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見ないふりをしてきたこと

「フローラ、いつかあなたの仲間に会いたいですか?」


「え?」


「あなたと同じく魔力を持つ者たちに、です」


 言葉とともに彼女の長い黒髪に触れるも彼女は何も言わない。


 何事もなかったように大きな瞳に俺を映し、驚いた声を出した。


「居場所がわかるというのですか?」


「俺たちのような魔力を持たない人間にはなんとなくでしかないのですが、そのようです」


 彼女の母親であるルシファー様からは、ほとんどの魔女はそれぞれの運命によっていたるところに移動してしまったと聞いていたが、王宮からの報告を聞くに意外と近くに姿を潜めている可能性があるらしい。


 王宮の魔女は絶対に口を割らないだろうが、なんとなくそんな気がしていた。


「その者たちが末王子様の命を狙っているというのは、本当ですか?」


「え?」


 フローラの質問に彼女に触れていた指が反応しそうになったが、できるだけ平静を装う。


「すべては聞いています。隠さないでください」


「そうですね」


 誰が言ったのだと問い詰めたいのをぐっとこらえ、言葉を繋ぐ。


「あなたという大切な宝からあるべきだった日々の暮らしを奪った男を許せない一派がいるのは本当のようです」


「そ、そんな……あ、あれはわたしが悪いのに……」


「俺もそこに関しては全ての責任はあなたではなくあのくそ王子にあると思いますが、相手が一国の王子であることには変わりなく、王家が動き出してしまったというか……」


「そ、そんな……」


 もちろん、今までは無法地帯とされていたこの深い森も護衛をつけるべきかと提案もされた。


 どこにあるかもわからない森を守らせるほど他の騎士達に迷惑なことはない。


 ましてや他の騎士に守られる騎士がどこにいる!と丁重にお断りはしたものの、万が一彼女に何かあったらと思うとあとから後悔することなど絶対に許されはしなかった。


「この森は王宮の魔女様の力でそう簡単に見つかるとは思えませんが、相手も魔力を持つものですから近いうちに侵入者防止の対策は張っておこうと思っています」


 前例に、黒猫に扮して彼女の母親である魔女も忍び込んで来ていた。


 油断は禁物だ。


「ジャドール」


「はい」


「先日のことも……末王子様は剣を抜くことなく、言葉で全てを治めたと聞いています」


 彼女がポツリと呟いた。


「争いごとを好まない方なのだと聞いています。みなさん、勘違いをしているだけです。そんな彼を狙うのは、許せません!」


 顔を上げたその瞳には、強い光が宿っていた。


「フローラ……」


 いまだかつて、彼女のこんな表情を見たことがあっただろうか。


「王宮に、帰りたくはないですか?」


「え?」


「末王子は狙われても仕方がないし、末王子自身もそう簡単にはやられないと思うのであなたが気にすることではないと思いますが、彼を狙う人間たちの意見も一理あると思える気持ちもあります」


 胸がぎゅっと苦しくなるのは、こちらを見ているはずの彼女の瞳が遠くを見ていたからだ。


「あなたはやるべきことがあるからとここに残る選択をされました。でも、ここでできることなのであれば、王宮の方があなたには都合がいいのではないかと思うことがあります」


 わざわざここにいなくていいのだ。


 彼女の小さな手に指を重ねるとひんやりとした感触が返ってきた。


「あの場所であれば、こんなに肌を冷やすこともないし、欲しい物があるたびに苦手な乗り物に乗ることもない。快適に過ごせるはずです」


 うまく伝わるように言葉を選ぶ。


「本来、あなたはここにいるべきではないのは確かです。もはや王族こそが、ここにあなたを閉じ込めたことに謝罪をすべきです。あなたが望めば、すぐにでも戻れます」


 本当はわかっていたのに、気づかないふりをしていた。


 彼女とふたりで過ごすこの生活があまりにも心地よかったから。


「フローラ……」


 でも、いつまでも逃げてはいられない。


「末王子に、会いたいですか?」


 一番、目を背けたかったことを口にした。


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