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寒い冬の日は手をつなごう

「野営のとき、とても寒くて凍えてしまいそうな日は数え切れないほどありました。でも、あなたといたら、どこにいても心が温まるし、満たされるのだろうなと改めて思います」


「な、なんですか、突然……」


「もちろんあなたを寒空の下にお連れすることはしたくありませんが、あの頃の自分にもこんな幸せな毎日が待っているのだと教えてあげたいくらいです」


「お、大げさですよ!」


 スプーンですくった薬草の粉末を小さな袋に詰め替え、彼女は耳を赤くして下を向く。


 同僚たちの動向を耳にするようになって改めて思う。


 どうしても彼女の護衛の騎士になりたいとここまで懸命に努力を重ねてきたけど全く前の見えない真っ暗な世界が広がっていて漠然と走り続けるには苦しい日々もあった。


 目標が見えなくなりそうで絶望したことだって何度もあった。


 彼女はこの暗い森でもっと大変な毎日を送っていたと知ってからは自分の努力などちっぽけなものだと思えるようになったが、それでもこうして寒さが深まる冬の夜にはふとあの頃のことを思い出してしまう。


「俺だけ幸せになってこんな発言……今も現地で頑張ってくれているみんなに聞かせたら怒られますね」


「ジャドール」


「はい」


 ははっと笑うと彼女の真剣な瞳が俺をとらえた。


「しあわせ……ですか?」


「幸せです。今までで一番」


 これだけは断言できる。


 大切な人のそばにいて、彼女のために毎日を過ごすことができるのだ。


 これ以上の毎日はない。


「そうですか」


 ぽつりとつぶやき、彼女は器用にまとめた袋をいくつか持ち上げる。


「これ、騎士の方々に送ります。魔力で温めた温石もたくさんいれておきますね」


「え、そうなんですか」


「アベンシャールを守ってくださる騎士の方々が風邪を引かないようしっかり願っておきました」


 ひとつひとつの袋を丁寧に縛り始めた彼女は、結び終えたものから大きな箱に詰め始めていた。


「あなたに願われて、騎士たちも幸せですね。ちょっと嫉妬してしまいますけど」


「何言ってるんですか。あなたの分もちゃんとありますから」


 ほら、と小さな巾着を渡される。


 触れた途端じんわりと優しいぬくもりに包みこまれる。


「わぁ、すごい。とても温かいですね」


「これを作ったらわたしの『気』など使う必要がないなと後で気づいたのですが……」


「いえ、あなたに温めてもらうことが一番なので、毎日手を握ってほしいです」


 両手をかざして見つめる彼女の指先に触れるとひんやりとしたその手はぴくっと驚いたような反応を見せたけど、振り払うこともせず、彼女は小さく笑った。


「目的がずれている気がしないでもないですが……」


「気のせいですよ」


 寒い冬の日は、彼女と手をつなげる。


 そう考えるだけでもう寒くない。


 窓の外をハラハラと降り続ける雪を眺め、いつまでもこの幸せが続くことを願わずにはいられない。


「来年の冬もこうしてあなたと手をつないでいられたらいいのに」


 ぎゅっとにぎっても彼女は何も言わない。


「いや、冬だけじゃないな。春も夏も秋も、ずっとですね」


「恋人のふりをするときだけです!」


 ここで彼女は俺の手をもう片方の手で解き、作業に戻る。


「あ、そうだ! 一ヶ月に一度は恋人のふりをする日も作りましょうか!」


「つ、作りませんよ! 何言ってるんですか!」


 毎日でもよいのに……と思いつつ、ようやくいつものように動揺した彼女に拒否をされる。


「あなたにもっと近づきたい」


「もうずいぶん近いですよ!」


「うーっ……」


「これは明日には送らねばならないものですから、集中しますね」


 手際の良い彼女の作った薬草は、どこに送られるのだろうか。


 彼女は知っているのだろうか。


 きっと、俺たちに来年の冬は来ない。


 王族が彼女を連れ戻したがっている。


 その事実は変わらない。


 いくら追い払っても追い払ってももう限界なのは俺も重々承知の上だった。


 この大切な日々を守りたい。


 叶うことなら一分一秒でも長く、彼女のそばにいたい。


 春が近づき、王宮の魔女が倒れたという連絡が入るその時まで、俺はこの幸せを噛みしめるように過ごすのであった。


 

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