魔女に操られた騎士の話
「操られた?」
聞こえなかったわけではない。
理解ができなかったわけでもない。
でも聞き返さずにはいられなかった。
「わたしは魔女です。あなたたちにできないことをなんでもできてしまいます」
臆することなくフローラの瞳は俺を捕らえた。
「わたしは長年、いろんな騎士たちに忌み嫌われ、怯えられてきました。そんなわたしが自分にもっとも忠実でわたしだけを思ってくれる騎士を切望したら、どうなるかわかりますか?」
「その騎士を倒して、俺がここへ向かいます。未来は変わりません」
言っている意味はわかるが、彼女が望んだ騎士がいることを想像しただけでも腸が煮えくり返る思いだ。
「そ、そういうことじゃなくって……」
唇をきゅっと引き結び、彼女は続けた。
「それがあなただったら、どうしますか? ここに来る前から、わたしの魔力に操られていたんです」
「本望です!」
「………」
一生捕らえて離さないで欲しい。でも、
「万が一の可能性で、操られていたとして、その効力が切れたあとからもずっと、俺はあなたのもとを離れないと誓いますよ」
本当に、それしか考えられない。
たとえ操られていたって、こんなにも心が満たされる毎日を送れる人間がこの世に何人いることか。
虚像の世界だって、満たされていることには変わりない。
「わたしも、あなたにそばにいてもらえたら、どれだけ幸せなことか……何度も想像したことはあります」
わかってほしい!と訴えかけてくる彼女の想いはよく分かる。
でも、そこまで言われてこちらだって譲ることはできない。
「だ、だけど、わたしは囚人です。あろうことか、王子様に呪いをかけた。彼の未来を奪ってしまった。わたしだけ、幸せな暮らしをすることが……許されてはいけない」
フローラはなおも主張をやめない。
どうしてフローラだけが幸せな日々を諦めなければならないのか……納得がいかない。
それでもその瞳は、切実だった。
「ひとつお聞きしますけど」
「えっ、ええ……」
そこまで言うのなら、これだけは聞いておかないと気がすまなかった。
「先ほど言っていた、笑いかけてほしいだの、名前で呼んでほしいだの言っていたのは、王子を想ってのお言葉ですか?」
「そ、そんなことまで聞かれていたんですかっ?」
狼狽して、頬を両手で覆う愛らしいフローラの様子に心なしかもやっとした。
「好きになってほしい……というのも?」
いや、もやっ……どころの話ではない。
「こ、子どもの頃の話です。み、身の程知らずですよね。相手は王子様だというのに……」
やはり、相手はアベンシャールの末王子のことだということがわかり、じわじわと黒い感情があふれてくる。
アベンシャールの末王子とは、もうひとりの自分の姿であるにも関わらず、俺じゃないもうひとりの誰かというのが許せなかった。
「あなたを逃しただけでなく、こんなにも悲しませるなんて、バカな王子ですね」
「ば、バカって……か、仮にも彼は……」
大きな瞳を俺を映しながら、いつしか大つぶの涙をこぼしていた。
そっと拭うと、本人も気づいたいなかったのか驚いている様子を見せた。
フローラにこんな顔をさせるなんて。
「フローラを傷つける人間は誰であっても許せません」
「……ぶ、ぶれないですね」
「当たり前です」
こらえきれないと言わんばかりに彼女が吹き出し、俺も意識をして口角を上げた。




