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愛おしい魔女に愛を込めて

(さてと、どうしたものか)


 帰るよう促されているのはフローラだけではない。


 王族を狙う一派がいることが先日の調べで明らかになり、なおかつそのひとりに魔力を持つ者もいるのだとか。


 国境沿いで騎士たちを悩ませる謎の感染症も気になるし、問題は次から次へと襲いかかってくる。


 のんびり結界の中で過ごした日々があまりにも平穏で心地よすぎたため、元の生活のことをすっかり忘れかけていた。


 今の俺にできることは起こった出来事に対して案を出すことくらいだが、いつまでもそうは言ってられないのだろう。


 今まで(王族として)の暮らしでは見えなかった景色も見たし、実際の声だって聞いている。


 ふうっと白い息が漏れ、見上げると灰色の空が広がっていた。


 降り続く雪は止まることを知らない。


「はぁ……」


 なかなか気持ちが切り替えれないのはこのもやっとした天気のせいだろう。絶対そうだ。


 室内に入り、そのまま朝食の準備に取り掛かることにする。


 フローラが目覚めたら、きっとこんな気持ちはすぐに晴れてしまうのに。 


 でも、こんな自分を見せたくないと思う自分もいる。どっちみちかっこ悪いことに変わりはないのだけど。


 春にはもうすぐここへきて、二年が経つ。


 一日一日、日々を大切に過ごしたつもりではあったが、思えばあっという間だった。


 気づけばぼんやりしていてもある程度の料理はできるようになったし、確実に時の流れは未来へ未来へ進んでいる。


「よし」


 難しいことはまた夜に考えよう。


 まずは朝を迎えるほうが先だ。


 そう意気込んで、彼女の部屋の前で声を上げた。


「フローラ、おはようございます!」


 コンコンコン、とノックを三回。


「ふ……」


「おはよう……ございます……」


 ゆっくり扉が開き、戸の向こうから頭だけをひょこっと出したフローラが目に入る。


「おはようございます、フローラ……フローラ?」


 そわそわして、出てこようとしない。


「どうかしたんですか?」


「あの……ちょっと……」


「見てもいいんですか?」


 その動作だけでも驚くほど可愛いけど、扉で何を隠しているのか気になる。


「あっ、やっぱり……でも……」


「なんですか、気になります! 失礼します!」


「えっ、あっ! きゃっ!」


「えっ……」


 扉の向こうに見える光景に腰が抜けそうになったと言っても大げさではない。


 いつも真っ黒いローブを着て、なんならフードまでかぶって顔を隠しているフローラが、ふわふわで柔らかそうな白いワンピースを着ていたからだ。


「ふ、フローラ……」


「に、似合いませんね! や、やめます! やめます! 着替えま……」


「待って、なんで? どうしたんです!?」


 自分でも驚くほど大きな声がでてしまった。


「ゆ、ユリシス様が、この前のお礼にって……」


「ゆ、ユリシス様が……」


 あの男が贈ったものがこんなにも可愛くて、それを着ているというのが……いや、すごく可愛いけど。


「ふ、フローラ……」


「ジャドールはこういうのが好きだって……」


「なっ!!」


「そ、そんなわけないですね。み、見せてみたかっただけです。着替えますから出ていってくださ……」


「もう、あなたは……」


 腕を引くとそのまま俺の方にやってくる。


「ジャ……ジャドール……」


 ふわっとスカートが揺れて、魔女というよりも天使だ。


「ユリシス様が贈ったものなんて着ないでほしいのにすごく可愛いからずっとこうして見ていたいし、葛藤しかないです」


「……こういうのが、好きなんですか?」


「あなたが好きです」


「……もう」


 言いながらも彼女はじっとしていた。


「元気、でましたか?」


「……フローラ」


「あなたの笑顔には種類があることを、今のわたしは知っています」


 顔を上げた彼女が眉尻を下げて笑った。


(ああ……)


 駄目だなぁ。


 力が抜けそうになった。


 彼女は気づいている。


 気づいていて、いつもこうして気遣ってくれるのだ。


「元気出ました! 次は俺が贈ったものも着てくださいね!」


「わっ、わたしの服はほとんどあなたが買ってくれたものですよ!」


「あなたに服を与えるのも脱がせるのも俺だけであってほしい」


「ど、どさくさに紛れて何を言っているんですか」


「フローラ、好きです〜」


「……はいはい」


 彼女の肩に顔を埋め、ゆっくり息をすると久しぶりに胸にたくさんの空気が取り込めた気がした。


 そわそわしながらも耐えてくれているのは彼女の優しさだろう。だから、


「俺、フローラがいないと生きていけません」


 思わずそう漏らしてしまったけど、フローラは黙って聞いてくれていた。


 心地いいのだ。


 彼女のそばが。


 初めて弱音が吐けるようになった、この空間が。



 

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