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騎士が守るべきもの

「これが、次回作りたいものです」


 フローラはそう言って俺にメモを渡し、薄暗い店内で小瓶に収まった不気味な植物を一生懸命眺めて歩いている。


 疑っていないと言っているのに、自分がそうしたいのだとちゃんと何のためにここへ来て、ここで何を購入するのかを予め伝えてくれる。


 真っ直ぐ前を見て店内を歩く姿は立派な魔女そのもので、俺の前で赤くなって小さくなるフローラはどこにもいない。


 芯の強い灰色の瞳は、もう俺を映してはいない。


 ジャドール……と俺の後ろに隠れていた小さな魔女はもういない。


 彼女がどんどん自信を持って前に進んでいってくれるのはとても嬉しいけど、それ以上に寂しさもある。


 今、きっと彼女が本気を出したら俺なんて一瞬でやられてしまうのだろうなと思うとため息だってつきたくなった。


(それに……)


「いるんだろ? 護衛は必要ないと言ったはずだが」


 振り返ることなく低い声を出す。


 フローラに聞こえない程度に声を落として。


「しかし、殿下……おひとりでは……」


 後ろからぞろぞろと現れた顔見知りの騎士たちにこんなにもいたのかと絶句し掛けた。


「……ここでは騎士として扱ってもらいたい」


「も、申し訳ありません……」 


 フローラが視線が視線がと言っていたけど、もしや彼らの存在に気づいていたのではないか?と頭を抱えたくなる。


「あなたがケーキを食べる姿を目にする日が来るなんて、思ってもみませんでした」


 頭を下げる騎士たちの後ろから臆することなく現れた男に驚く。


「ハルク」


「隊長……いえ、ジャドール様、お久しぶりです」


「どうしておまえが、ここに……」


 冷静沈着で表情を一切変えることのないかつての優秀な部下がそこに立っていた。


「あなたが外に出る時は、護衛をするようめいが下りました」


「なんだと」


 この男にそんなことを任せたというのか、父上は。


「ご存知の通り、王宮の魔女の力が不安定になっています。そんな中、外の世界にあなたをひとりにして、守りきれないことを恐れておいでです」


「買いかぶりではないが、フローラを連れてひとりで逃げることくらいはできるつもりだ」


 油断は禁物だが、備えていないわけでもない。


「あなたに施された刻印も、いつまで持つかどうかわからないと言われておりました」


「えっ……それは困るな」


「でしょうね」


 あの調子では……と肩をすくめ、ハルクはまたこちらに鋭い視線を向けた。


「任された任務なので、気付かないふりをしてください」


「おまえたちが近くをうろうろしているとわかっていてフローラに触れにくいんだが」


「むやみやたらに未婚の女性に触れないでください」


「フローラはいずれわたしの妻に……」


「合意を得てから発言してください」


「……くそっ」


 淡々と言い負かされて、返す言葉も見つからなかった。


 せっかくのフローラとの大切なデートのひとときだったというのに最悪だ……と心の中で憤慨しながら、変わらず視線を感じつつもフローラのいる店内に戻ると、柔らかな表情で植物に触れる美しい魔女の姿に目を奪われた。


「……フローラ」


 ずいぶん遠くに感じた。


 もう手が届かないのかもと。


 ポロッとこぼれた言葉に、彼女は振り返る。


「ごめんなさい。退屈ですよね?」


 かすかに口角が上がったのを見逃さなかった。


「……いえ、あなたが楽しそうで俺も嬉しいです。そのまま続けてください」


 一歩一歩、大切なもののそばに向かいながら、この笑顔だけは守りたいと改めてそう思った。


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