「君たちの言葉には“理論”がない。“熱”だけでは教育とは呼ばない。
よって、今後の活動には常時、私が立ち会わせていただく」
レンカ(眉をひそめて):「つまり、“言葉”の裏に“監視”を付けるってこと……」
【放課後/旧図書室(ゼロ組仮教室)】
EDU:「ログ分析完了しましたぁ!天霧視察官の発言、過去に他校で数回同じ表現を使用してます!」
ライガ:「つまり、俺たちのことも“教育として否定する前提”で来てるってことか」
アミ:「うわぁー、マジで“教育の警察”って感じ。気持ち悪い」
EDUが静かに言葉を続ける。
EDU:「……あと、一つ気になる点が。
“時雨セイ”という名前に関する内部ログ、すべて削除されています」
一同:「……!」
ナギ:「ログごと、消されたってことか……?
つまり、存在そのものを“なかったことにされた”……」
ライガ:「……あいつ、まだ生きてる。
生きてるからこそ、“封じられてる”。
だったら俺たちが、必ず見つけ出す」
【その夜/EDUの個人記録】
【記録 No.004】
「天霧視察官、接触完了。対象はゼロ組の活動全体に“否定的”な姿勢」
「“時雨セイ”という名前に対する強制封鎖、確認」
「この先、ゼロ組は“本当の教育とは何か”を、制度に向けて問い続ける必要がある」
「これは、“最後の授業”への序章である」
次回:
第2話「視察授業──教育の温度は伝わるのか?」




