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舞台のような恋がしたい

 春爛漫。


 わぁー、大きな歓声が上がる。


 暖かい陽気の下で四方八方から色とりどりの花びらが投げ込まれ、あたりは拍手で包まれる中、俺は複雑な心境と戦っていた。


 隣で黒いワンピースを着て、銀色のリボンで髪を結ったフローラも彼らと同じく頬を染めて一生懸命手を叩いていた。


 俺たちは以前約束をしていた舞台を観に、近くの街まで出てきていた。


 円形に作られた野外の舞台で、フローラと並んで二時間ほど物語の世界に浸ったのだ。


 とはいえ、こってこてのラブストーリーでユリシスにしか見えない美形で甘ったるい言葉しか言わない銀色の髪をした王子に胸焼けがしてきて、途中から隣のフローラを眺めることに集中していた。


 フローラはずっと集中して見入っていて、泣いたり笑ったり、頬を染めたり。


 隣の俺が眺めていて、いつもだったら怒るところなのに一切気づく様子がなかった。


 それどころか作中の王子もといユリシスが歯が浮くようなくっさいセリフを並べると真っ赤になって『きゃっ!』となりながら、何度か無意識に俺の手を握って……くるくせに自分の世界に入り込んでいるからこちらのことなんて見もしない。


 突然手を握られたこちらの方が『きゃっ!』となったくらいだったけど、相当好きな演目だったようだ。


 今までに見たことあったかと思えるくらい、目が輝いている。


 口々にアンコールと唱える声が聞こえ始め、また少しずつ後ろに下がった役者が舞台に上がり始める。


 彼女も嬉しそうに胸元でぎゅっと両手を握る。目元は流した涙の跡がある。


 舞台を見に行くように誘うと、それならローブは脱いでいくと快くでてきてくれたのだ。


 昨年も並んで観たけど、彼女は舞台を観ることが好きなのかもしれない。


 毎日毎日共に過ごしているのにこうしてまた新しい発見をする。


 そして大好きが大きくなっていく。


「楽しめたみたいで、よかったですね」


 そっと彼女の髪に触れると、ちらっとこちらを見た彼女の頬がまた赤く染まった。


「……とても素敵でした。連れてきてくださってありがとうございます」


 フードがない分、顔を隠すことができないからだろう。視線は泳いでいる。


「甘いものでも食べて、感想でも語りませんか?」


 いつもここへ来ると立ち寄るちょっと珍しいお菓子の置かれたお店を指すと、ぱぁっと目に見えて嬉しそうな顔を見せ、フローラは頷いた。


 正直、語るほどの感想は俺にはないけど、フローラがどこをどう思ってそんなにキラキラした表情になっているのかは聞いてみたい。


「では、行きましょう」


 手を差し出すと、少し戸惑った様子を見せてから「失礼します」と恐る恐る彼女は自分の小さな手を重ねてくる。


 先ほどまで無意識に触れてきた人とは思えないくらい遠慮がちである。


 手が触れたところでぎゅっと握ると、彼女はビクッとして潤ませた大きな瞳で俺を睨んだ。


「ようやく俺を見てくれましたね」


 そう笑いかけると、


「そういうところが反則なんです!」


 と苦言を呈された。


「反則? どうして?」


「い、言いません!」


「え、嫌です! ちゃんと言ってください。あなたが舞台のユリシス様に似た王子にうっとりしていたのを我慢していたんです。俺だけあなたを不快にしたなら嫌です」


「なっ……見て……」


「見てましたよ。みんなああいう男性が好きなんだなぁ、ってがっかりしましたよ」


「………」


 唇を尖らせた彼女が何か言おうとして必死に葛藤しているのが目に入った。


「意地悪言いました。ごめんなさい」


「……あっ」


 ユリシス様(あにうえ)に似た王子に頬を染めたことが面白くなかっただけで、彼女の気持ちを否定したいわけではなかったのに。


 口にしてしまってから後悔した。


「フローラが楽しんでくれたのならそれでよかったんです。ごめんなさい」


 楽しい気持ちだったのに水を指すつもりはなかった。


「……ああやって、好きな男性から大切にされたら幸せだろうなと想像しました」


 俺の手を両手で握り、ぽつりぽつりと彼女がつぶやき出した。


「さっきから、まわりの視線に気が付きませんか?」


「え? 視線? 殺気はどこにも……」


「そ、そういうところです!」


「え?」


「詳しくはお茶を飲みながらお話します!」


 行きますよ、と彼女は俺の手を引いた。


 耳まで真っ赤である。


 銀色のリボンをゆらゆら揺らしながら進む愛おしすぎる後ろ姿に、どうすれば好きになってもらえるのだろうかと思わずにはいられなかった。

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