表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

98/108

惚れ薬

 目に見えてフローラは怯えていた。


 悪夢が現実になった。


 彼女の目に、今の俺はどう映っているのだろうか。


 フローラは青ざめた表情で後ずさろうとして、足を取られて倒れ込んだ。


「ああ、フローラ、大丈夫ですか?」


 今さらもう無理だとわかっていても、平静を装うしかなかった。


「びっくりしましたよね。連絡もなしに、王子の使いが来たみたいで」


 白々しくもおどけて見せ、差し出した手を彼女が取ってくれないのは、すでに彼女にはすべて気づかれているからなのだろう。


 フローラは震えていた。


 とてもとても、恐ろしいものを見る目で。


「あなたが拒むのならもちろんお引き取り願うつもりです。あなたの意見を聞いてから……」


「お、おばあちゃんが倒れてしまったって……この前……連絡が来て……」


 予想通り、彼女はすべて知っているようだ。確信に変わる。


「大丈夫です。今は目を覚ました状態だそうです。命に別状はないと外の者たちも申しておりました。ただ、フローラが心配なのであれば、俺も付き添って……」


「王宮に戻れ、そう言いたいんですか?」


「え?」


 ズキッと肩の方から嫌な痛みが走った。


 まさか……。


 考えたくないことが起こった。


「あなたも知っている通り、わたしには大きな力はありません」


 フローラは今にも泣き出しそうな声で俺に向かって叫んでいた。


「フローラ……」


 ズキズキズキ……と、想像を絶する痛みが広がり始める。


「だっ、だから、戻ったって……み、みなさんの役に立てるとは思えません。わたしは、おばあちゃんのような偉大な魔女じゃないんです。あなたもわかっているはずです」


 潤んだ瞳には大きな涙がたまっていた。


「うっ……」


 まだ何か言いたいようだけど、言葉にならないのだろうフローラは歯を食いしばる。


「か、叶うものなら恩返しがしたいと思っています。一生仕えろというのならそうします。だけど、怖いんです。あそこに戻ってまた感情が爆発してしまったらって。人の一生を操ってしまったらって……」


「あなたは誰も操っていません。大丈夫ですから……」


 痛みでどうにかなってしまいそうだったけど、必死に言葉を並べるフローラに力を振り絞って手を差し伸べるも、勢い良く振り払われる。


 自分でも想像していない行動だったのだろう。あっ……という表情を浮かべたあと、フローラは顔をくしゃくしゃにして両手で顔をおおった。


「もう少し、もう少しなんです……」


 ズキズキ……ズキズキズキ……。


 肩の皮が無理やり剥がされているように痛い。痛いというよりも、燃えるように熱い。


 王宮の魔女の術が発動している。


 嫌でも察するしかなかった。


「もう少しで、解毒薬が完成する」


 すなわち、魔女が騎士を拒絶している。


 その合図だった。


「知ってるんでしょう」


 ついに、終わりが来たのを悟った。


「わたしが末王子様に使用したのは、惚れ薬よ」


 フローラは大粒の涙をこぼす。


 すべてを諦めたように、声は落ち着いているが、とてもとてもつらそうに顔をゆがませている。


「フロ……」


「ここにいてもどちらにしても、末王子様の……あなたの人生を狂わせることは間違いない」


 フローラは泣いていた。


 痛みとともに、意識が朦朧とするのを感じる。


「解毒薬が完成するまで、待ってもらえませんか?」


 懇願するように彼女にしがみつかれても、もう動けない。


「お願いします! もう少し、もう少しなんです……」


 涙で頬を濡らして、それでもなお頭を下げ続けているのに、抱きしめて大丈夫だと言ってあげられない。


 彼女の声が遠くに遠くに感じる。


「すぐに、あなたにかかった呪いを解きますから」


 フローラは気づいていた。


 それでいて、俺との生活を守ってくれていた。


「ごめん……」


 泣きじゃくる彼女にそう言うのが精一杯で、少しずつ俺は動けなくなってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ