好きな人と食べるケーキの味
「ああ、おいしい!」
彼女と同じケーキを口に含むと思わず声が漏れた。
ふわっと甘酸っぱいクリームが柔らかなスポンジにしっかり塗り込まれていて、その上に真っ赤ないちごが乗っている。
「あなたと一緒だと何でもおいしくてたまらない」
「……もう」
正面に座ってお茶を口にするフローラも口もとを引き結んではいるけどまんざらではない様子だった。
この不思議な現象には今でも驚いている。
王宮にいるときは、どんな一流品でも食べられたし、騎士として遠征を繰り返した中で国境沿いでは異国の食べ物だって食べることができた。
それでもおいしいのかそうでないのか判断ができず、俺はずっと味覚音痴なのだと思っていた。……にも関わらず、彼女と一緒に食べるものはなんでも美味しいのだ。
この世にこんなものがあったのかと驚いてしまうほどうっとりするものばかりなのだ。
フローラを眺めると、同じようにケーキを口に含み、口元をほころばせている。
(ああ、ダメだな……)
ユリシスと違って余裕がないのが俺の悪いところなのだと彼女の嬉しそうな顔を見て反省をする。
わかってはいるのにいつも嫉妬して失敗して、繰り返しである。
ユリシスは完璧な王子だし、彼女が一目を置くのもわかるけど、やっぱり面白くないのだ。
「ジャドール」
「は、はい」
ひとりで悶々と考えていたときに突然声をかけられ、はっとする。
いけないいけない。
この世で一番幸せな時間に他ごとを考えるなんて、あり得ない行為だ。
「フローラ、何ですか?」
「いい機会だから言っておきます」
「え?」
乗り出した俺に、厳しい顔をした彼女が灰色の瞳を向けてくる。
「あなたは顔がいいんです」
「……はい?」
そして、突然の言葉に拍子抜けをする。
「ただいいわけではありません。表現に困るほど整っていてキラキラしています」
「……あ、ありがとうございます」
いきなり褒められて困惑するが、意図が読めないため聞き入ると、彼女は肩をすくめて言葉を続けた。
「どんな顔をしてても眩しいんです。だから、笑顔も安売りをしてしまってはいけません。心臓に悪いし、まわりの人にまで影響があります」
「褒められて……ます……?」
「褒めてます。最高のあなたの長所だと思っています」
「はぁ……」
いや、中身も見てほしいんですけど……などとは口が裂けても言えない。
「世の中にはちゃんとかわせる人ばかりではありません。わたしも、まともに恋愛をしたことがありません。だから異性に近づくだけで緊張してしまうのに、あなたに距離を縮められては混乱のもとでしかありません」
「異性になど、近づけないので安心してください」
「もうっ、そうじゃなくって……」
「わかってますよ。あなたの言いたいことは。でも、俺はあなたに好きになってもらいたいのでこの顔が武器になるのならどこまででも使うしかないんですよ」
この場でする話でもないのだろう。
周りに座る女性たちが頬を染めてこちらを見始めたことに彼女が気づかないことを願って声を落として続ける。
「だから、早く好きになってください」
「……こ、好意はあります」
「ええ?」
「だからこそ、外では控えてください」
「えっ……」
「胸がぐっとなって何も考えられなくなってしまいます。それに、あなたにももっと周りからの視線を自覚をしてほしいんです」
それが言いたかったんです!と小さくなられてしまったら、何も言えない。
「あなたにはわからないでしょうけど、わ、わたしは手を繋ぐだけでもいっぱいいっぱいでドキドキしているんです。このあと薬草を見て回りたいのに……こんな腑抜けた頭で魔女になどなりきれません」
試されているのかとしか思えない。
俺には分からない?
わからないどころか……
「俺だっていっぱいいっぱいです」
「えっ……」
「な、何でもないです!」
無自覚魔女の恐ろしい攻撃を交わしきれず、気を利かせることなく眺めてくる周りの視線の中で俺は顔がほてるのを自覚して、両手で顔を覆った。




