キスまでのカウントダウン
疑問に思っていたことはたくさんある。
口にしてしまったらすべてが終わってしまいそうで何も言えなかっただけで。
「フロ……」
「会いたいです」
彼女にしては即答で、ショックを受けるというよりも不思議と心は穏やかだった。
「そうですか」
「会って、謝りたいんです」
「あなたは悪くないのに」
首を振って彼女は目を伏せた。
「彼の人生を変えてしまったことは間違いありません」
「……末王子もあなたに会いたいと思いますよ」
「えっ?」
「あっ、いえ……」
おもわず漏れた言葉にぎょっとする。
失言だった。
「ほ、本当に……そう思いますか?」
が、思いのほかフローラが嬉しそうな表情でこちらを見たため、頬が引きつった。
「あなたに会いたいと言われて喜ばない男なんていません」
「それはジャドールだけですよ」
「そうです! 俺だけです!」
そのまま抱き寄せると珍しく彼女はただ黙って俺の胸に頭を寄せた。
「だから、末王子には会ってほしくないです……けど……あなたが望むのなら応援したい気持ちもある……」
きっと彼女は気づいている。
近い将来、徐々にそのときが近づいているのだろうとなんなく思ってしまう。
「お会いすることが叶うのであれば、ジャドールにまずお伝えします」
「止めるかもしれないのに……」
「あなたが応援してくれたら、わたしは強くなれます」
「こ、断れないじゃないですか」
「断らないでください」
ふふっと笑って彼女は続けた。
「あなたという素晴らしい騎士をここに導いてくださったことへの感謝の気持ちもお伝えします」
「フローラ……」
「はい?」
「俺が我慢してるの、わかってやってますよね」
「そ、そんなことないです」
耳まで真っ赤にして人の胸元で顔を隠したったって無意味すぎる。
「はぁ……あなたが二度とここへ来なくなったら嫌だから我慢しているだけであって、すぐに何とだってできるんですからね」
「そ、それは困ります……」
頬に触れ、親指で唇をなぞると眉をひそめて視線を彷徨わせる。
「末王子にほんのり頬を染めるところだって本当は許しがたいんですからね」
「あ、赤くなっちゃったのはあなたがこんなに近づくからですよ! 離してくださいっ!」
「ああ、もう……あなたが可愛いのが悪いんです」
柔らかな唇にまた触れたい気持ちでいっぱいではあるが、それだけでは済みそうな気もしないし、先日も散々あちらこちらからお叱りを受けたばかりだ。自重するしかない。
「……遅いから、送ります」
たまには意志の強いところも見せてみる。
「送るも何もすぐ先です。自分で帰れます」
「ギリギリまでそばにいたいんです」
「明日の朝、また会えますから」
「泊まっていってもいいですけど……」
「泊まりませんよっ!」
「じゃあ、これとこれ……羽織っていってくださいね」
「は、羽織ったらあなたが着るものがなくなっちゃいます」
「俺は鍛えていますから大丈夫です」
上着を彼女にかけると、大きな瞳は俺を捕らえ、何か言おうとしてやめた。
「夜更かしはほどほどにしてくださいね」
「もう休みますよ」
名残惜しくも扉を開くとひんやりした風が室内に流れ込んできた。
送らなくていいですからね!寒いから早く中に入ってください!と何度も繰り返す彼女が渡り廊下を渡り切るまで見守り、おやすみなさい!と扉の向こうに消えていく姿を眺めていた。
(ああ……)
少しずつ少しずつ、終わりのときが音を立てて近づいてきているのがわかる。
近い将来、この暮らしは終わる。
確信はないが、そんな気がした。
彼女が自らの足で歩き出し、自らも末王子としての自分自身を受け入れてしまった今、すべてのことが大きく変わり始めようとしていた。
もう少し、もう少しだけ共にいたい。
閉められた扉を眺め、今はただそう願うしかできなかった。




