交わらない想い
「よ、夜遅くに、ごめんなさい」
大きく呼吸を整えたあと、彼女はぽつりと呟いて俺を驚かせた。
「時間外労働ですよね。気を付けます」
(時間外労働だ? 正気なのか……)
「何度も言っています。頼れるときは頼ってください」
何度だって言ってやる。
彼女が信じてくれるまで。
「俺はあなたの騎士です。守らせてほしいんです。あなたを苦しめるすべてのものから」
「………」
俺の言葉に、またみるみる涙をため始めるフローラ。
実際に苦しめているのは俺だというのに。
「あなたに笑って欲しいため、俺は……」
なんだってしたい。
フローラが笑ってくれるのなら、何でもできる自信がある。
「損な性分ですね」
ようやくそこで、フローラが笑った。
「あなたならもっと、もっともっともっと楽しい毎日を謳歌できたはずなのに」
瞳は俺を映しているのに、ずいぶん遠く感じられた。
だから、ぐっと引き寄せ、声を上げる。
「毎日、これ以上にないほど楽しいですし、生きてきた中でもっとも幸せな日々を更新しています。あなたがすべてだ」
「よ、よくもそんなことがペラペラと……」
言い続けると、いつの間にか真っ赤になったフローラが唇をとがらせ、憤慨してくる。
どうやら少しずついつもの様子が戻ってきたようで心なしかほっとする。
「知ってると思いますけど、王宮には見惚れるばかりのとっても素敵な女性たちがたくさんいます」
「はぁ……」
そして、可愛い顔をこちらに向けて、必死に右から左に流してしまいそうなことを訴えかけてくる。
「スタイルが良い女性だっていると思うし、あなたはきっと、もっといい思いができたはず」
「いい思いって?」
「ぐ、具体的にはわからないですけど、男性が喜びそうな……そ、その……」
「フローラだってスタイルが良いですよ」
「も、もっと……こうぽーんと、出ているところがしっかり飛び出して揺れていて……」
言いたいことはわかるし、一生懸命ジェスチャーをしてみせるその姿はあまりにも愛らしすぎるが、今日は騙されたりしない。
「フローラの出ているところをまだ見ていないので、比べようがありません。なんならこのあと確認させてもらってもいいですか?」
「い、いじわる言わないでください……どう見たって出ていないじゃないですか」
これ以上言うのなら半分くらいは本気だった。
困ったように動揺する姿に、強引にでも唇を奪ってしまいたくなる。
そうすれば、俺は間違いなく喜ぶのだから。
「フローラが満たしてくれれば十分です」
「ぐっ!」
「フローラのそばにいられたら十分です」
他に、何もいらない。
「あなただけがそばにいればいい」
「その感情が、操られたものであっても?」
「え?」
両手で涙をぬぐったあと、もうふるふると震えるフローラの姿はなかった。
そこにいたのは、迷うことのない真っ直ぐな瞳をこちらに向ける魔女の姿だった。




